覚えているとは思わなくて
今回もシルビア視点です。少し長めです
殿下がお姉さまをその腕の中に閉じ込める。
姉のあの嫌そうなそれでいて焦った顔を眺めた彼はとても楽しそうだ。
ここが社交の場、そして多くのものに注目されていることもきっと彼にとっては計画のうちなんだろう。
だけどこのままにしておくことはできない。溜息を吐き出し、2人に近づく。
「王太子殿下にご挨拶申し上げます」
殿下がこちらに視線を向ける。
「やあ、ごきげんようシルビア。今日はおめでとう。楽しめているかな?」
よくもまあごきげんようなんて言えるものだわ。その化けの顔がご令嬢たちの前ではがれてしまえばいいものを。
「ありがとうございます。殿下のお心配りのおかげで楽しめておりますわ。…ところでお姉さまをお返しいただいてもよろしいでしょうか?」
すんと顔から笑みが消える。
僅かな苛立ちが視線に込められているがそんなこと気にしていられない。お姉さまは貴方のものではないのだから…
妹として当然のことを申したまで。それで腹を立てるだなんて案外殿下も短気なご様子なのね。
ニッコリと笑えば殿下が諦めた様に息を吐き出し、また笑みを貼り付ける。
解放されたお姉さまはすぐさま殿下から距離をとり、私の方へやってくる。その顔には安どの表情が浮かぶ。
「私から離れた途端にそんなに喜ばれるとは…リズは恥ずかしがり屋だな」
どこが?と心の中でツッコミを入れておく。
お姉さまは小さく「は?」と声に出ていたけど殿下には聞こえていなかったようだ。
よかったですね、お姉さま。拾われていたら厄介でしたよ?
あと、淑女はいついかなる時もそんな気の抜けた声出しちゃダメですよ。
「殿下、お姉さまで遊ばれるのはおよしになってくださいな。ひとの目がある場所ですよ」
「どのように捉えられようが私に不利にはならないからかまわないのだが…」
いちいち腹の立つもの言いをする方ね。モテないわよ?
あとやっぱりこれも計画の内か…。はあ、腹立たしい。
殿下の目も細まる。
お互いがお互いを気に食わないらしい。
ここで話し合ってもいいのだけどお姉さまに気を使わすのは得策ではない。最悪お姉さま自身が墓穴を掘りかねない。
仕方がないか…アリスを待たせたままなのも引けるし…
「お姉さま、あちらでアリスたちがお待ちになっていますからどうぞ行ってきてくださいな。私は殿下と少々お話がありますので」
殿下は不服そうな表情をするが気にするわけがない。
「わかったわ。教えてくれてありがとう、シル」
お姉さまは嬉しそうに笑って殿下に向き直る。
「殿下、私は少々席を外しますのがどうぞ本日はお楽しみください」
淑女の礼をとるお姉さまの嬉しそうなこと
やはりお姉さまには笑顔が似合っている。お姉さまがアリス達の方へ向かうのを見届けてから殿下へ向き直る。
「せっかくのリズとの逢瀬を邪魔するなんてシルビアもなかなか酷いな」
「ふふふ、ご冗談を。十分戯れは出来たと思うのですが」
笑って言い放てば殿下は呆れたように頭を振る。
「リズは本当にいろんな相手に慕われすぎだよね」
「ええ、それは私も同感です。ですが私はどこまで行ってもお姉さまの妹ですから」
「家族とは中々に厄介だな」
「家族ではなく血のつながりが、の間違いでしょう?」
殿下がいい顔をする。それに倣って私も笑みをますます深める。
「はあ、君が一番手強いよ」
「お褒めいただけて光栄ですわ」
一礼をすれば殿下は思いだしたように懐から何かを取り出す。
殿下は私に近づくと右手をそっと取り、その手に何かを置く。そこには小さな箱が置かれている。
「これは?」
「君への誕生日プレゼントだよ。以前話していただろう」
ああ、お茶会での。
空けてもいいか尋ねれば、静かに頷かれ許可を得る。
箱の中にはズアオチメドリが仲良く描かれた朱色の手鏡が入っていた。確か以前殿下に手鏡がないという話はしていたけれど…まさか覚えていたのか。
他のものを買っているかもしれないのに。
「ありがとうございます。覚えていてくださったんですね」
「そんなに意外かな?私は物覚えが良いほうだよ」
「そうですが、あの時は他愛のない話でしたから…」
本当に意外だ。
「大切にします」
お姉さま以外には興味なんてないと思っていた。だからこそ意外だった。ただ姉の妹であるだけで他愛ない話の内容すら覚えていてくださるとは…
本当にお姉さまは厄介な方に好かれたものだ。
「シルビア、今日はおめでとう。私に君と踊る光栄をくれないかい?」
殿下が手を差し伸べる。その手に自身の手を乗せる。
「喜んでお受けいたします。が、ファーストダンスはお兄さまと踊る約束がありますので」
「かまわないよ」
殿下は愉快そうに笑われる。ほんの少し仮面がはがれた素を曝しながら
♪~♬~~
曲が変わり、ダンスの時間を知らせる。
「それでは殿下、私も失礼いたします。後ほどお会いいたしましょう」
「ああ」
淑女の礼と紳士の礼を同時にして踵を返す。
私は他の方に声をかけられないようにまっすぐ歩きながらお兄さまのもとに向かう。
「お兄さま!」
「シル、ホールの中心へ行こうか」
「はい」
レイ兄さまのエスコートを受けながらホールの中心へ向かえば反対側から色めきだった歓声が沸き起こる。何があったのかと視線を向ければ人垣が割れて殿下にエスコートされたお姉さまが現れる。
なるほど、殿下に捕まったのか。
お兄さまを見上げれば大変呆れた表情をされていらっしゃった。
殿下がファーストダンスを踊られた令嬢は今まで一人もいない。お姉さまが初めてである。それが何を意味しているのか理解していないものはいないだろう。
羨望と嫉妬の入り混じる視線が2人に注がれる。
それをものともせずに2人は手を取って踊り始める。きっと明日からお姉さまあての手紙が多く家に届くのだろうな…
シルビアってリズビア大好きなんですよね~
それに気づいていないのは思われている側だけなんですけどね(笑)




