雫は音を刻む
基本的に王族は国のトップだ。
そんな王族が膝をつくことはあってはならない。何故ならば『膝を屈する』という意味を含むからだ。一国の主がそうやすやすと他者に膝を屈してはいけない。国を、民を、歴史を守るために。
いついかなる時でも王族の最高礼は頭を下げることだけだ。
もちろん頭を下げるにも角度、時間、服装等々一つ違えば意味も異なってくる。それでも、膝をつくことはなかった…はずだ。
なのに―
サラサラな金色の髪が私の視線の下にある。
殿下と私の身長はほんの少し殿下の方が背が高くあるが、そこまで身長差はない。だから、頭を下げるだけなら視線は同じぐらいになるというのに…
がっつりしたなんだよ。今は。
え、帰りたい。ここ我が家だけど今すぐお部屋行きたい。泣きたい。
もうやだ。この人キライ
引き攣った頬がだんだんと痙攣してくる。
いつまでも殿下を跪けたままではいけないけど、ダンス踊りたくない。ああああああああああ!
殿下が跪いた状態で差し出す右手に自分の右手を乗せる。
心の底から早く立てよ!!と思わずにはいられない。
許されることなら恥も外聞もかなぐり捨てて今すぐ泣きわめきたい。だけど、昨年の様に台無しにすることも出来ず(シルビアに申し訳なさ過ぎて……)
乗せた手はすぐさま殿下に握られ、チュッと手の甲に口づけが落ちる。
「ヒッィ!!」
「「「「きゃぁあああああああ!!!」」」」
私の情けない声は、周りの貴婦人たちの色めきだった声によってかき消される。
殿下が私の手を握ったまま膝を伸ばしたおかげで、ようやく視線が合う。金色の瞳はどこまでも愉快そうだった。
なんで、誕生日までこの人に振り回されなくちゃいけないの???!!おかしい!絶対おかしいでしょ!!
「私の手を取っていただけたこととても嬉しいです、リズ」
取っていただけた?は?取れと脅したの間違いではないだろうか。
あの場合手を取らなかったら私は社交界から追い出されていても何らおかしくない状況だったろう。それをまるで選択肢があって私が望んだかの言いよう。
この人の頭は大丈夫だろうか?
「それではホールに向かいましょう?」
殿下は握った手を離さずにホールの方へエスコートする。
もうこうなったらやけくそでも踊らざるおえない。ホールへの道すがら遠目に瞳が零れ落ちんばかりに目を見開いたお父さまとお母さまが見えた。
私の意志ではなかったんです!!誰もこの人と踊りたいだなんて望んでないんです!!と大声で弁明したかった。まぁ、こんな人が大勢いる中でそんなことが出来るほど私に度胸はありません。
殿下の後を放心状態―心の中では荒れ模様―でてくてく付いて行き、ホールのど真ん中で互いに向かい合う。殿下の手が私の腰に周り、私も片方を殿下の腕に添えるようにして…というよりは殿下の肩口に添えるようにして、もう片方はギュッと手を握られる。
手袋しといてよかったぁぁぁぁ!!手汗がやばいもん
恐怖で手がびちゃびちゃだよ。
ダンスの始まりを告げる曲が代わると同時に、スッテップを踏み出す。殿下の息に合わせて、リズムに乗って、背筋を伸ばしてダンスを踊る。
お部屋行きたい。帰りたい。
「俺とのダンスに考え事とはいいご身分だな」
シャランと髪飾りが耳元で軽やかな音をたてる。
部屋に思いを馳せすぎて目の前の殿下の存在を忘れていた。
「ははは、すいません。あまりにも部屋へ帰りたい思いが強すぎて殿下を忘れていましたわ」
「へ~、余裕なんだな」
余裕か否かと言われたら、心は否だ。ダンスに関しては淑女教育の賜物で余裕である。
「もし俺がファーストダンスの申し込みをしなかったらどうするつもりだったんだ?」
くるり。ターンを決めて殿下との距離を詰める。
私の動きに合わせてヘアピンのワイヤー部分が揺れてシャランシャランと音を奏でる。これは中々楽しい。
「殿下がダンスを申し込まなければ他の方と踊っていましたよ?」
「ジック男爵子息と?」
「いいえ。彼とは踊るつもりはありませんでしたよ」
そもそも彼の魂胆は公爵家のご令嬢のファーストダンスという名誉な機会を得て、繋がりを得ておこうといった具合だろう。
しかも、私が彼よりも年下で社交界に表立って参加していないからと舐めていた部分も含めてのあの行為だ。
あ、思いだしたらちょっと腹が立ってきたな。
どうしても踊りたいなら家格を総じて3番目ぐらいでようやく妥当だというぐらいだ。
ファーストダンスを彼に申し込まれていても断ったし、何ならヒルデ様と踊ると堂々と告げていたことだろう。
それを考えると彼は殿下によって彼のプライドは守られたのか…
「なら誰と?」
殿下に握られた手に若干痛みが走る。
一瞬だけ眉をしかめ、殿下を睨みつける。そんな私を殿下は飄々と受け止め、どこ吹く風である。
「コングラッツ伯爵子息ですわ。彼は正式に申し込みくださったので約束も取り付けていましたもの」
「コングラッツ伯爵子息…なるほど領地経営で得た人脈か」
「そうです。領地での取引の件を含め今後の話などもダンスしつつ出来たらなと考えておりましたので」
「ふ~ん」
殿下は気のない返事を返す。いや、貴方が聞いてきたんでしょ?
「つまり、リズの中では私と踊る選択肢は初めからなかったと…妬けるなぁ」
「?殿下最後なんて―ウわっ!」
私の言葉を遮るようにダンスのテンポがいきなり変えられる。しかも難しいテンポに!!
曲は変わっていないのにいきなりテンポアップとか、私がついていけなかったら殿下の足を踏むことになるというのに…
何考えてるのよ!!
足元から殿下へと視線を切り替えれば、酷く楽しげに笑う彼がいた。
動くたびに音が鳴るものって綺麗ですよね~
小さい子だと尚更好きだと思ってます(作者は…)




