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11,こんなおいしい話はない

「お前、なんか疲れてねえか?」


「ああ、まあな。」


 役員選挙を告げられてから四日目。早起きに慣れていないせいか、眠さと疲労が少しずつ溜まっていっている。あと、ずっと張られている俺のポスター。このポスターに関してはどうしてもネガティブに考えてしまう。不特定多数の人に見られているわけで、おそらくそのうちのほとんどがよく思っていないだろう。影で悪口を言われていると思うし、自分のポスターを見ただけで気が滅入ってしまう。それに、目の前の焼きそばパンをくちゃくちゃほおばっている三喜夫を見て、ちょっとイラついてもいる。


「お前は悩んでいることとか無さそうでいいよな。どうせ適当に授業を受けてすぐ家に帰って寝てるんだろ?」


「俺のことを分かっちゃいねえな。長い付き合いなのに悲しいぜ。」


「ほう、違うのか。」


「いや、その通りだ。」


 何だこいつ。適当に喋ってやがる。嘘でもいいから、何かしら考えておけ。まあ、三喜夫らしいっちゃ三喜夫らしい。束の間の休息にはなったし、感謝はしておくか。


「渡辺君はいるかしら。」


「ふ、副会長?!」


 休息の水を差すように、悪魔の声が外から聞こえてきた。


「昼間に来るなんて珍しいですね。どうかしたんですか。」


「ちょっとだけ時間をちょうだい。武智くーん、渡辺君借りるわねー。」


「了解っす、副会長さん。どんどん使ってやってください。」


 また適当なことを。そしてこの二人の関係、俺を売り買いすることで仲を深めていってるから、何だかいい気はしない。


「それで何の用ですか?大体の見当は付きますが。」


「お察しの通り、役員選挙のことよ。あなたのライバルの情報を仕入れてきたわ。」


 もう一人の立候補者のことか。そういえば、自分のことで精いっぱいだったが、どんな奴が相手なのか全く知らないな。庶務に立候補するぐらいだから仕事嫌いの陰キャラって感じかな。これはブーメランだ。


「いったいどんな奴なんです?」


「正直、勝てそうにないわ。」


 いきなり酷い言い草だ。俺が言うならまだしも、勝手に判断されるのは良い気がしない。二人三脚でやっていくのだから、ネガティブな発言はやめてもらいたい。


「俺だって頑張ってるんですよ。まだ始まったばかりなのに、副会長は俺を見捨てるんですか?」


「もちろん諦めてなんていないわ。生徒会にはあなたのほうにいてほしいという気持ちも変わらない。けれど、このままの選挙活動では勝ち目のない強敵なのよ。」


「というと?」


「まず、名前は金城豊。彼と同じ中学校出身の同級生の子に聞いたんだけれど、頭脳明晰で学年トップをずっと獲っていてその地域では有名人だった見たい。あとスポーツ万能でサッカーのクラブチームに所属していて代表にも選ばれたとのこと。おまけにイケメン。女子に大人気でバレンタインの日には女の子からのチョコレートをその子が全部独占していたそうよ。」


 はい、負けました。だってそうでしょ。漫画の中にしかいないような完璧人間じゃないですか。成績学年トップのサッカー代表がなぜこの学校に。しかもよりによって生徒会の庶務に立候補するなんて。神様からの試練なのかもしれんが、壁が高すぎる。というより、イケメンの時点で俺の負けだ。


「俺は陰ながら応援させてもらうんで、新生生徒会頑張ってください。」


「何を言っているの。確かに勝てるところは一つもないかもしれないけど、選挙までまだ猶予がある。今度は足を使ってあなたに票を入れてくれる人を増やしていくのよ。」


「新しい作戦ですか。」


「そう、その名もゴマすり作戦よ。」


 嫌な作戦名だ。何か悪いことでもしでかそうとしているみたいじゃないか。


「どの学校でもそうだけど何か悩みを持っている人や団体は必ずいる。その人たちの力になってあなたに票を入れてもらうようにするのよ。」


 確かにゴマすりだ。限りなく黒に近いグレーなやり方のような気もするが、組織票を得られれば当選にかなり近づく。


「そんな都合よくいますかね。」


「安心して。目星はついているわ。今日の放課後に体育館前まで来て頂戴。じゃ。」


 そう言って副会長が帰っていった。そして去り際、副会長と三喜夫が目配せをしていたがいったい何を伝えあっていたのだろうか。もう俺をエサにして変なやり取りはするなよ。


 さて、新たな作戦を告げられたわけだが、何をさせられるのか。それからというもの、怖さからなのか全く授業の内容入ってこなかった。あと副会長がしれっと「勝てるところは一つもない」と言っていたのが地味に傷ついてもいる。


 とうとう約束の放課後になり、さっそく体育館へと向かうとすでに副会長が待っていた。


「あ、来たわね。」


「それで何をしようというのですか?」


「とりあえず来て頂戴。」


 足早に体育館の中に入っていくと、制服を着た男二人が待っていた。副会長を見るや否や、小走りしてこっちに向かってきた。


「今日は世話になるね、横井さん。本当に助かるよ。」


「いえいえ、この子が率先してしたいというから、私は付き添いできただけです。庶務の候補者だからよくしてあげてください。」


「お、そうなのか。さすが立候補者なだけあって、やる気十分だな。じゃ、頼むわ。ありがとうな。」


 よく分からんやり取りを見届けて、二人とも体育館を後にした。全く話が見えない。何もしていないのに礼を言われたが。


「副会長の知合いですか?なんかお礼を言って出て行きましたけど。」


「さっきの人たちはバスケ部とバレー部のキャプテンよ。昼間に言った、困っている人っていうのがこの人たちのことでね。どっちの部活もインターハイに出たことがある強豪だから、毎年新入部員がたくさん入るみたいなんだけど、それによって今まで使っていたボールの数が足りなくなってきているみたいなの。」


「追加のボールを買ってくるってことですか。」


「いえ、それができたら楽なんだけどね。新しいものを買うのは学校の許可が下りにくいのよ。こっちに来て頂戴。」


 連れてこられたのは体育館中の用具入れ。中に入るとおびただしい数のバスケット用とバレー用のボールがあった。かなりの期間使われてなさそうで汚れがひどく、だいぶ古びてしまっている。


「まさか...。」


「このボールを使える状態にするまでピカピカに磨いていくのよ。」


 これは一筋縄じゃ行かなそうだ。そしてさっきのやり取りを見た限り、おそらく俺からこの作業を申し出ていることに勝手になっているみたいだ。しかし、この学校を代表すると言ってもいい大所帯の部活だ。その票を取り込めると考えれば確かにおいしい話ではある。


「それじゃあ、頑張ってね。」


「え、副会長も手伝ってくれるんじゃないんですか?」


「そうしたいのは山々なんだけれど、これから生徒会が取り仕切る部長会議があるの。全部活のキャプテンが集まって新入部員が入るにあたってのこととかの大事な説明をしないとだから、手が離せなくて。会長も待たせてるから行くわね。早く終わったら私も手伝いに来るから。」


 副会長が行ってしまった。この数を一人で磨いていくのか。当選するためとはいえ、逃げ出したい気分だ。だが、やるといった以上文句は言ってられない。キャプテン二人からもらったお礼の言葉は無下にできないし、俺だけの問題であればまだいいが逃げ出してしまうと、紹介してくれた副会長に迷惑がかかる。…はあ、やるしかないか。


 それからは、心を無にして黙々とボールを磨いていった。始めは汚すぎてこんなの使えるのかと思っていたが、磨いてみると案外キレイになるものだ。少しキレイ好きの一面もある俺からすると、こういう達成感はとても気持ちがいい。まあ、一個磨いただけで達成感というのもおかしな話だが。まだまだあるんだ。さっさと済ませよう。


 十個ほど磨き終わったとき、使っていた雑巾が真っ黒になった。たった十個でこれだ。汚れがひどすぎる。この調子だと二,三枚ぐらいじゃ足りないぞ。生徒会室からもっと取ってくるか。立ち上がり、用具室の扉を開けると目の前に人が立っていた。


「うおっ!」


「は!びっくりしたあ。」


 思いがけず目の前に人がいたから声を出してしまったが、よく見ると麗しき西園寺だった。今日もやっぱりかわいい。汚れ仕事をしていたから、西園寺を見ていると手も心も洗われていくようだ。


「すまん、驚かせて。どうしたんだ?こんなところで。」


「貴子さんから聞いてきたんだ。一人でボール磨きをしているって言っていたから、気になっちゃって。手伝ってもいいかな?これいるだろうからってことで持ってきたの。」


 片手に、雑巾がたくさん入った袋を持っていた。ここで察した。これは副会長の粋な計らいに違いない。もしかしてすぐに会議へ行って俺を一人にしたのも、このシチュエーションを作るためなのか?何にしても、あなたには感謝しきれません。


「ありがとう。助かるよ。一人でやるには心許ないって思ってたんだ。」


「そうなんだ。じゃあ、始めよっか。」


 早速隣に座って作業を始めてくれた。相変わらず性格もいい。何個でもボールが磨けそうだ。


「これって渡辺君の提案なんだってね。役員選挙のためなのかもしれないけど、困っている人を助けようっていう発想は尊敬するよ。」


「あ、ああ。そんなことないよ。」


 やっぱり俺が言い出したことになっているんだ。嘘をついているみたいで少し後ろめたいが、本当のことを言う必要もないだろう。株は上がってなんぼだ。


 一人から二人になったから、さっきよりもかなり進みが早くなった。もちろんそれだけじゃない。西園寺と二人きりで作業することによって俄然やる気が出て、みるみるうちにボールがきれいになっていく。


「よかった。早く終わりそうだね。」


 早く帰れるのはありがたいことだが、西園寺と二人きりでいられるこの状況が終わってしまうのは名残惜しい。そして、最後の一個のボールになった。それはそれは我が子のように大事に時間をかけてゆっくりと磨いた。


「ふー、終わった。ありがとう、西園寺のおかげだよ。」


「お役に立てたようで何よりです。」


 ボール磨きという面白みのない雑用だったが、西園寺のおかげで夢のような時間を過ごせた。これでバスケ部とバレー部に感謝されて役員選挙当選に近づけるなら一石二鳥だ。こんなおいしい話はない。罰が当たるんじゃなかろうか。いや、ここ数日ずっと頑張っているんだ。今日は思い切ってもいい気がする。


「一緒に帰ろうか。」


「うん!帰ろ!」


 神様ありがとう。俺の頑張りを見ててくれてたんだな。今日はとてもいい日だった。明日からまた頑張れそうだ。だが、帰ろうとして立ち上がった瞬間。


 ガチャ。


「ん?」


 ガチャ?扉のほうから嫌な音がした。まさか…。


「ガチャガチャガチャ…おいおい嘘だろ…。」

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