諜報活動
「それで、大佐。バルチック艦隊が最終的に、太平洋へ回るかツシマ海峡を突いてくるか、判明したんですか?」
ホテルの一室、大佐の部屋。
奮発したであろうディナーをとりながら、俺は詰め寄った。
「………………………………」
しかし、大佐は無言。
黙ったままナイフとフォークを動かして、チキンのソテーを口に運んでいた。
「あの………」
緋影が口を開いた。
「明石男爵?」
「なんですか、お嬢さん?」
野郎、俺の言葉には反応しないクセしやがって、娘の言葉には反応すんのな。
「男爵、兄が問いかけているのですが?」
「私に? そんなことは無いでしょう。何故ならこの場に、大佐などいない。いるのは民間人三人と、男爵の明石だけです」
う………、つまり大佐のことは軍人ではなく、男爵として扱え、ということか。
「失礼しました、明石男爵」
「いや、かまわないよ」
今度は気さくに受け答えしてくれた。
「男爵、バルチック艦隊の進路は判明しましたか?」
「そんなこと、僕にはわからないね。それが知りたかったら、風か波に訊いてみるといい。なにか知っているかもしれないよ」
どうにも、いちいちやりにくい。
「それより君、リョジュンの話は聞いているかい?」
「リョジュンですか?」
「あそこには極東艦隊の残存が、錨をおろしている。このままだとヤワラギの連合艦隊は、バルチック艦隊とリョジュン艦隊を相手にしないとならないよ?」
それはマズイ。非常にマズイ。ただでさえ数で勝るバルチック艦隊。
そこにリョジュン艦隊まで加わるとなれば、我が連合艦隊は腹背に敵を受けるハメになる。
それも、倍近い数の差でもって。
「それもさることながら、男爵。諜報活動というのは、どのように行うものなんですか?」
「興味があるかい?」
「はい、大変に」
明石男爵はワインを一口。
その仕草がまた、気障ったらしいやらスケベったらしいやら。
「たとえば今日、どれだけの荷物が店に入るか調べたいとする。………君ならどうするかね?」
それは、まあ………。
「店のそばで荷物の数を数えます」
「他には?」
謎かけだろうか?
ならば少し頭をひねるか。
「………店員として店に入り込み、荷物の数を調べます」
「素晴らしい解答だ。………他には?」
まだあるのか?
「………店の人に………訊く?」
「なるほど、いい答えだ。………他には?」
「いったいどれが正解なんですか?」
明石男爵はにっこりと笑った。
「どれも正解さ。諜報活動に正解がひとつしかない、なんてことは無いからね」
「わたくしでしたら、いえ、明石男爵でしたら、お友達に訊きそうですわね。………今日はあの品物、手に入るだろうか………とか申されて」
出雲鏡花が割って入った。
いや、そんな単純な話じゃないだろう?
だが明石男爵は、口を開けて笑う。
「鏡花さん、タネを明かしちゃいけないなぁ」
「失礼いたしましたわ」
って、そんなんでいいのかよ?
驚きの俺に、明石男爵はニヤニヤ。
「いやいや大矢くん、あくまでこれは僕なりの答えさ。そのために知り合いをたくさん作り、友達をたくさん作る。それが僕なりの、諜報活動なんだよ?」
驚いた。諜報活動というものは目立たないところでヒッソリ、というイメージがあったのに。
「だから社交的に、快活に人と接するのさ。スパイに見えないようにね」
カジノでスターになり、人生を国費で謳歌する。
明石男爵のイメージはズバリろくでなしでしかなかったが、ずいぶんと考え方を変えさせられる。
「大矢くん、君はヤットウの上手だったね?」
「たしなんでおります」
「ならば最強の剣客を、どのように定義する?」
また漠然とした質問をする。
しかし、あれこれと考えてみたが、コレという答えは見つからない。
緋影相手にならば、あれこれ剣豪のエピソードを紹介してやるのだが、なにしろ明石男爵が相手だからなぁ………。
「それはね、大矢くん。自分を殺しに来た相手と、仲良くなれる剣士だよ」
うん、俺には明石男爵という人間は、まだまだ早いようだ。
人生の経験をもっと積まないと、この人間は理解できないだろう。
「ときに大矢くん」
「なんでしょう?」
「連れの緋影さんは、何故五人前も料理を注文してるのかな?」
男爵にも、使鬼の姿は見えていないらしい。
「そして何故、皿が宙に浮いてるのかな?」
それは使鬼たちが、モリモリと食事しているからです。
とは言えない。




