バロン
「ようこそお出で下さいました、緋影さま」
出雲鏡花はヒラヒラ分多めの洋服で、俺たちを出迎えてくれた。
「お久しぶりです、鏡花さん。このような場で逢えるなんて、奇遇ですね」
ないない、奇遇なんてないから。
どうせ今回の任務をどこぞで聞きつけて、無理矢理通訳として割り込んで来たに違いない。
もはや出雲鏡花のことは、それくらいにしか俺には見えない。
「さてわたくし、今回は通訳の任務ということですが、緋影さま。お仕事の内容は把握されていまして?」
「明石さんという方の祝福と護衛とうかがってます」
そうだ、明石大佐の護衛なのだが、大佐は一体何者なんだ?
出雲鏡花に導かれ、馬車に乗り込む。このパリでもまた、俺たちは民間人ということになっていた。
馬車が動き出した。
「明石大佐という方は今回の戦さの重要人物でして、まずオロシヤの国力を削いで下さってますの」
ようやく出雲鏡花が答えてくれた。
「具体的には、どのような形で?」
思わず口をはさんだが、気を悪くすることもなく、出雲鏡花は答えてくれる。
「帝政オロシヤに、革命運動の火を着けて回っていただいてますの。おかげさまでオロシヤ帝国、ヤワラギと戦さなどしている場合ではありませんのよ」
そしてもうひとつ。
これは海軍としては死活問題である。
「バルチック艦隊の進路を、探っていただいておりますのよ」
緋影が祝福しておいたとはいえ、ヤワラギ海へ来るか、太平洋へ出るか。その進路は確定していない。
そのバルチック艦隊の行方を探っているというのだ。
明石大佐の正体。
それはヤワラギ帝国陸軍が送り込んだ間諜、すなわちスパイなのだ。
「これから緋影さまと少尉さんを、明石さんのもとにお送りいたしますわ」
道中、俺たちは「南野」を名乗るようにと、出雲鏡花に言われる。
明石大佐が本名は隠せと言ったらしい。
つまり俺たちは、南野健治郎と南野緋影である。
「夫婦です」
「いや、そこは兄妹だろフツー」
「夫の南野緋影です」
「俺が奥さんかい」
「南野鏡花ですわ」
「お前も参加するんかい」
「緋影の妻です」
「いい加減にしなさい」
いつものファンキーな会話をクリアして、馬車はパリ中心部のホテルに到着した。
とても豪華なホテルだった。色鮮やかな花が数々活けられ、美術品や絵画などが無造作に飾られている。しかもそれが、ちっとも嫌味にならないところが、豪華の証でもある。
「こちらですわ」
出雲鏡花、ドアボーイなどは顔パス。いちいち名前など確認されない。
そして連れていかれたのは地下であった。
なんのつもりなのか?
いぶかしんでいると、木製の重厚な扉の前に衛兵が二人並んでいる。
もちろんこちらも顔パス。
どころか、「おかえりなさいませ、鏡花さま」と最敬礼される。
「バロン・明石がお待ちです」
「ありがとう」
こちらをおもんばかってか、衛兵も出雲鏡花も、英語で会話してくれた。
扉のむこうは、カジノだった。
ルーレットにポーカー、ブリッジにブラックジャック。ルーレットマシーンもあればバーも兼備。ステージではバンドマンたちの生演奏。
まさしく夢の世界だ。
そんな中に、洋装の日本人がいた。ルーレットの台に腰かけて、行儀が悪い。チップと札束をばらまいて、女たちをはへらしていた。そして黒メガネでヒゲを伸ばし、大層趣味が悪い。
「諸君! この台はヤワラギの男爵アカシが制圧した! 悔しければ、このルーレットのキングを打ち負かしてみろ! 俺さまがカジノの帝王だ!」
そしてグラスの酒をガバ飲み。
グラスが空くと下品な笑い声。
「しぇげなべいべー!」
「ろっけんろーーるっ!」
「いぇす、しーはー」
などと、とりあえずヤワラギの恥部そのものな振舞いだった。
と思った俺が甘かった。
アカシ男爵………というか、ほぼ間違いなく明石大佐が、脱いだのだ。
たちまち沸き上がる喚声。万雷の拍手。そして飛び交うチップのコイン。
まるでカジノのスターである。
「明石さまはこれで、ルーレットの台を四回パンクさせたことになりますわ」
「それは至難の技なのかい?」
「人生で一度でもディーラーを倒したなら、ギャンブルが強いと自慢してよろしいですわ」
それを、四回も?
並々ならぬギャンブル強さだ。果たして、同期の山本ならばどのように立ち向かうだろうか?
興味本意だが、そんな疑問が浮かんでしまう。
男爵は金髪の娘、赤髪の娘。とにかく女の子たちの肩を抱き、次から次へと頬にキスの雨を降らしてまわる。
「さ~~て、ギャンブルキングの遺伝子を混ぜ混ぜしたいのは、どのマドモアゼルかなぁ~~?」
以上、出雲鏡花の通訳。
あまりのはしたなさに目を背けたくなったが。
気がつくと、緋影がいない。
どこだ? どこへ行った?
キョロキョロと目を走らせると、緋影はバロン明石のもとへ。
「そこなるエッチなヒゲのおじさま! それ以上破廉恥な振舞いをすると、ヤワラギの美貌なぷりんせす、南野緋影が許しませんよ!」
「おや? ヤワラギのプリンセスが、ギャンブルキング悪魔派の私に、勝負を挑むというのかね?」
バロン明石は、台の上で仁王立ちした。
もちろん服は着ていない。
モカシンと黒靴下以外は、何ひとつ身につけていない潔さだ。
「そうです、この緋影とる~れっとで勝負しなさい!」
「勝負かね? ならばこのバロン明石、逃げも隠れもしないぞ!」
逃げも隠れもしなくていいから、せめて服は着ろよオッサン。
バロン明石は緋影の向かいの席についた。………全裸で。
緋影も椅子に腰をおろす。足が着かずにプラプラしているが。
使鬼たちを見る。
緋影のまわりにはいない。ディーラーの背後に集まっていた。
そして視線は、四人ともアカシ男爵の裸体に注いでいた。




