第94話・328
ソリド王国を始めとする大陸各国では、売買を始めとする奴隷制度は禁止されている。それは古の時代に人間が他種族を奴隷として使っていた歴史を繰り返さないためのものであり、他種族を忌み嫌っていた民衆もそのルールだけは周知の事実のはずだった。
しかし、当然ながら何事にも例外は存在する。貴族中心のノスティア公国では尚更だが、表向きには奴隷制度は禁止されていても、自分たちより下の地位の者を生物とも思わぬ下卑た連中は必ずいるのだ。
「この首輪は……」
「くっ……」
そんな現実に、エリスは怒りと困惑が混じった表情を浮かべていた。
「巻き込んだのはこの子だけか?」
「ああ。部下の家族も欠員はいない」
その報告に少し安心し、怯えた目でこちらを見つめる少女に目を向ける。
そこにいたのは、恐らく転移魔法に巻き込まれたのであろう少女だった。肩ほどの長さの黒髪は傷んでおり、年齢はまだ10歳にも満たないだろうか、その少女は服というよりも穴の空いた布を身にまとい、細かい傷が散見する体を震わせていた。
ーーーやれやれ、これだから人間ってのは嫌になる。
「お前、名前は?」
出来る限りの優しい声色で尋ねる。少女は未だに怯えきっている様子だったが、エリスのことは知っていたためか、ゆっくりと答えてくれた。
「328番、です」
「チッ」
その答えを聞き、ジークが苛立ちからか舌打ちをした。それを聞いた少女は尚更怯えてしまったようだ。
「おい」
「すまない」
無論、ジークもエリスと同じようにこの状況に憤慨していることは分かっている。
奴隷か……。
ハクの時は間一髪で救助できたが、この子はかなりの間そういう扱いをされてきたんだろうな。
どうするのかって?
決まってるだろ。必ず助ける。
「エリス、この首輪は?」
「隷属の首輪だ。装着すると持ち主の命令には一切逆らえなくなると言われている魔道具で、外すには持ち主の魔力波長が必要らしい」
「魔力波長か……」
魔力を持つ者たちにはそれぞれの魔力の特徴である魔力波長があり、その波長が合う属性の魔法が得意になるのが一般的とされている。俺だったら土や水の創造系、ジークの場合は風や炎などの環境操作系などなど。
個人個人で異なるその波長を鍵のように記憶させ、その主以外に操作ができなくなるようにするのが魔法を伴う首輪の特徴だ。
要するにピッキングみたいなもんだろ?
記憶されてる波長を表面に漂う波長痕から予測、構成する。俺たちの得意分野だ。
「ジーク、手伝ってくれ。こいつを外す」
「分かった」
「少しの間、我慢してくれるか?」
「は、はい……」
尚も怯える少女を宥め、ジークと共に首輪に触れる。
「魔力分析」
分析完了。風波長、水波長、土波長……。
「風、次に水……」
「ケージ、土がまだ足りない。頼む」
「おう」
緻密かつ繊細な魔力波長を、首輪の表面に残された微かな痕跡から組み上げていく。簡単ではないが、感覚的には懐かしいこの作業は2人にとっては解決できないタスクではなかった。
「……よし、外れたな」
「とれた……」
「なんと……魔力波長を真似るとは……」
「このくらいなら練習すりゃエリスも出来るようになるさ」
感心するエリスを他所に、再び少女に目を向ける。
「お前、家族はいるのか?」
「……」
少女はフルフルと首を横に振った。
「そうか……なら、一緒に来ないか?」
は?
いやちげーよ誘拐じゃない。普通にこの子を助けてやりたいからだって。
お前らの方がよほどロリコンだろうが。
少女は声を震わせながら言う。
「い、いいんですか……?」
「ああ、もちろん」
不安げな少女を優しく抱き寄せる。華奢な身体はまだ冷たい。
「う、うああああん……」
だが、流れる涙は確かに熱かった。この少女の人生は、これから始まるのだから。
間。
場所は変わり、和国からユリーディアの港へ向かう船上にて。
「にしても良かったのか? クロメに何も言わずに出発して」
大きめの船の甲板で、酒を煽りながらジークが言う。表情と声色から察するに、どうやらまだ酩酊している訳ではないらしい。
「ユウに伝言は頼んであるし、アイツも忙しいだろうからな。なに、そのうちまた会いに来るだろうよ」
和国に転移が完了した後は、クロメの部下たちの指示で速やかに船への移送が始まった。そこにクロメの姿は無く、ユウ曰く和国再建のために各地を飛び回っているとの事だ。
「まあ、それもそうか」
ちょうど昼頃になる船上では、エリスの部下とその家族たちがワイワイと昼食を楽しんでいた。
すると、後ろの扉が開く音がした。
「あ、あの……」
「お、似合ってるじゃんか」
個室から出てきたのは、傷や汚れを落とし、綺麗なワンピースに身を包んだ少女だった。どうやら髪もエリスが手入れしてくれたようだ。
「この度は、助けてくださって本当にありがとうございます。えと、次のご主人様は……?」
ジークがこちらを向く。それを見た少女もこちらを向く。
「いや、もうお前は誰かに従う必要は無いんだ。自由に生きていい」
「で、でも……」
分かってる。隷属の首輪が外れたからって、まだ幼い少女を放り出すわけにはいかない。
「ただ1人じゃまだ色々大変だと思うからさ。良かったら俺の家に来ないか?」
「念の為言っとくがコイツ1人で住んでる訳じゃないぞ。他にも数人女がいるから襲われる心配もない」
「おいふざけんなお前」
「コイツは金も持ってるからな。好きな物でも何でも強請るといい」
「お前には二度と奢らん」
「悪かった。すまない」
「いや切り替え早っ……」
そんなやり取りをしていると。
「ふふ……」
少女は控えめながらも楽しそうに笑った。その目にはまだ不安こそ残るものの、確かにこれからの未来への期待が現れている。
「おいケージ、笑われてるぞ」
「いや笑われてるのお前だから。そうだよな? えーと……」
やっぱり名前が無いってのは不便だよな。
なあ、せっかくだし何か良い案はないか?
「名前、付けてやりたいな……」
「まあ番号で呼ぶのも気が引けるしな」
え?
なんかそれ聞き覚えあるんだが。大丈夫か?パクリとかじゃないよな?
まあ、お前らが考えてくれたんだしな。確かに悪くない。
「三葉。今日からお前はミツバだ」




