隠し階段?
「お、おい! 大丈夫か!?」
「あ、うん。大丈夫だよ」
短剣を構えて走ってくるジャックさんに、僕はヒラヒラと手を振る。
「物凄い音がしたぞ!? 一体何があったってんだ!」
「え、えーと……」
シミターを構えて辺りを注意深く見回すアグナムさんに、僕はどう説明したものかと迷う。
フィッシャーマンは爆散したけど、音と光は隠しようが無い。
僕が倒したって言うのは簡単だけど……うーん。
「あー……アグナムの旦那。アリスの奴はな、こう見えて拳士なんだよ」
「ああ?」
僕が迷っていると、ジャックさんがそんな事を言い出す。
「拳士ってお前……じゃあ、腰の剣と鎧はなんなんだよ」
「そこはほれ、あれだよ。見た目騎士っぽければ野盗も襲いにくいだろ? 剣も実際使えないってわけでもないしな」
「ふーん……するってえと、さっきのは拳士のスキルってやつか?」
スキル、という言葉に僕はピクリと反応する。
ふむふむ、スキルっていう言葉はこっちにもあるんだね。
「しかしよう、それなら最初っから言えばよかっただろうが」
「まあまあ、そう言うものではありませんよ」
不満そうな顔をしているアグナムさんに、黙っていたシュペル伯爵が声をかける。
「先程の強烈な光と音……恐らく、秘伝クラスのスキルでしょう。そうしたものが秘匿されることくらい、理解できるでしょう?」
「む……まあ、な」
「ま、そういうことだよ。旦那を信用してねえわけじゃないが、考えなしに使うもんでもねえ。そうだろ?」
「んん……まあ、な」
腕組みして唸るアグナムさんを見ながら、僕は考える。
つまり、スキルっていう概念自体は普通にあるんだよね。
秘伝クラスっていうのが何のことかは分からないけど……たぶん、ゲーム時代を考えれば「スキルの譲渡・売買」みたいな何かかもしれない。
クラスっていうことは他のクラスもあるんだろうけど……分かるまでは黙ってたほうがいいかな。
僕が一人で頷いていると、アグナムさんが突然こちらをギロリと睨み付ける。
「ひゃあっ!?」
思わず飛びずさる僕を見てアグナムさんはちょっとだけ傷ついたような顔をすると、深くて長い溜息をつく。
「……一応聞いとくけどよ、他にスキルは何か持ってんのか」
「え、えーと……一応?」
僕が答えるとアグナムさんはそうか、と答える。
「それなら、今後はガンガン使ってくれ。悪いがこの先は、実力の出し惜しみできる場所じゃねえんだ」
「あ、はい……」
「お、おい。アグナムの旦那……」
ジャックさんが何かを言おうとするのを、アグナムさんは手で押しとどめる。
「言いてえ事は分かる。だがな、何度も言うが出し惜しみできる場所じゃねえ。死にたいんなら話は別だがな」
「うっ……分かってるよ」
「そうかい。なら俺から言うことはねえよ」
ジャックさんは小さく舌打ちすると、僕をチラリと見る。
……僕が人間じゃないってバレないように庇ってくれてるんだよね。
ありがとう、ジャックさん。
心の中でジャックさんにお礼を言うと、僕は少しだけ微笑む。
ジャックさんはケッと悪態をつくと、辺りを見回し始める。
「しっかしよぉ。不自然な場所だな、こりゃ」
「ああ。行き止まりにしちゃあ整地されすぎてる。こりゃあ、ひょっとするかもしれんぞ」
ジャックさんとアグナムさんは頷き合うと、辺りを調べ始める。
むう、隠し部屋か何かでもあるのかな?
これに関しては、僕の知識なんて一切役に立たないからなあ。
そんなことを考えていた僕の耳元に、突然シュペル伯爵が顔を寄せてくる。
「いやあ、実に美しい友情ですなあ」
「ひえっ!?」
「おっと、お静かに」
振り返ったジャックさんとアグナムさんに何もしてませんよー、というアピールをすると、シュペル伯爵は小さな声で僕に囁きかける。
「アグナムさんがどう理解したかは知りませんがね。あのジャックさんは貴方のことをある程度知っているのですね?」
「え?」
僕が思わずシュペル伯爵を見ると、シュペル伯爵は嬉しそうな笑みを浮かべる。
「まあ、それはさておき。アリスさん。この探索が終わったら、貴方に会わせたい方がいます」
どう答えたらいいんだろう。
悩む僕に、シュペル伯爵は言葉を重ねていく。
「今すぐ返事をする必要はありませんよ。じっくり考えてください。ですが……きっと、貴方の損にはなりません」
「……断っても、いいんですよね?」
僕がそう聞くと、シュペル伯爵はニコリと笑う。
「勿論ですとも。何一つ強制はしません」
その笑顔を見て、僕は考える。
シュペル伯爵。
ゲーム時代でも、一番良く分からなかった人だ。
派手好きで神出鬼没、伯爵ではあるけれど、何処でもヒョイヒョイ現れる謎の人。
それがシュペル伯爵のイメージだ。
ゲーム時代は「変な人だなあ」で済んだけど……こうして現実になってみると、この人程謎に満ちた怪人物は居ないと思える。
「……伯爵」
「なんでしょう?」
「貴方は、何者なんですか? どうしてそんなに僕に関わろうとするんですか?」
僕の投げかけた疑問に、シュペル伯爵はふむと頷く。
天井を見上げて、そうですねえ……などと呟いている。
でも、なんとなく分かる。
これはどう説明したものか悩んでる顔じゃなくて、どこまで話していいかを悩んでる顔だ。
シュペル伯爵は、僕が知らない僕の何かを知っている。
確信はないけど、そんな気がする。
「……デビルフォース」
やがて、ポツリとシュペル伯爵は呟く。
「え?」
「私は貴方の知らないかもしれない真実を一つ知っています。それでは興味がわきませんか?」
……興味がないといえば嘘になる。
この世界で暮らしていくなら、それはやがて立ち向かわなければいけないものだ。
「興味がないとは言いませんけど……」
「いいえ、貴方はきっと興味があるはずです。何故なら私は確信していますからね」
確信。
一体何を確信したというんだろう。
僕が人間じゃなくて武姫かもしれないっていうことだろうか?
僕がそれを確かめるように伯爵を見ると、伯爵は笑顔を急に引っ込める。
いつも浮かべている笑顔が消え、真面目な顔になる。
ただそれだけで、僕はシュペル伯爵の纏う雰囲気が一変したようにすら感じる。
「……貴方は、何も知らない。自分自身の事すら、だ。私はそれを確信しています」
「え?」
「私は知っている。貴方の知らない真実を知っている。今でなくてもいいのかもしれない。ですが、私はいつかそれを貴方に伝えねばならない」
何を言っているんだろう。
この人は、僕の何を知っているんだろう?
「……たぶんですけどね。貴方の猫も、それについて知っていると思いますよ?」
鞄の中で、ミケが動揺したように動く音がした。
「どういう、ことですか?」
「さて、ね。後でお返事、聞かせてください」
シュペル伯爵はそう言うと、いつも通りの笑顔を浮かべる。
これ以上は話す気が無い、ということなんだろう。
でも、どういうことだろう……?
「おーい、見ろ! 隠し階段だ!」
僕の考えを遮るように、アグナムさんの声が聞こえてくる。
隠し階段。
つまり、ここから先は地下四階。
海底神殿への入り口のある場所……ということになる。
「へへっ、こりゃ旦那が知ってるのとは違う場所なんだろ?」
「おう、ここからなら随分ショートカット出来るはずだ!」
喜んで肩を叩き合う二人に、僕は複雑な笑みを浮かべる。
さっきまでは一緒に喜べたはずなんだけど……今の僕は、とてもじゃないけどそういう気分にはなれない。
「お、どうしたアリス? 疲れちまったか?」
「え、えーと……」
僕が曖昧に微笑むと、シュペル伯爵がポンと手を叩く。
「まあまあ、そういうこともあるでしょう。少し休憩してから先に進もうではありませんか」
「……アンタにしちゃあ、常識的なことを言うな」
アグナムさんはそう呟くと、チラチラと階段を振り返る。
早く先に進みたいのだろう。
目までキラキラ光っているように見える。
「……まあ、体調は万全のほうがいいしな。少し休んでいくか」
「そうだな。おいアリス、本当に大丈夫か?」
そう言って気遣ってくれるジャックさんに、僕は頷く。
「う、うん。平気だよ」
「……そうか? あまり無理はするなよ」
心配してくれるジャックさんの声に、僕は笑って答えて。
でも、僕の頭は全然別の事を考えていた。
僕の知らない、僕のこと。
それって一体、なんなんだろう。
……ねえ、ミケ。
シュペル伯爵の言ってた事って、どういう意味だろう。
君は一体、何を知っているの……?




