ねぎ
ナゴヤ! 無事到着!
道中の列車の中では、戦鬼護鬼の連中も窓の外を流れる景色に見入り、ごく平穏に旅することができた。
ホームから改札を抜ける。
「お?」
と俺がもらす。
「あら?」
出雲鏡花も呟いた。
「はて?」
緋影は小首をかしげる。
改札の向こうでは、宮司だか禰宜だか神主だかが群れを作って、俺たちを出迎えてくれた。
さすが天宮一族。
訪れるだけでナゴヤ中の神社から、人が集まるのだろう。
「大人気だな、緋影」
「はて? 私のナゴヤ行きは軍の方々にしか、伝えていなかったのですが」
「どういうことだ?」
俺の疑問には、出雲鏡花が答えてくれる。
「つまりは少尉さん。こちらの方々は、緋影さまの敵ということですわ」
ますますわからん。
この国家非常の折に、天宮が必勝を祈願に来ているんだぞ。
国民一丸とならねば勝てぬという時に、天宮の敵だと?
理解に苦しむ。
「随分とお人好しなのですわね、少尉さんは」
出雲鏡花は微笑んだ。
その背後で、毒花のつぼみがほころぶ幻を、俺は見た。
「よろしいですか、少尉さん。国民一丸の大戦さとあっても、その大半は本国に残り、後詰めに回り、戦さに出ることもなく、その中でも極一部は、戦さが商いの道具でしかないという種族もいますのよ?」
出雲鏡花が言うと、ものすごい説得力がある。何故なら出雲もまた、戦場には出ない人々だからだ。
「そしてこちらの方々は間違いなく、人の血が流れる戦さでお金儲けをされる方々ですわ」
戦さをあおるだけ煽って、自らは一滴の血も流さない。
うん、わかるよ。
血を流すのは、俺たち軍人。あるいは徴兵で集められた兵隊たちの仕事だ。
戦さにはカネがかかるから、大いに商いしてもらわなければならない。
戦さが済んだヤワラギ帝国を、復興するのも君たちだ。
理解はできる。
理解はできるがしかし、納得するわけにはいかん!
緋影のような、まだ幼い娘までかり出されているこの時に、己の利益に目がくらんで妨害を目論むなど………たとえ天が許しても、俺がゆるさん!
「ホホホ………少尉さんは本当に熱血漢ですこと。目の前の悪党を許さないとおっしゃるなら、どのようになさいますの?」
「そりゃもう得意の合気道で、ちぎっては投げちぎっては投げ………」
「逮捕されますわよ」
「くっ………!」
まさにその通り。
いやそれ以前に、俺たちは単なる戦勝の祈祷という態で、各地を回っているのだ。
あまり目立つことは出来ない。
オロシヤ帝国に、ヤワラギ帝国軍の意図を見抜かれるような真似は、してはならないのだ。
「ということで緋影さま」
出雲鏡花は頭をさげた。
「ここはひとつ、この鏡花めにおまかせを」
「お手柔らかにおねがいしますね、鏡花」
緋影はなんの心配もしていないようだ。ほんのりと微笑んでいる。
「お話はお済みですかな?」
宮司だか禰宜だか神主だかの中から、若い者が一人まえに出た。
「天宮緋影さまの御一行ですかな?」
「左様にございます。ナゴヤ陸軍の依頼により、これなる天宮緋影、戦勝の祈祷をするためにまかり越しました」
「その件でしたらナゴヤ軍司令官より、正式にお断りするという運びになりましたので、どうぞお引き取りを」
「あら、そうですの? こちらには一報もなかったのですが」
若手………とはいえ俺よりはるかに年上………は、薄ら笑いを浮かべる。
「申し訳ございません、なにぶん急に決まったこと………今朝の話でして、代わりに我々ナゴヤ神道会にお鉢が回って来てしまい、てんやわんやなところです」
薄ら笑いは今や、隠すこともないニヤニヤ笑いになっていた。
つまりこいつらが手を回して、緋影の邪魔をしているのだ。
「そうですか。では軍司令官が、直接出向いて来るのが筋というものではありませんか?」
「ナゴヤ軍司令官は陸軍中将ですので、多忙にございますからなぁ」
明らかに俺たちを軽く見ている。
それにしても神官の類いというのは、どうしてこうもイヤラシイ顔ができるのだろうか。
その性格のイヤラシさが、生白い顔ににじみ出ている。
「あらあら、多忙を理由にお越しいただけないのでしたら、副司令官が来られるはずですが」
「副司令官もやんごとなき身分にございますぞ。小娘あたりが駄々をこねてよろしい相手ではありません」
「では軍司令官の意向を伝達する役割を委譲されたという、委任状を拝見したいのですが」
この時、初めて若い神官が狼狽をみせた。
「そのようなものは、そちらさまに見せるものではないかと」
「私どもも国の予算でこちらまで赴いております。委任状のひとつも拝見せず、帰還することはできませんわ」
「なにっ!」
いきり立つ若手を制して、老いた神官………つまりこいつらのボスらしき男が出て来た。
「お嬢さん、ここは聞き分けていただけませんかな? 言いたくはありませんが、そちらさまも司令官の依頼状のひとつすら、見せていただいておりませんが」
「なんの必要がございまして?」
「私どもはその司令官から、直々に祈祷の依頼を受けているんですよ?」
「どこにその証拠がございまして?」
「そちらこそ証拠はございますか?」
出雲鏡花は、「緋影さま」と声をかける。
緋影は懐から電報文を抜き出した。
軍司令官から依頼を受けた、電報文である。
「ふん、直筆でもないこのような電報など………」
と言って、神官は目を剥いた。
電報には、南野中将のサインと落款が押されていた。
つまり、この場では何より有効な公文書と言える。
「そちらさまは、これ以上の証を提示できますの?」
「なにぶん陸軍の、軍司令官からのお言葉ですからな」
「つまり証拠は存在しないと?」
「ほざくな小娘! こちらの言い分を聞かんかっ!」
「あらあら恫喝ですのね? でしたらこの場に官権をお招きして、強要罪という罪を問わなければなりませんわよね?」
「言えばいい、言えばいい。どうせお前たちは、これから捕らわれるのだからな」
「何の罪状で?」
「公文書偽造の罪。すなわちその電報は、真っ赤な偽物と見た!」
「正式な公文書を偽造とうたわれるなら、本物だった時にはどのようになさるおつもりで」
「武士の作法にのっとる!」
つまりはっきりと、私の罪だとは言っていない。
「武士の作法となると、お腹を召されると?」
「それ以外にこの恥辱を注ぐ方法は無い!」
「その必要はございませんことよ?」
出雲鏡花が駅の外に目をやった。
ん? 陸軍を制服を着た者が数人。
腕章を巻いているようだが、憲兵か?
その通り。憲兵たちが鞘鳴るサーベルを押さえながら、俺たち目掛けて駆けてきたのだ。
何の用か? 少なくとも俺は悪いことなどしていないぞ!
と思ったが、彼らが取り囲んだのは神官たちだった。
「神道会ナゴヤ支部長、津田沼信一郎だな!」
「な、なんだこれは!」
「貴様を贈賄の容疑で逮捕する!」
「なんだと! 軍司令官を呼べ! これは何かの間違いだ!」
「その軍司令官閣下だが、すでに収賄の容疑で身柄を拘束している!」
憲兵が津田沼を捕らえた。少尉の階級章をつけた憲兵は、他の神官たちにも任意同行を求める。
もちろん駅は、すでに憲兵隊が包囲しているとのことだ。
神官たちが連れ去られ、少尉が出雲鏡花に敬礼した。
「民間からの捜査への協力に感謝する!」
「軍への協力は、国民の義務ですので」
出雲鏡花は返礼した。
憲兵隊が退場すると、ナゴヤ陸軍からの迎えが来た。
軍司令官代行が、お待ちかねです。とのことだった。




