夢の欠片
今回と次回はシルビア視点です。
87話、88話あたりのシルビア視点になります
「お誕生日おめでとうございます」
「お身体もご加減がよろしいようで」
「ありがとうございます」
多くの来場客に挨拶を返しながら、その見え透いた腹の奥に嘲笑いそうになる。
“ガーナ公爵家の末娘は身体が弱い”この噂は多くの貴族が認知していた。実際私はお姉さまよりも身体が弱い。故に社交界の場にも長くいることが出来ないというのは仕方がないことであった。年の功が増すごとにそれらも慣れが生じているから今では姉と同じ時間は普通にしていられる。
まぁ、お姉さまの場合は社交界に出て行こうとしないから不慣れでお疲れになられる。
これがロゼ姉さまの様に社交界に出て行く人だったらきっと私達の差はもっと明確になっていたことだろう。
多くの貴族は次の王太子妃となるのはガーナ公爵家の双子のいずれかだと信じて疑わない。これは巡りのせいもあるが、王家がとるガーナ公爵家への対応、主に双子に対するものを見聞きしているからだ。
現に、今日もお忙しい公務の合間を縫って殿下が顔出しをするという噂が広まっている。
噂見たさにこちらに話を振るもの、事実を少しでも知りたいものそんな者たちが多く集まるこの場所は酷く疲れる。
「ごきげんよう、シルビア」
「ごきげんよう、アマリリス。今日は来てくださってありがとう」
「いいえ、お友達の誕生日に顔を出すのは当たり前のことよ。お誕生日おめでとう」
「ありがとう」
水色の髪をいつものようにおろしているおっとりとした友人が話しかけてくれることがうれしく思う。
同じ家格の同じ年ごろの人間というのは貴重だ。しかも競わなくていい存在というのはなおさらだ。
アリスも同じ婚約者候補ではあるものの、ゼルダ公爵家は殿下の曾祖母に血筋を出しているため血縁が近しいとよほどのことがない限りは候補者として推薦されることはない。
それに本人も王太子妃になりたいと思っていない為、とても過ごしやすい。
「先日茶会にてリズビア様に初めてお会いしたの」
先日…ああ、ロゼ姉さまと行った四代公爵家主催のお茶会か。
「スカルフ嬢達の嫌味にもすべてお返ししていたわ。とても律儀な方ね」
想像に難くないやり取りだ。
侯爵家や辺境伯家の野心家令嬢はこぞって私達公爵家令嬢を蹴落としたいことだろう。
認められれば家格を超えて上に行け、プライドを守れるのだから。
「しかも、最後には言い負かしていたわ。ロゼリア様は一度も口を挟まずにあそこまでできるだなんてとても興味深かったです」
「お姉さまは商会の運営にも携わるほどの方ですから…。その辺のご令嬢にはただで負けるわけがありませんよ」
思い起こすのは私を庇って頬を打たれたリズビアの姿。
自分の頬を打たれようと決して折れることのなかったあの瞳。あれこそが貴族の真の姿だ。
それを知っている姉に勝てる者なんて…今のところはたった一人だろう。
クスクスと笑っていたアリスがふと視線を私の髪に向ける。
「とても大きく綺麗なヘアピンですね」
「ええ、お姉さまがプレゼントしてくださったんです」
「リズにとってシルはとても大切なのですね。そのヘアピンだけでなくドレスもご用意されたとか」
「耳がお早いことね。今日は全てお姉さまが御準備くださったものよ」
2人でクスクス笑い合う。
するとホールの入り口がざわめき始め、高貴なるかたのご来場を告げる。
「あら、予想より早いご到着ね」
「ええ、もう少し遅いと思っていたのだけれど…」
それこそファーストダンスが終わったあたりと踏んでいた。それは他のご令嬢の誕生日パーティーに招待された殿下のくる時間がだいたいその辺りと固定されていたからだ。なのに…まだダンスは始まっていない。
まさか、狙ってきた?
可能性がないとは言い切れない。この間の定例茶会をお姉さまがすっぽかしたことを気にしてないとは言えないし。
ツキン
頭に鋭い痛みが一瞬走る。
これは今朝起きた時と同じ痛みね。
今日は不思議な夢を見た。内容は朧気だけど自分の人生を見ていた様なそんないいようのない夢だった。
「シル?」
アリスの声にハッとして頭を振る。
「大丈夫ですの?」
「ええ、大丈夫。少し考え事をしていただけだから」
心配げなアリスに微笑み返して、殿下がいるであろう場所に視線を向ければリズビアが殿下と対面していた。
方や顔を引きつらせつつも外用の笑みで、方や愉快と言わんばかりの満面の笑みで対峙している姿は酷く滑稽だ。
「あのように楽し気な殿下は初めて見ました」
「そうですね。あれは対姉用の笑みですから私達には向くことのないものですね」
アリスの言葉に小声で返す。
アリスも私も殿下の婚約者という立ち位置を望んでいない。大きな声でいうことは憚られる為小声でこたえるものの後半は一生向いてくれるなという思いを込めている。
あの方の執着は姉を見ていて分かるがとんでもないものだ。
まず、あの正装。ベース地がお姉さまのドレスにしている時点でどちらに重きを置いているか一目瞭然だ。おそらくだがマリン・ビーナを買収したのだろう。
お姉さまのドレスは完成までマリン・ビーナしか知らない。そして“カロワイン”は王族御用達でもある。すなわち殿下の服もマリン・ビーナが手を出したのは間違いないだろう。
となればデザインこそ口出ししていなくても殿下は色の指定等をした可能性は大いにあるわけで…
お姉さまのレース生地の手袋から見える黄色マニキュア。それもおそらくは殿下の色に被せてきたのだろう。
ああ嫌だな。お姉さまは私のお姉さまなのに…
目の前でいきなり殿下がお姉さまの腰を抱き寄せ、耳元に顔を近づける。
プツン
「アリス、ごめんなさい。少し殿下に挨拶してきますね」
「ええ、ここでお待ちしていますわ」
アリスに断りを入れて殿下たちのもとへ向かう。
そんな私達をアリスが眺めつつ口元に弧を描く。
「リズビア様は本当に愛されていらっしゃいますこと」
誰にも拾われることのない言葉は喧騒に掻き消える。




