よ~ろっぱ
上陸してくる陸軍を祝福し、ツシマ海峡や太平洋を祝福する日々の中、緋影が瞳を輝かせて言った。
「お兄さま、よ~ろっぱです!」
なんのことだかわからなかったが、どうやらヨーロッパ、すなわち欧州のことを言っているらしかった。
「花の都ぱりぃにしゃんぜりぜ通り。かっふぇえですい~つを楽しみながらのお茶と、いいことだらけです!」
「うんうん、緋影。それはわかるけど、それはヨーロッパという区域の中の、主にフランス限定の話題みたいだね?」
「はい、お兄さま。今現在、出雲鏡花さんがぱりぃにいるそうです」
出雲鏡花。
その名前を聞いただけで、「何かある」と踏んだ俺は、間違っていないと思う。
「ふむ、彼女がパリにいて緋影がはしゃいでいるとなると、パリ行きの辞令がおりるということかな?」
「可能性が高いですよ、お兄さま」
緋影の話では、出雲鏡花から手紙が来たらしい。
今、パリにいると。
ですので緋影さま、よろしければ一度、パリへお越しくださいな、てな具合に。
「う~~ん、これはデコちゃん、ひ~ちゃんをパリに呼ぶつもりだねぇ………お金の力で」
芙蓉がアゴを撫でながら言った。
「なにがあるんだ、パリに?」
大体にして俺は英語ならばともかく、フランス語はボンジュールくらいしかわからない。
緋影に関して言えば、片仮名の外来語すら平仮名で発音するという、惨憺たる有り様だ。
出雲鏡花のことだ。緋影を呼び寄せるのは、「久しぶりに会いたい」からだと推測できる。
だが、どのような口実をつけて緋影を呼び寄せるつもりなのか?
「大矢くん、その答えはパリにある。ってことでいいんじゃないかな?」
その答えはパリにある。
芙蓉の遊び心が、にじみ出てくるようなフレーズだ。
だがしかし。
この問題に興味をしめしてるのが芙蓉だけなのは、何故なのだろうか?
咲夜を見た。
ふ~ん、忙しくなるねぇ。という顔をしていた。
輝夜を見た。
胡座をかいて居眠りしている。
瑠璃を見た。
が、いなかった。
「それでいいのか、使鬼たち?」
「いやいや、大矢くん。私たちはひ~ちゃんと一緒なら、どこへでもだから。移動ごときでは動じる要素が無いんだよね」
「それにしては呑気すぎじゃないのか?」
「大矢くん、人生にはらりっくすが必要だよ♪」
ひょっとしたらリラックスと言いたいのだろうか?
だとすれば芙蓉の頭はリラックスしすぎだろう。
というか人ならぬ身で人生語るな。
「大矢どの、噂をすれば影だ」
輝夜が薄く目を開いた。
「陸軍の今西さんだねぇ♪ どんな用件でお越しなのかな?」
芙蓉はあくまで楽しそうだ。
今西大尉が入ってきた。
フランス行きを告げられる。もちろんパリだ。
「どのような用件でしょう?」
「現地に武官と称している、明石大佐がいる。天宮さんに祝福していただきたい。そして可能ならば………」
「可能ならば?」
「大佐を護衛してもらいたい」
「明石大佐は、よほど重要な人物らしいですね」
何気ない言葉だったが、今西大尉は凍りついたようになった。
「………明石大佐の下の名は?」
「源次郎です。これは海軍の要請を陸軍が受け、天宮さんにお願いするものです」
暗に、断らせないつもりらしい。なにせ海軍発の要請なのだから。
「お兄さま、引き受けましょう。みなさんお困りのようです」
先ほどまで「よ~ろっぱのぱりぃ♪」などと、はしゃいでいたのも何処へやら。
シャンと澄ました真面目顔だ。
心の中では小躍りしているくせに。
「しかし緋影、俺たちはフランス語なんてカラッキシだよ?」
「その点については、御心配なく。現地に通訳がいますので」
今西大尉の言葉に、嫌な予感がした。
「ただ、やんごとなき御方ゆえ、くれぐれも粗相の無いように」
嫌な予感は、確信に変わった。
「念のため、通訳の方の名前を訊いてよろしいでしょうか?」
今西大尉はニヤリと笑う。
「驚くなかれ、あの出雲財閥の御令嬢。出雲鏡花さまだ」
やはり、来やがったか。
そろそろ出番かと思っていたが、フランスへ先回りしていたとは。
やるな、出雲鏡花。
さすがだぜ、出雲鏡花。
見てみろよ、使鬼たちは腹を抱えて笑ってやがるぜ。
そして海路陸路、さらには空路と重ねて欧州はフランス。花の都パリ。
道中、輝夜の手によりちょっと言えないことになった、極めて不幸なあやしい人物はいたが、それは言わず語らずの話である。
とりあえず、パリ。
駅前には、出雲鏡花が待っていた。




