フィッシャーキング
悠然と構えていたフィッシャーキング。
ミケとソードギアが配下のフィッシャーマンを蹴散らしていくのを見ても、悠然と構えたままだ。
その余裕の理由は、僕には分からない。
ゲーム時代もフィッシャーキングは未実装だったし、ここはゲームじゃない。
フィッシャーキングが何を考えているかなんて、僕には予想できないのだ。
そして、僕に勝てるかどうかも分からない。
「……」
フィッシャーキングに向けて、僕は駆ける。
ソードギアとミケの大暴れの混乱の隙を突くかのように、早く……速く。
見上げるようなフィッシャーキングの巨体を見据える。
フォレストゴーレムとの戦いを思い出す。
あの時、僕は何も理解しないまま殺されかかった。
ロックドラゴンとの戦いを思い出す。
あの時、僕は知らない僕の力で勝った。
あの力があれば……と思う。
僕じゃない僕の力。
あの圧倒的な力でならきっと、フィッシャーキングだって倒せる。
……あの「僕」にあって、今の僕にないもの。
「ステータスオープン」
僕はステータスを開き、「プリンセスギア」の称号をアクティブに変える。
あの「僕」と、僕の記憶は何故か連続している。
あの「僕」は、プリンセスギアの称号がアクティブになっていた。
だから、ひょっとすると……と思ったんだけれども。
……そう。
それは、もしもの話だ。
もしも、僕がミケの言うとおり本当にプリンセスギアだというのならば。
この称号が、鍵だったとしたら。
今こそ、その力が欲しい。
僕が僕のまま、あの「僕」の力を。
「うわああああああ!」
叫ぶ。
僕を見下ろすフィッシャーキングに向けて、僕は跳ぶ。
高く、高く。
フィッシャーキングの身体をも踏み台にして、更に高く。
フィッシャーキングは、動かない。
その目は、僕をじっと追い続けて。
その顔面をも踏みつけて、僕は更に高く跳ぶ。
「コード……セット!」
僕は、エルダーレインボウを引き抜く。
その刀身に、青白い輝きが宿る。
収まりきらない輝きは溢れ出て、四方へとスパークを放つ。
そして、輝いているのはエルダーレインボウだけじゃない。
僕の闘神のガントレットも、同じように輝いている。
その輝きを見て、思ったとおりだと僕は笑う。
闘神のガントレットと、エルダーレインボウ。
ゲームの中では絶対に出来ない武器のダブル装備も、現実では出来る。
もし、その攻撃力が僕の考えたとおりに増加するならば。
今から放つ攻撃は、僕の実力を超えた威力で放つことができる。
「ライトニングゥゥゥ……」
輝きが、強くなる。
エルダーレインボウを高く掲げ、僕はフィッシャーキングへと落下する。
フィッシャーキングは、まだ動かない。
いいよ、そんなに動きたくないなら。
動かないまま、僕の最高の一撃を受ければいい。
「アタァァァァック!!」
エルダーレインボウを、フィッシャーキングへと叩きつける。
闘神のガントレットから。
エルダーレインボウから。
輝けるエネルギーが流れ込み、強烈な輝きとスパークを放つ。
稲妻が炸裂したかのような重低音が響いて。
フィッシャーキングの巨体が、グラリと揺れる。
でも、まだだ。
それが分かっているから、僕は油断しない。
即座にフィッシャーキングの頭を蹴って、跳ぶ。
まだ撃てる。
それが感覚で分かったから、僕は次のスキルを準備する。
「コード、セッ……うわあっ!」
黄金の三つ又槍が、僕に向けて突き出される。
慌てて避けた僕は、そのまま勢いを失って落下して。
黄金の三つ又槍が、落下する僕を打ち据える。
「がっ!」
痛みと共に落下の速度が増加する。
マズイ、叩きつけられる。
何とか体勢を立て直そうとして。
けれど、その僕を再度黄金の三つ又槍が打ち据える。
「ぐっ!」
更に。
更に。
更に。
何度も何度も、黄金の三つ又槍は僕を打ち据える。
地面へと落下した僕をに向けて、更に黄金の三つ又槍が振り下ろされる。
「くっ……ああああ!」
転がる。
必死で地面を転がって、黄金の三つ又槍を避ける。
地面を砕いた黄金の三つ又槍を手元へと引き戻すと、フィッシャーキングはニヤニヤと笑って僕を見る。
……くそっ。
僕が抵抗するのを見て、楽しんでるんだ。
「……このおっ!」
負けるもんか。
僕は初心者用ポーションを取り出して、飲む。
初心者用ポーション消費。
生命力150回復!
初心者用ポーション消費。
生命力150回復!
初心者用ポーション消費。
生命力150回復!
次から次へと初心者用ポーションを飲み干し、これ以上はちょっとな……という感覚になるまで飲む。
幸いにもフィッシャーキングは余裕ぶったままなのか、邪魔すらされない。
ポーションの空き瓶を鞄に突っ込むと、僕は叫ぶ。
「……いっくぞおおお!」
「ゲヒャッ」
その瞬間、僕に向けて黄金の三つ又槍が突き出される。
「う、うわあっ!?」
慌てて避ける僕に、再度黄金の三つ又槍が突き出される。
まるで、遊びで突っつくかのように、次から次へと。
「こ、このおっ! そっちがそのつもりなら……武器換装!」
サンダーカノン、セット。
闘神のガントレット、解除。
構えたサンダーカノンを撃とうとしたその瞬間。
そのサンダーカノンを狙って、黄金の三つ又槍が突き出される。
「え……がっ……ああっ!?」
黄金の三つ又槍は正確にサンダーカノンを捉え、僕の腕から弾き飛ばす。
そしてそのまま、ブウンという音と共に黄金の三つ又槍は僕を打ち据える。
「か……あっ……」
横の壁に叩きつけられた僕の視界に、ノイズが出る。
砂嵐のようなものが、僕の視界にちらつく。
壁に叩きつけられた左の腕の感覚が、無い。
「ゲヒャッ……ゲヒャヒャヒャッ!」
笑うフィッシャーキングの足元から、ぞぶりと。
新しいフィッシャーマン達が生えていく。
取り巻きの再召喚。
そうか、やっぱり出来たんだ。
僕は、ようやく理解する。
余裕の理由は、これなんだ。
尽きることの無い、圧倒的な戦力。
自分自身のタフネスと、この取り巻き再召喚さえあれば、簡単には負けないと知っているんだ。
「ヨワイ……」
そうして、フィッシャーキングがそう口にした。
「ヨワイ……ヨワイ! ソシテワレハツヨイ! ワガグンダンハ、サイキョウ!」
フィッシャーキングが高笑いする中で、僕は動く右手で鞄からポーションを取り出す。
「モウヨイ、モウジュウブンダ! キサマラヲコロシ、ワレハチジョウをコノテニ!」
そんな演説は、耳に入らない。
闘神のガントレットに換装した僕はすでに、フィッシャーキングの足元まで達している。
「クハハ、マダムダナコトをスルカ!」
無駄かどうかなんて、やらなきゃ分かるもんか。
確かに、フィッシャーキングのタフネスは高いのかもしれない。
その余裕が、その証拠だ。
でも、でも。
回復していないなら、削り殺すことだって出来るんだ。
僕のライトニングアタックでグラついたくせに……余裕ぶるなよ、フィッシャーキング。
「コード、セット」
僕の腕に、輝きが宿る。
「ライトニングゥゥゥナックル!」
ズドン、と。
フィッシャーキングの足を僅かに後退させながら、僕のライトニングナックルが炸裂する。
「ウ、オオ!?」
崩れたバランスを元に戻そうとして、フィッシャーキングがふらつく。
「コード、セット! ライトニングナックル!」
そこに畳み掛けるように、再度ライトニングナックルを放つ。
「ムダダトイウノガ……ワカランノカ!」
「わかんないね! 僕、馬鹿だもん! コード、セットォ!」
僕を見下ろす目に、初めて驚愕と恐れが浮かぶ。
「ライトニングゥゥ……ナックルゥ!」
「グアアア!?」
フィッシャーキングの足の鱗が吹き飛び、完全に体勢を崩したフィッシャーキングが背後へと倒れ込む。
そのまま何人かのフィッシャーマンを押し潰すようにして倒れこむと、地響きのような音が鳴り響く。
……あ。
今のにミケって、巻き込まれてないよね……。
そう思ってキョロキョロと見回してみると、ミケは違う方角で大暴れしていた。
ほっとする僕の目の前で、フィッシャーキングは身体を起こす。
「グウ……ア、アリエン! ワガムテキノニクタイガ……!」
「無敵なんか、この世にあるもんか……コード、セット!」
ここがゲームだったら、僕のとった戦法は通じなかっただろう。
部位破壊なんてものは、「プリンセスギア」には無い。
でも、ここはゲームじゃないから。
だから、通じた。
「ウオオオオ!」
「うわあああ!」
フィッシャーキングの身体を台にして、僕は跳ぶ。
フィッシャーキングの拳が、僕を撃ち落そうと迫る。
「ライトニング……キィィィィック!」
青白い輝きを纏う僕の蹴りが、フィッシャーキングの拳を弾き飛ばす。
「ギアアアアア!?」
「コード、セット! ライトニング……キック!」
そのまま僕は、再度のライトニングキックをフィッシャーキングの胸元に叩き込む。
衝撃と爆音。
フィッシャーキングは再度後ろへと倒れこもうとし……しかし、腕で自分の身体をなんとか支える。
「バカナ……ソンナ、バカナ……!」
フィッシャーキングの残りの生命力がどの程度か、僕には分からない。
でも、フィッシャーキングの動きは明らかに鈍くなっている。
そして、僕の魂力にはまだ余裕がある。
なら、このまま押し切れるはず。
「コード、セ……」
「ウシロヲミロォ!」
僕の言葉を、フィッシャーキングが遮る。
後ろ。
後ろ?
ハッとした僕が後ろを見ると、そこには神殿を背後にしたアグナムさん達と、それを取り囲み襲っているフィッシャーマン達の群れがいる。
え、でも……何時の間に!?
「グ、ハハ……ワガグンダンガコレダケダトデモオモッタカ!?」
……伏兵ってことか。
そんな戦術まで使ってくるなんて。
「ウゴケバ……ソノシュンカンにヤツラハヤツザキダ!」
ミケは……ダメだ。
足止めされてる。
シュペル伯爵の大魔法も、一撃で倒せるか分からないし、その発動の時間を稼げるとも思えない。
「……動かなかったら、見逃すとでもいうつもり?」
「キサマシダイ、ダナ……ゲヒャヒャッ!」
……大嘘吐きめ。
約束を守る気なんて、全く無いっていう顔をしている。
でも、僕が動いたらシュペル伯爵達を殺すっていう部分だけはたぶん、本気だろう。
……どうしよう。
どうすれば。
どうすれば、シュペル伯爵達を守れるんだろう。
どうすれば、このムカつく奴をぶっ飛ばせるんだろう。
どうすれば。
……もっと、僕に力があれば。
もっと、皆を守れるくらいに、強く。
そう考える僕の胸元で……終末の太陽が、薄く輝いた。




