地下四階
地下四階。
そこに降りた僕達を待っていたのは、今までとは全く違う光景だった。
「な、んだこりゃあ……」
ジャックさんが息を呑む音が聞こえてくる。
けれど、それも仕方ない。
ここにあるのは、ただの洞窟なんかじゃない。
石造りの建物。
そうとしか言えないものが、あちこちにあったからだ。
けれど、目に見える範囲に無事な物は一つもない。
どの建物も無残に崩れてしまっていて、廃墟というのが相応しい状態になってしまっている。
でも……なんだろう、ただの建物というよりは……。
「なるほど……神殿とは中々にいい表現をしますね。この近辺の建物はいずれも神殿の様式です。あの柱なんか特徴的ですね」
「まあな。あんなもん、普通の家じゃ使わねえだろ」
シュペル伯爵とアグナムさんの会話に。僕もああと頷く。
なるほど、柱だ。
あんな立派な石の柱は、神殿でないなら王宮くらいでしか使わないよね。
「ま、それはさておきだ。あー、あれがいいな。お前等、こっちに来い」
アグナムさんがそう言うと、手近な廃墟の中へと進んでいく。
扉も屋根も無いけど、壁だけは微妙に残っている……そんな建物だ。
その中に僕達は入っていき、アグナムさんは辺りを警戒するように見た後にふう、と溜息をつく。
「しかしよお、アグナムの旦那。全部崩れちまってるじゃないかよ。こんな場所に……その、なんだ。扉なんつーもんがあるのか?」
「ああ、ある。だが開かねえ。力尽くじゃ無理なのも分かってる。それに、あまり時間もかけられねえ」
「時間? 制限時間があるんですか?」
僕が聞くと、アグナムさんは苦虫を噛み潰したような顔を僕に向けてくる。
「……まあな。制限時間っつーか……そうだな、この地下四階はフィッシャーマンどもの巣窟だ」
さっきの鱗だらけの魚男を思い出す。
うう、あれが一杯居るんだよね。
生臭いからあんまり会いたくないんだよなあ……。
「どうも連中、この階を巡回か何かしてるみてえでな。一匹に見つかると、手間取ればすぐにゾロゾロ集まってきやがる。そうなったらもう手に負えねえ。奴等を一撃で倒す手段でもなけりゃ、見つかるまでが制限時間といっていい」
「なるほどなあ……」
そこで、ジャックさんが僕をチラリと見る。
うっ、その目って僕に何かやれって言ってるの?
僕が思わず後ずさると、ジャックさんはすぐに僕から視線を外す。
「ま、そりゃ仕方ねえな。シュペルの旦那がすげえ魔法を隠し球に持ってるといいんだがな」
「おやおや。私にそんなに期待されていたとは」
くつくつと笑うシュペル伯爵が、僕に視線をチラリと向ける。
うっ、この人には本当に色々見透かされてるよね、きっと。
シュペル伯爵はスイスイと滑るような動きで僕に近付いてくると、ニコリと笑う。
「まあ、レディの前ですし。多少は頑張ってみましょうかね?」
「あ、あはは……」
僕が引きつった笑いを浮かべると、シュペル伯爵はアグナムさんへとクルリと振り向く。
「さて、それで? 先程の口ぶりですと、その扉とやらにつくまでにフィッシャーマンに見つからないルートがあるような口ぶりでしたが?」
「あ? んなもんはねえよ」
「おや」
アグナムさんは肩を竦めて、何を言ってるんだと言いたげに僕達を見る。
「奴等に見つからねえように、隠れて進むんだよ。ただ扉だけは隠れてコソコソしてるってわけにもいかねえからな」
「なるほど。でもそうなると、こっちの階段から来たのってよくなかったんじゃ?」
「だよな。知ってるルートのほうがいいはずだぜ」
僕とジャックさんは、そんな疑問を口にする。
だって、ねえ?
隠れていこうっていうなら、よく知ってるルートのほうが安全性が増すはずだもの。
わざわざ未知のルートを進む理由が無いように思える。
けど、アグナムさんは首を横に振ってみせる。
「逆だ。連中の知らないルートだからいいんだ」
知らないルートだからいい?
それってつまり……。
「……なるほどな。アグナムの旦那は連中に目をつけられてるってことだな」
「まあな。何度も挑戦したからよ、連中をまいたのも一度や二度じゃねえ。随分とプライドも刺激したろうよ。今度こそ俺をブチ殺してやると息巻いてても不思議じゃねえ。俺の知ってるルートは重点的に巡回されてるとみるべきだ」
なるほど、それなら確かに知らないルートを見て目を輝かせたはずだよね。
フィッシャーマン、か。
アグナムさんの話を聞く限りだと、攻撃すると仲間が寄ってくるリンクモンスターの習性はそのまま活きてると考えるべきだと思う。
だとすると、ちょっと面倒かもしれないけど……うーん、風とか雷の大魔法を僕が使えたら話は簡単だったんだけど、使えないしなあ。
ライトニングナックルはフィッシャーマンには効果抜群だけど、一体相手だし……うーん。
「どうした、アリス?」
「ふへ?」
「ひょっとして、何かいい案でもあるのか?」
気が付けば、アグナムさんとジャックさんが僕をじっと見つめている。
そんな事いわれても、いい案なんて早々あるわけもない。
「ん……え、えーと。シュペル伯爵が風か雷の大魔法使えないかなあって」
たとえば、風の大魔法ウインドバーン。
たとえば、雷の大魔法サンダージャッジメント。
どっちでもいいから使えればいいんだけど。
「全部使えますよ? 愛しい人」
「え? 今なんて?」
「愛しい人、と言いましたが」
「いや、そっちじゃなくて」
話の流れを読んでよ、もう。
冗談とかはいらないからさ。
シュペル伯爵は不満そうに口を尖らせると、仕方なさそうに杖をクルクルと手元で回す。
「私は古今東西で一般的とされる全ての魔法を使用可能です。まあ、雷の魔法も風の魔法も赤くないから好きではありませんがね」
「いや、そこはどうでもいいだろ」
「大事な問題です」
ジャックさんに真面目な顔で答えるシュペル伯爵。
うーん、そういえば船も赤かったよね。
「ま、ともかくだ。このレッドマニアが大魔法を使えるのは分かったがよ。それで殲滅しようってのか?」
「あ、はい。大魔法でなら多少集まってきたとしても……威力次第ですけど、殲滅できると思います。一撃で仕留めれば、次が来るまで時間がかかると思うんです。仲間も呼べませんしね」
「なるほどな……」
そう言って、アグナムさんは考え込む。
……うん、問題は威力なんだよね。
もしシュペル伯爵の魔法の威力が低ければ、いくら有利な属性攻撃だったとしても意味は無い。
半端に攻撃されたフィッシャーマン達の攻撃の矛先は、全てシュペル伯爵に向かってしまう。
「伯爵。伯爵の魔法の威力って、どんな感じなんでしょう? 僕、ちょっとしか見てないから分からないんですけど……フィッシャーマンを一撃で仕留められますか?」
「ふむ、そうですねえ……」
シュペル伯爵はそう言うと、僕の隣にすいっと寄ってきて杖を持ち上げてみせる。
「えっと?」
戸惑う僕の耳に口を寄せて、シュペル伯爵は僕にだけ聞こえるような小さな声で囁く。
「……この杖に、アイテム詳細確認……と告げて御覧なさい」
「……っ!」
呟かれた言葉に、僕はビクリと全身を震わせる。
思わず辺りを見回すと、アグナムさんとジャックさんは話し合いに夢中で気付いていない。
そんな僕の様子をクスクスと笑って見ながら、シュペル伯爵は再度杖を持ち上げてみせる。
「ほら、怖がることはありませんよ?」
なんでその言葉を。
そんな疑問を僕は飲み込んで、僕は言われたとおりの言葉を杖に向かって告げる。
「……アイテム詳細確認」
アイテム詳細確認開始。
名称:+4クルーエルブラッド
終末の赤き月の力を得る事を目的として作られた超古代文明の遺産。INT+10。MATK+3%。スキル「クルーエルブラッドLV1」を使用可能。
「……えっ」
思わず、そんな声が漏れる。
見覚えがあるなんてものじゃない。
レア武器だとか、そういう次元を超えたものだ。
間違いない。
これは、イベントボスからドロップする武器だ。
しかも……確か、そのイベントは。
そう、確か……「デビルフォースの記憶」という、プレイヤーが過去のデビルフォースの襲撃の最中に転移して目的を果たす……というイベントだったはずだ。
そこでしか手に入らない武器の一つだったはず。
しかも、物凄いドロップ率が低くて……確か、僕も一つ持っていたはずだ。
そう、確か強化を4までやって、その先の過剰強化までは挑戦できないままにそっと倉庫に仕舞ったままのはずだ。
それと同じものを、シュペル伯爵が持っている?
いや、でも。どうして?
違う。どうやって?
ここがゲームじゃないから?
そう、超古代文明の遺産なんだから、発掘か何かしたのかもしれない、けど。
あれ、でも。
僕の知ってるものとは形が色々違う……ような。
「いかがですか? この杖でなら、いけそうでしょう?」
かけられたシュペル伯爵の言葉に、僕はハッとする。
「え、ええ。この杖でなら……大丈夫だと、思います」
「それはよかった」
シュペル伯爵はそう言って、優しげに笑う。
「私のとっておきでお気に入りなのですよ。とても良い杖でしょう?」
「そ、そうですね。僕も……それ以上の杖は、ちょっと想像つかないです」
「そうでしょう、そうでしょう」
満足気に言うと、シュペル伯爵は杖をクルクルと回す。
「けれど、あんまり素敵な杖ですから欲しがる者も居ないと限りませんのでね。色々と偽装の細工を施しているのですよ。秘密ですよ?」
口元に人差し指をあててシュペル伯爵はしぃー、と僕に言ってみせる。
「は、はい」
僕はなんとなく圧倒されたまま、そう答えるしかない。
「よし、決まった! お前等、行くぞ……って、ん? どうしたアリス?」
「おい、どうした呆けた顔して」
「え? あ、うん。なんでもないよ……」
僕はアグナムさんとジャックさんにそう答えて、慌てて笑顔を作ってみせる。
僕はロボットだから心臓はないけれど。
心臓があったなら、きっと不安でドキドキしていただろうと思う。
ただの変な人だと思っていたシュペル伯爵。
その姿が、今の僕には得体の知れない何かに見えてたまらなかった。
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