労いの言葉
今回は公爵領邸仕えのメイド視点のお話です
晴れ渡る空に白い雲が流れ、心地いい風が吹く。
「メイシャ、そっち持ち上げて!」
「はーい」
オレッタに言われて真っ白な布を持ち上げる。
今日は真っ白な布を50枚干して、そのあと調理場の布、みんなの服も選択するのだ。
私達はガーナ公爵家の領地邸で雇っていただいているしがないメイド。
メイドにもいろいろ担当分けされて仕事が割り振られているのだが、私とオレッタは主に洗濯当番を仰せつかっている。
大旦那様も大奥様もとてもお優しい方で使用人たちにも丁寧に接してくれる。
他の貴族邸だとそういうわけではなく、使用人を下と見下す人もいれば嫌な目で見てくる者たちもいる。給金がいいから貴族の屋敷で働くことを望む者は少なくないが、ガーナ公爵家の倍率はいつも激戦である。
そんな激戦を勝ち取った人間が早々辞めていくはずもなく、基本募集とかも人数も少なければ時期もまれである。
まぁ例外的に公爵家の使用人となる方法がないわけではない。
ただ、それはものすごく稀だし運がないと無理だ。
「お嬢様、今日は歴史書を読まれますか?」
「う~ん。歴史書もだけど貴族名簿が見たいからここ5年から20年分をもって来ておいて」
「かしこまりました」
「お嬢様、大奥様がレッスンの時間を早めたいそうです」
「わかった。すぐ行くわ」
渡り廊下から声が聞こえ、視線を向ける。
光を受けてキラキラしたブロンドの髪とまっすぐとした姿勢。
大きな薄ピンクの瞳が前を見据えている。
ガーナ公爵家の双子令嬢の一人。リズビア・ガーナ様。
その後ろについているのが、リズビア様が拾ってきたレットくんとヴィオちゃん。
この二人はさっき言っていた例外組である。
「相変わらず仲がよろしいわね。リズビア様達」
「うん」
オレッタのいうようにあの3人はいつも一緒にいる印象が強い。
本邸ではリズビア様の我が儘に振り回されている可哀そうな使用人って聞いていたけど…
あの2人の表情は可哀そうとかでなくむしろイキイキしているように見える。
ガーナ公爵家は使用人に対してどの方も温厚でお優しい。
だが、それでも貴族と使用人の線引きはしっかりなされる。
それを超えるというのだろうか?型破りなのがリズビア様である。
レットくんとヴィオちゃんは孤児だ。本来公爵家では孤児の採用は行っていない。
身元不詳の人間はよくないものになりえるからだ。それは暗殺であったり、情報漏洩であったりと問題となりやすいからだ。公爵家なんて狙われることの方が多いのだから身元不詳の人間を雇うことはあり得ない。
だが、彼らはリズビア様の我が儘で拾われ、鍛えられ今の立場を勝ち取っている。
孤児院の就職斡旋…リズビア様が今着手されている取り組みでもあるらしいが、なぜそこまで孤児院に肩入れするのか分かりかねる。
だって、大貴族からしたら孤児院の人間なんてとるに足らない存在ではないか。
………。
貴族の遊びに巻き込まれるあの子たちは可哀そう。
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「はい、これ!」
「え?」
小さな真っ白な手が私の服を掴み、もう片方の手に持っている小瓶を手渡してくる。
あかぎれも何もない白魚のような手。
私が諦めた手。
リズビア様はニッコリと笑って、私の手を取りその小瓶を私の手ごとギュッと握る。
小さな手は体温が高く温かかった。
「あの…これは?」
「あ、はい。オレッタもどうぞ」
「え、あ、ありがとうございます?!」
隣にいたオレッタにも同じ小瓶を手渡すリズビア様。
それよりも衝撃が大きすぎて私も名を呼ばれたオレッタも目を丸くする。
一貴族がただの使用人の名前を呼んだ。
さして親しくもなければ、ただすれ違う際に挨拶するぐらいの人間にだ
そんな私達の心情なんてお構いなしにお嬢様は笑われる。
花開くように、優しい笑みで
「メイシャもオレッタもいつも公爵家のためにありがとうね!真っ白で清潔なシーツやタオルにしてくれてありがとう。これ、ノグマイン商会で作ってるハンドクリームなの。腕のいい薬師たちが作ったからきっと役立つと思うから使ってほしいな」
お嬢様は笑顔で私たち二人の手を握るとまたね!と歩き出す。
その腕には少し大きな紙袋を下げていて。
少し歩いて出会った執事を呼び止め、紙袋から取り出した小瓶を手渡し、二、三言話してはまた手を振って歩き出す。
ああやって一人一人に直接渡しているの?
お嬢様が廊下から見えなくなっても私達はその場から動けなかった。
もし、メイド長や執事長に見つかったら叱責が飛んでくるのかもしれないが今だけは許していただきたい。
だって、貴族がただの使用人にありがとうとおっしゃったのだ。
しかも名前まで覚えてくださっていた。お嬢様と私達がちゃんと顔を合わせたのなんて片手で数えられるぐらいの回数だ。それなのにあの方は覚えてくださっていた。
「あ、あの」
ハッとして声の主を見ると黄緑色の瞳が私達を見上げていた。
「お嬢様どちらに行きました?」
「あちらに…」
レットくんがお礼を言って立ち去ろうとするのを、腕を掴んで止める。
「お嬢様はなにをなさっているんですか?」
「え?いつも働いてくれている公爵家の使用人にささやかなお礼をしているんだそうですよ」
「一人一人に手渡されてましたよ??」
「ええ。お嬢様が一人一人に直接手渡したいと仰っていて―」
「わざわざ…ですか?」
レットくんは驚いた顔を一瞬したがすぐに頷く。
「あの」
オレッタが恐る恐るといった風に声を出す。
「お嬢様は使用人の名前を覚えてらっしゃるのですか?」
「はい。お嬢様は領地邸に仕える者も公爵邸に仕える者も覚えておられますよ。それこそ庭師からメイド長たちまで全員。名前もお顔も覚えられています」
「「!!!」」
「お嬢様は使用人だけでなく孤児院の子供たちやシスターのことも覚えてらっしゃいますよ。今は貴族名簿と睨めっこしながら貴族一覧を覚えていますが」
「…普通貴族はそこまでしないですよね?」
「確かに普通の貴族であればしませんね。いくら旦那様達がお優しくても使用人全員に感謝の品を一人一人に手渡したりはしないでしょう」
そう。普通、使用人に労いの言葉などをかける際は一同をホールに集めて旦那様達がお声がけしてくださるだけだ。使用人の採用は基本執事長やメイド長が行い、各担当の責任者によって下は指導される。よっていちいち末端の私達の名前を貴族が覚えているはずがないのだ。
なのに、お嬢様は覚えていてくださった。
名前も顔も間違えることなく。
一人一人の担当を知って、労って微笑んでくださったのだ。
「ですが、リズビア様は違います。他の貴族とは違うのです。だからこそ、ご自身の手でお一人お一人に手渡されているのですよ。お嬢様に関する噂はいろいろ聞きますが、お二方が見たお嬢様こそが本来のリズビア・ガーナ様であることは側付きの私が証明いたします。それでは、私はこれで失礼します」
そう言ってレットくんはお嬢様と同じ方へ向かっていく。
「ねえ、オレッタ」
「なあに、メイシャ」
「お嬢様ってすごいわね」
「うん。・・・・・・私名前を覚えてくださっているなんて思ってもみなかった」
「私も自分たちの仕事なんて貴族の方には分からないんだろうなって思ってた」
いいや。決めつけていたのだ。
偏見でお嬢様を見ていたのだ。
なのにあの方は―
2人のメイドは静かに頬を濡らす。溢れる思いはたとえようのない感情で…
受け取った小瓶が愛おしくて、温かくて握りしめる。
『ありがとう』
貴族から言ってもらえることなんてないと思っていたのに。ああ、あの方は遊びなんかじゃなくて本気で向き合ってくれるのかもしれない。
零れ落ちた涙は月明かりに煌めいて消えていく。
こうしてリズビアのファンは増えていくのに本人は自覚してないんですよね~
天然タラシって怖い。




