暗殺者
緋影とプリンを楽しんだ翌日。
俺たちは列車の人となっていた。まずはオオサカ、キョウトへ。そこから乗り換えてマイヅルへ。
早朝の駅売り、シュウマイ弁当を頬張りながらの出発だ。
「今回は来なかったんだな、出雲鏡花さん」
「えぇ、そのことなのですが………」
緋影の表情が曇った。
「なにか心配事でも?」
「はい、鏡花さんのところの出雲機関が調べたらしいのですが、先日逮捕された島津ナントカのシンパが、私たちを狙っているとかなんとか………」
出雲機関の情報ならば、信憑性は高い。
が、俺たちを狙うとなると、どんな手段を使ってくるものか。
「戦鬼や護鬼なんかは、危険を感じているのかな?」
「今は芙蓉の使いが、列車すべてを見張ってますが、異常は無いようです。輝夜も落ち着いたものです」
「ならば問題は無いな。彼女たちは悔しいけど、緋影を守ることに関しては、俺以上に真剣だ。その使鬼たちが悟れない危険は、この世に無いだろう」
うんうん、アンタ解っとるねぇと、咲夜の声がした。しかし姿は見せない。列車の客室という、限定された空間だからだ。
しかし、芙蓉は使鬼のリーダー。輝夜は強力な火力。ならば咲夜は使鬼の中で、どんなポジションなのか?
「失っ礼じゃねアンタ! アタシは主に緋影さまの相談役とかお話相手とか! ………使鬼の中の良心というか」
「大矢どの」
輝夜の声が、咲夜をさえぎる。
「大矢どの、そのような次第ですので、よしなに。かく申す輝夜、咲夜の良心なくばとうの昔に、緋影さまから三下り半を突き付けられております故………」
輝夜と咲夜。この二人はこれでいいのだろう。
きっと、二人で一人。そんな切っても切れない間柄を、少なからず感じてしまう。
だとすれば?
「芙蓉にはそんな、良い相方がいないのかい?」
「え? わ、私?」
珍しく芙蓉が狼狽えている。
「まあ、芙蓉さまにはねぇ」
「うむ、いらっしゃることには、いらっしゃるのだが………」
咲夜と輝夜が、なにやら勿体をつけている。
「どういうこと?」
緋影に訊いた。
「はい、瑠璃は引っ込み思案なところがありますので………。あ、これまでのプリンやシュウマイやイセ海老も、瑠璃はちゃんといただいてますから」
まだいるのか、使鬼?
いやそりゃまあ、それなりの人数がいるって聞いてたけどさ?
「ん?」
「いかがなされた、芙蓉さま?」
芙蓉の緊張感だろうか。それが輝夜を経由して、俺に伝わる。
「なんだか気味の悪い男が立ち上がったんだよね」
「次の駅には、まだ時間がありまする。ここで仕掛けてくるのは、ド素人か、あるいは………」
「………後先考えない………狂信者」
これまで聞いたことのない、儚げな声が聞こえてきた。これが瑠璃か?
「………気をつけて、大矢。………この人間………おかしい」
「うんうん、瑠璃の勘は当たるからねぇ」
「大矢どの、臨戦体勢にござる!」
言われるまでもない。
瑠璃の緊張感は、すでにビンビンと伝わってきてんだ。
「………大矢………この男」
男は背中を進行方向にむけている。つまり、後部車両を眺める形だ。
そしてこの車両の、後部扉が開いた。
青白い顔に山高帽。春を送る季節だというのに、真っ黒なマントを羽織った、見るからに怪しい男だった。
あぁ、呑んでるな。
一目でわかった。
マントの中に、刀を隠している。それが俺にも丸わかりだった。
「緋影、窓の外を見ていろ」
「はい、お兄さま」
緋影はアンニュイな表情で、窓の外を眺めていた。
男は静かな足取りで歩いてきた。まるで、座席を確かめるかのように。大根芝居で。
そして俺たちに近づくと、あからさまな動作で、鞘から刀を引っこ抜いた。
俺は空になった弁当箱を、男の顔面に投げつける。そしてお茶の入った陶器で、眉間を殴った。
男は倒れ込む。そこで腹をかかとで二度三度。ストンピングだ。
「どうしました、お客様!」
列車のクリューが駆けつけてきた。
「暴漢だ、すぐに憲兵隊へ突き出してくれ!」
官権ではない、あくまで憲兵隊と言い切った。
「は、はい! 憲兵隊ですね! わかりました!」
飲み込みの速いクリューは俺に敬礼して、男を縛り上げた。そのまま奥へ引きずってゆく。
おかげで次の停車駅では、憲兵隊への引き渡しのため、しばしの時間を食ってしまった。
再び列車が動きだす。
何事もなかったように、俺も窓の外を眺めながら、旅を続けた。
「さっそく来ましたね、お兄さま」
「あ? あぁ、そうだね」
「私たちがこの列車に乗っていると、どこから知れたのでしょうか?」
「軍の中に親露派はいないけど、俺たちのアンチはいるかもしれない。あるいは誰かの口から、スルリってこともある。まあ、完全な隠密は不可能ってことだね」
それでも余裕があるのは、使鬼たちがいてくれるおかげだ。俺ひとりでは神経がもちそうにない。
「すごく優秀だよ、緋影の使鬼たちは」
そのように誉めると、緋影もまんざらでもなさそうに笑った。




