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こんとん大戦  作者: 寿
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バンコクへ


 夜襲が決まったら、次の行動は二通りある。

 一、戦果の拡大をはかる。

 二、すみやかに逃亡する。

 今回の場合、火力は輝夜しか無いので、戦果の拡大はのぞめない。

 よってすみやかに逃亡することとする。

 帰還した輝夜を回収。緋影が充分にほめてあげて、輝夜も満足したところで、現場から脱出。

 バルチック艦隊にとってもインドはアウェイだ。しかし大事故には変わりない。

 戒厳令でも敷かれて、インドから出られなくなっては困る。駅へむかいすみやかに車中の人となった。

 荷物を抱えて座席に腰をおろして、ようやく一息ついたところだが、まだまだ油断はできない。

「ふう、これで一息ですね、お兄さま」

「いやいや緋影、列車が止められて憲兵が乗り込んでくるかもしれない。………見ろ」

 屋内では姿を隠している使鬼たちが、俺たちの周りを固めている。

「まだ油断はできないという証拠だ」

「はい、すみませんでした、お兄さま………ガサゴソ………」

「いやいや、駅弁をしまう必要は無いぞ。というかいつの間に買ったよ、駅弁? つーか売ってたのかよ? すげぇな、インド駅!」

「名物のカレー弁当です。一度食べてみたいと思ってたんですよね」

「そんなものがあるとは知らなかったぞ?」

「購読しているティーンズ誌、『乙女時代』で特集されてましたが?」

「ティーンズ誌でインド情報かよ? どこの出版社だよ」

 と言って、後悔した。

 緋影が予想通りかつ、膝を屈したくなるような返答をしたからだ。

「はい! 出雲財閥系列のたぬき出版です!」

 ………やっぱ出雲かよ。しかもおもいっきり胡散臭い会社名だし………。

「鏡花さんが、個人的に所持している出版社だそうで」

「もうやめてくれ緋影、君が僕のことを兄と慕ってくれるのならば」

 まあ、そんな冗談はさておき。

「大矢どの、列車が動き始めましたぞ?」

 これでインド軍あたりが列車を止めないかぎり、新たな刺客が乗り込んでくることは無い。

「芙蓉、周囲の警戒を巌としてくれ」

 めずらしく軽口も叩かず、芙蓉はうなずいた。

 夜の中を列車は走る。

 夜行列車だ。

 消灯前には国境を越えるので、一度パスポートの確認がある。

「激動のヨーロッパでしたね、お兄さま」

「あぁ、なんだかドタバタばかりだったな」

「疲れていませんか?」

「緋影こそ疲れてないかい?」

「私はそれほどでも。もしおやすみになるのでしたら、寝る前にお話でもしましょうか?」

「?」

 緋影の瞳から輝きが失せてゆく。

 なにか始めるつもりだな?

 とりあえず、気付かれないようにツッコミの態勢を整えた。

 緋影はぶっきらぼうに言う。

「………リップバン・ウィンクルっていうんですよ………知ってます?」

「緋影、若年層を置いてけぼりな姿勢は、そろそろ改めないか?」

「………では、お酒などはいかがですか?」

「ラム、コァントロー、レモンジュースを少々。よくシェイクしたものでなければ」

「………X………Y………Z」

「そう、こいつでお仕舞いって酒だ! ………って、やらせるなよ!」

 俺が冗談に乗ったのが嬉しかったのか、緋影は楽しそうに微笑んだ。

「お兄さま、私たちはツイてます。安心して眠りましょう………きっと、ツイてます………から………」

 コトンと落ちるように、緋影は眠りに落ちた。

 無理もない。

 こんな小さな体で国内を駆け回り、海外遠征まで果たしたのだから。

 上着をかけてやる。

 甘い香りの寝息を感じた。

「咲夜?」

「なによ?」

「緋影の懐からパスポートを出してくれ。そのうち確認が来る」

 咲夜が抜き出したパスポートは、俺が預かる。

 そして列車は、夜の闇を駈け続けた。


 列車はバングラデシュを越え、ミャンマーに入った。ここで乗り換えだ。

 タイからベトナムに向かい、ホーチミンから船に乗りヤワラギへ入る予定だった。

 しかしミャンマーで一泊しようと駅に降りたとき、大使館の職員から電報を手渡された。


 バンコク ニテ マツ。スイライテイ イカズチ


「………これは?」

「さあ、私は中を見ることを許されてませんでしたので」

 職員はにべもない。

 しかしある意味、これは軍事情報であり秘匿しなければならないことだから、職員を責めることもできない。

 バンコク、すなわちタイで待つ。それも水雷挺が。

 そのまま緋影とともに、イカズチ乗組を命じられるのか。それともリョジュンのヤワラギ艦隊と合流するのか。それはわからない。

 しかし海軍少尉としては、張り切るべき時が刻一刻と近づくのを、感じざるを得ない。

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