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こんとん大戦  作者: 寿
33/68

開戦

今日この日にこのサブタイトルって、どうなんでしょ?


イセからクレ、さらにはサセボと、緋影の祝詞旅行は続いた。

 現地では美食を楽しみ、和気あいあい。総じて楽しい旅行と言えた。仕事だけど。

 そしてヨコハマへ帰還。すると中将が意外なことを教えてくれた。

「お前たちが逮捕に協力した島津治な、あれが実は中央でマークされてたなかなかの大物で………」

 晩酌の席のこと。

 中将は盃を傾けた。

「親露嫌和の作家先生だったそうだ。おかげて海軍部では、このヨコハマ学校の評判も上々よ」

「それはよかったです。あのような手合いが幅を効かせていたら、戦争に出掛ける方々に失礼ですからね」

 緋影にとってもあの男、島津治の存在は好ましくなかったようだ。

「あのように軽薄で、自己中心的な人間。考えただけでオゾ気が走ります」

 中将は笑った。

「心配するな、緋影。島津の奴はしばらく出てこられんさ」

「と、言いますと?」

 俺が訊くと、中将は腕を組んで答える。

「憲兵隊で取り調べしたところによると、お前たちが与えたスポンサーや背後組織に関する情報、あれがみんな黒でな。じっくりと問いただしているらしい」

 問いただしているとは言っているが、実際にはスポンサーや背後組織には、すでに捜査のメスが入っていることだろう。

 つまり何がじっくりかというと、検挙した人間があまりに多すぎて、なおかつ大物すぎて、島津の取り調べが後回しになるほどである、ということだろう。

 まあ俺は帰路、駅売りの新聞で、「アコウ物産に反和の容疑、憲兵隊乗り込む」という記事を読んでいたので、それとなく知ってはいた。

 しかし個人的には、国内指折りのアコウ物産が、反和に傾いていたことが驚きだった。

「で、こっからが本題だ」

 中将の目が据わった。その厳しい眼差しが俺だけでなく、緋影にも向けられる。

「間もなく我が国とオロシヤは、国交を断絶する」

「いつ頃ですか?」

「五日以内。報道機関には規制を敷いている」

 それならば、もう準備に入っているはずだ。

「我が国はマイヅル・サセボから陸軍を派遣するのだが、これには障害がある」

「リョジュンに停泊する、オロシヤの艦隊ですね?」

 そう、オロシヤがマンシュウに陸軍を、リョジュンに艦隊を残しているせいで、両国の関係がもつれたのだ。

「その通り、だからこちらもサセボとマイヅルの艦隊を護衛………というかリョジュンに突っ込ませる訳なんだがな。トンボ返りで悪いんだが、明後日マイヅルへ飛んでくれ。そこでマイヅル艦隊と陸軍を、祝福してもらいたい」


 いよいよ開戦。

 俺は一人、部屋で荷物を整理していた。

 旅のためではない。身辺整理という奴だ。

 ヨコハマ学校所属とはいえ、いつ召集がかかるかわからない。

 その時になって慌てなくていいように、実家へ送るものと必要なものを分けているのだ。

 戦争となれば、軍人は生きて還らない。

 その覚悟は士官学校で、嫌になるくらい叩き込まれている。それ故の身辺整理だった。

 しかし俺には、覚悟しきれないところがある。

 緋影だ。

 彼女は民間人であって、軍人ではない。死なせるわけにはいかないのだ。

 いや、もちろん軍人だからといって犬死にムダ死に、駒扱いをしてはならない。最後の突撃の号令まで、損耗は最小限でなければならない。

 話を戻そう。

 緋影を死なせたくないというのが、俺の覚悟しきれない部分だ。

 彼女に、生か死の二つにひとつしかない突撃命令は、俺には下せない。

 だが俺たちは、場合によっては戦場に立たなければならない。

 緋影のこの能力だ。

 不利な戦況を覆すべく、陣営の祝福や戦場へ祝詞を、などという具合に使われるのかもしれない。

 もしかしたら、重ね上げられた屍に安らぎを与えるため、祈りを捧げるのかもしれない。

 あるいは戦鬼護鬼を使役するという、大胆な戦闘の駆り出しかたをされるかもしれない。

 そんな状況に、俺は耐えられるだろうか?

 士官学校首席という成績に対して与えられた、恩賜の短刀を手にする。

 まずは頭上に掲げて一礼。

 その上で鞘から抜く。

 ギラリと冷たく、刃が輝いた。

 いよいよ合戦という緊張感に、肛門まで引き締まる。

「お兄さま、よろしいですか?」

 緋影の声だ。

「入りなさい」

 短刀を鞘に納めて、それから答えた。

 緋影が入ってくる。

「お出かけ準備の最中でしたか?」

「いや、かまわんよ」

 部屋の中まで入ってきて、勝手に座布団に座る。

「お兄さま、いよいよ開戦ですね」

「あぁ、軍の都合に緋影を巻き込んでしまって、済まないね」

 緋影は頭を振った。

「天宮の者ですから、国難に駆り出されるのは当然のことです」

「なんだ、緋影を戦争に巻き込んでしまったなんて、悔やんでいたのは俺だけか?」

「あ、悔やんでらっしゃるなら、プリンをごちそうして下さいな。遠慮はいりませんよ、お兄さま」

「考えてみれば、悔やんでなんかいないかな?」

 二人で顔を見合わせる。思わず吹き出してしまった。

「じゃあ、明日にでも出掛けようか?」

「そうですね、帰ってからプリンを食べようとか言ったら、なにか生きて還れない気がします」

 俗に言う、フラグという奴か。

 緋影もそのようなものは、感じているのだろう。

「やあやあ、ひ~ちゃん! そうなるとお姉さんとしては、なんとか実体化できないかと、訴えたくなるなぁ。私もプリンとかいう甘味、是非ともいただいてみたいんだけど」

「芙蓉、はしたないですよ?」

「左様でござろうか?」

 輝夜が深刻そうな面持ちで現れた。こいつもプリンを食べたいらしい。

「ほら輝夜、緋影さまが困っとるじゃろ」

「しかし咲夜も、一度プリンを賞味してみたいと………」

「言うとらん! 言うとらんよ、緋影さま!」

 戦さも間近というのに、緋影の鬼たちは相変わらずであった。

「だがみんな、実体化しなくても、シュウマイみたいに食べることはできるんじゃないのか?」

「それはそうじゃけど」

「二人でお店に入って六人前のプリンを注文して、そのプリンがひとりでに消えていくなんて、騒ぎにならないかな?」

 なるほど確かに、芙蓉が人前で酒を飲んだときは、徳利が宙に浮いていると子供が騒いでいた。

「それならば大丈夫だろう。三条茶房の葵では、座敷席があった。あそこなら問題はない」

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