王家の先手
今回はウィル視点→リズ視点です
王城の応接室には色とりどりの煌びやかな布と宝石、ドレスが広げられている。
ソファーにはこの国の国母と幼い王子2人が座られている。
その向かい側ではこの国一のデザイナーである『カロワイン』のマリン・ビーナが立っていた。
「こちらのドレスは今までのものより軽量化をしておりますので長時間の公務の際によろしいかと思います」
ビーナが勧めるサーモンピンクのドレスを母上が見つめられる。
「そのドレス他の色はないのかしら?」
「今現在はこちらのサーモンピンクとクロッカスの色の2種類しかございません。ご希望の色があればお作りいたします」
母上は目を細めて何かを思案なされ、「一度着てみるわ」と試着ルームへ足を運ぶ。
何人かの使用人が着替えの手伝いに伴い試着ルームへ移動するのを見届けてから、ビーナの方へ視線を向ける。
「ビーナ殿、少しお伺いしたいことがあるのだが」
「はい。なんでもおっしゃってください王国の光」
ビーナは人好きのする笑みで俺を見つめる。
「もうすぐガーナ公爵家の双子令嬢の誕生パーティーがあるだろう?貴殿がリズビアのドレスをすべて見繕うとお伺いしたのでね、パートナーとして色は知っておくべきだろうと思ってね」
ビーナは一瞬驚いた表情を浮かべた後に「なるほど」と頷き口を開く。
「リズビア様の誕生パーティーのドレスは確かに私がすべてご用意させていただく所存です。今のところいくつか色は絞っていますがまだ確定はしていないのですよ」
「どのような色をお考えで?」
「そうですね、今回はシルビア様が白色ということでリズビア様は水色、黄色、濃いピンクで検討中です。パーティーの日にはリズビア様が提案くださったヘアピンの職人が最高傑作だと言っていたモノを髪留めに使用するので、それが映えるようにしたいなとおもっておりますの」
ヘアピン?
しかも職人が最高傑作と言ったものを使うのか…
「あら、それは楽しみね」
「妃殿下!いかがでしょうか?」
母上の試着が終わり、試着ルームから顔を出す。
「とても軽いわね。移動が多い時には役立ちそうでいいわ。サーモンピンクを一着とクリームのものを作成してちょうだい」
「かしこまりました」
ビーナがいそいそとメモを取る。
その様子を母上は眺めながら、口元に指を持っていき試すように口角を上げて微笑まれる。
「ねぇ、ビーナ少し伺うのだけれど、このドレスのデザインはどなたが行ったのかしら?」
まっすぐに視線を向けられたビーナはニッコリと微笑む。
「とても才能を秘めておられるガーナ家のご令嬢ですわ」
「まぁ!!やはりそうだったのね!」
「はい。リズビア様が貴婦人たちのドレスは長時間の立ち仕事の際や移動の際には重いのではないかとおっしゃられまして、ご指摘を受けデザインの案を仰いで仕上がったものになります」
「さすが、リズビアちゃんね。時期王妃としての自覚が目覚ましいわ」
母上は嬉しそうに話される。
まぁすべて計算の上なのだが…。こちらに不利になることは何もないので母上の言葉に静かに頷く。
「そんなリズビアちゃんのドレスもとても楽しみだわ!!」
さりげない会話の中で相手への期待を明確にすることで、失敗は許されないことを明示する。
マリン・ビーナは「光栄ですわ」と笑う一方で内心は冷や汗ものだろう。
可哀そうだが、リズのドレスを一任しているのだから仕方がないと思う。
「そう言えば母上、お願いしていたものは手に入りましたか?」
母上に尋ねれば、視線で侍女長に促し俺の前に小さな箱が置かれる。
「開けてみなさいな。それがあなたが希望していたモノに一番近しいものだそうよ」
母上に促されて箱を開ける。
箱の中には光を反射して煌めく宝石がはめ込まれた大輪の花を模したブローチが入っていた。
花の色は薄い黄色、宝石はプレシャスオパールというこれも綺麗な金色の宝石である。
とても綺麗だ。
周りの侍女たちの感嘆の吐息が部屋を満たす。
「お父様も急なご連絡でとても驚いていらっしゃったわ。後日お礼の手紙を出しなさい」
「わかりました。急なお願いであったのにここまで希望通りの品を用意していただけるなんて思っていませんでした」
「それくらいはナーヤンデルトだとそこまで難しい部類ではないわ。ただ期間が短すぎたのよ」
母上の苦言を聞き流しながら宝石を手に取ってみる。
光を受けてキラキラと反射する輝きはきっとリズビアによく似合うことだろう。
「ああ、それからもう一つも確認なさい」
母上の言葉を受けて侍女長がもう一箱別のものを机に置く。
ブローチを丁寧に箱に戻し、もう一箱を空ければかわいらしい鳥の描かれた小型の手鏡が収められている。
鳥はただの鳥ではなくズアオチメドリにしてある。ガーナ公爵家の家紋にも描かれているものだ。
「ありがとうございます。母上」
「実の息子からの未来の義理娘へのプレゼントですもの。当然のことよ」
母上は涼し気に仰るとまた試着ルームへ入っていく。
さて、ここからは俺がビーナへ直接話し合うしかない。
母上の介入はここまでである。
「ビーナ殿、これらはガーナ公爵家の2人にプレゼントするものなのだが、リズビアのドレスにはヘアピンに合わせるだけでなくこのブローチも映えるようなものにしていただきたい」
「かしこまりました、殿下。リズビア様にはそのブローチが映えるであろうライトブルーのレース仕込みのドレスをマリン・ビーナの名に懸けて最高のものをお送りさせていただきますわ」
ビーナの眼が活力で光るのを一瞥して笑みを深める。
「ええ、僕の婚約者のドレスよろしくお願いいたします」
先手は打った。
これで君はどうやっても城内では僕の最有力婚約者となったわけだ。さて、これから君はどうするのかな?
誕生日の日が待ち遠しいね、リズ。
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ガーナ公爵領、白亜館の執務室では今日も今日とて膨大な量の書類がリズビア・ガーナことリビア・ノグマインのまわりを埋め尽くしているのだが…
ぶるりッ
「―ッッ!!」
え、何今の。
めちゃくちゃ嫌な気配が背中を撫でたんだけど…
「どうかしたか?」
ペンが止まった私を訝し気にアローが見つめてくる。
「今すごく嫌な気配が背中を撫でた気がして…うっわ!鳥肌立ってるんだけど⁈」
「…そんなこと言っても書類はなくなんねーぞ」
「誰もそんなことは期待してない!!そうじゃなくてもう少し心配とかないの??」
「ないな」
「ひっどいよぉ!!」
執務室は2人の声がギャアギャアと響き、白亜館内の名物的光景となりゆくのはもう少しさきのお話。
さて、ウィルの先手をリズはいつ気づくのでしょうか…
先手のヒント:噂より怖いものはない




