第35話・手遅れ
「隠密スキルカンストさせた俺、異世界生活始めました」
第35話です。
魔術師さん、いい加減名前決めないと不憫かなぁ。
よろしくお願いします‼︎
無数の氷の刃がケイジに迫る。
が、右手から出た炎がそれを全て溶かし、そのまま男に向かう。
男の杖が光り、風魔法が炎をかき消す。
炎を消している間に土魔法を発動させ、男の背後から土の塊を落下させる。
男は軽くそれを躱し、落ちていた剣や槍を飛ばしてくる。
剣を振るい、全てを叩き落とすケイジ。
乱戦になっているが、軍もハンターたちも巻き込まれないために2人から離れている。
そのため、2人が戦っている空間だけがぽっかりと空いているかのようだ。
「す、すげえ……」
救護所からケイジと男の戦いを見つめるガルシュが呟いた。
お互いに一歩も譲らない。
王都の中でもトップレベルであろう実力の魔術師と同等に渡り合っているケイジに、驚嘆の色を隠せない。
「ケージさん、ほんとに何があったんだろう……。さっきまでと魔力の質が全然違う……」
ガルシュと同じく戦線を離脱しているメルが言う。
2人とも魔法は使えないが、魔力を感じることはできるようだ。
すると、そこにテリシアとミルが来た。
他にも数人のギルドのメンバーがいて、荷車に乗せた物資を運んで来ていた。
「メル⁉︎ どうした、ケガか⁉︎」
救護所に座るメルを見つけ、ミルが取り乱す。
「ううん、私は大丈夫。それより他のみんなを診てあげて」
「メル、ケージさんは……?」
テリシアが不安そうに尋ねる。
やはり、ケイジの前でこそ心配していないそぶりを見せていたが、強がりだったようだ。
状況はあまり良くないと聞いていたためか、それともケイジが視界にいないためか。
落ち着けないようだった。
「……あそこだよ」
メルが戦うケイジたちを指差した。
今も2人は戦っている。
「……え?」
「あの魔力……いや、まさか……」
同じ人物とは思えないほど強大な魔力を操るケイジの姿に、テリシアもミルも困惑した。
やはり操っている本人には分からないのだろうが、ケイジの体から出る魔力は『黒い』ように見えるらしい。
そんな4人の存在にケイジは気付かない。
いや、そんなところに気をかける余裕などなかった。
ブエルの能力で傷が治り強大な魔力を与えられたとしても、少しでも気を抜いたら殺される、それほどにローブの男は強かった。
何か、この状況を打ち破る策が必要だった。
ケイジの白霧でハンターたちは力を取り戻したが、それでも五分五分に戻すので精一杯のようだ。
黒霧があった時の戦力差を埋めるのは容易ではなかった。
だからこそケイジが加勢しなければならないのだが、もしこの場を離れればローブの男の、本気の魔法が仲間たちに襲いかかる。
それが分かっているからこの場を離れるわけにはいかないのだ。
「……ふう、しんどいね全く」
「貴様のその魔力……。その黒い魔力は、普通では決して会得できないはずだが」
お互い、警戒は緩めない。
「ああ、色々あったんだよお前に1回殺されてから。俺もよく分かってないけど」
「……もう一度聞いておこう。貴様は、何故戦う。何故こいつらを庇う」
「……恩人だからだよ。俺の」
警戒はしているものの、不意打ちをしてくる様子も無い。
そのため、ケイジは男の問いに答えた。
「俺たちがこの世界の人間じゃ無いのは知ってるだろ」
「ああ」
「だからだよ。そりゃあいきなり訳も分からず異世界なんかに飛ばされりゃ困惑する。住む場所も頼る人もいないんだから。でも、ここの連中は見ず知らずの俺を助けてくれた。しかも生活だとか上部のことだけじゃない。俺の心まで救い上げてくれた。」
ミルの言葉を思い出す。
手の温もりを思い出す。
テリシアの言葉を思い出す。
抱きしめてくれた腕の、胸の、体の暖かさを思い出す。
それだけで胸が熱くなる。
「だから俺はみんなのために戦うんだ。命を救ってくれた人たちへの、命がけの恩返しだ」
「…………」
男は喋らない。
攻撃体制にも入らない。
俯き、左手を顔にあてていた。
「貴様が姫様の願い通りあの場所に来れば、こうはならなかったかも知れないな……」
顔を上げながら、男はそう呟いた。
今までとは違う、本心を語っているかのような声色だった。
「何だと? お前、何を知ってるんだ?」
「……残念だが、それを知る必要はない。貴様はここでもう一度死ぬのだからな」
男が杖を構えた。
魔力が集まりだす。
「待て‼︎ まだ聞きたいことがあぶねっ‼︎」
間一髪で攻撃を躱す。
「もう遅い。全て、手遅れだ」
再び男の魔法がケイジに襲いかかる。
もう話す気は無いようだ。
少し期待してしまった。
もしかしたら、分かり合えるかも知れないと。
だが、戦いはそんなに軽いものじゃない。
文字通り命を懸けて、勝たねばならないのだ。
飛んでくる火球を水の塊で消す。
その水を剣の形に精製し、男に向かって放つ。
それと同時に走りだす。
岩の壁がそれを防いだ。
岩の壁に視界がふさがれている隙に背後に回り込み、剣を振るう。
地面から飛び出した土の刃がケイジの剣を止める。
そして、それを予想していたかのようにケイジが足に魔力を込め地面を強く踏んだ。
その瞬間、土の防御の内側から剣が1本飛び出し、男の左腕を斬り落とした。
反撃を警戒し、一旦下がる。
「ぐっ……」
「ここまでだ。この軍を退け。お前にはまだ聞きたいことがある」
「……言ったはずだ。もう手遅れだと」
男は息を荒くしながら再び魔力を杖に集めた。
そして杖の先からガラスのような刃が放たれた。
それは、ケイジを狙ったものではなかった。
何処を狙ったんだ?とケイジが放たれた先に目を向けた瞬間。
身体中に寒気が走った。
刃の先に立っているのは、こちらを見つめるテリシアだった。
突然の事に、テリシアはもちろんガルシュたちも反応出来ていない。
「あ……」
避ける事など出来ないだろう。
かと言ってここからではどれだけ急いでも間に合うはずがない。
ケイジは必死に頭を回した。
今までの全てを思い出す。
そして。
唯一この状況を打破出来る方法を思いついた。
「テリシアアアアアアアアアア‼︎」
叫びながら前進に力を入れ、魔力を充填する。
そしてケイジの体はテリシアの目の前に移動した。
最初にローブの男が使った、瞬転移だった。
刃を剣で弾く。
そしてもう一度転移を使った。
その先は男の防御魔法の内側。
ケイジは剣を男の胸に突き立てた。
「ガフッ……‼︎」
致命傷だった。
心臓からは逸れていたため即死には至らなかったが、此の世を去るのは時間の問題だろう。
剣を引き抜くと、男は倒れた。
「おい、もういいだろ。知ってることを話してくれ」
「……無駄だ。もう、遅いんだ、よ……」
「ああ、ったく‼︎」
苛立ちながらも、ケイジは右手に魔力を込め、男の傷口に手をあてた。
段々と、傷が塞がっていく。
「き、貴様……」
まだ苦しそうに、男が呟く。
男の首元に手刀を喰らわせた。
「うるせえ。まだ寝てろ」
気を失った男を手際良く縄で縛り上げていく。
まだ戦いは続いているが、この男がいなくなれば戦局は大きくこちらに傾いたと言えるだろう。
だが、ケイジの頭には男の言葉がこびりついて離れなかった。




