期待に応える
公爵家領の領地邸にある執務室に今日はおじいさまと机を跨いで向かい合わせに立っている。
私が公爵領に来てから早一ヵ月が経とうとしていた。
それすなわちおじいさまとの約束の期日となったわけである。
途中殿下の来訪とかアクシデントはあったけれど、すべておおむね順調にことは運んでいる…と思う。
うん、たぶん大丈夫さ
「さて、リズ」
「はい」
おじいさまはとても楽し気に笑われる。
「私がここに来た一か月前のお前に言ったことを覚えておるかな?」
「この一ヵ月で知識を得て行動し、この領地に足りないものを見つけ成果を出せれたら私が王太子妃にならなくて済むように全力で尽力してくださるでしたよね」
「その通り」
得た知識は少なくない。
領地運営の在り方、民の生活、領地の特色、薬草、書類仕事、書類の見方、歴史書だけでは分からない歴史、保管されている多くの書物、それらすべてから得た知識はきっとこれからに必ず役立つ。
「さて、では成果を報告してもらおうか」
「はい。我が領地で足りないものは正直分かりませんでした。しかし、偶然エリオットの紹介で知れた友人たちが自分たちの境遇を嘆くことなく新たな道を開拓しようとしている場面に立ち合い、我が領民の若き者たちの夢を叶えるということを今回は手伝わせていただきました」
きっとエリオットが紹介してくれていなかったらこんなに商会のことを知らなかっただろうし、貿易にも首を突っ込まなかった。もっと言うなら、現状を知ることもなかったと思う。
「まず、お父さまの許可を得て新たな商会を作り、ミルクジャムというコングラッツ伯爵領との新たな共同開発食品を製作しました。
このジャムにはミルクの安価輸入を条件にコングラッツ伯爵領で我が領がすでに取り組んでいる下水設備の手伝いによって取引を行い、ジャムに使われている瓶はヌベレット子爵領の純度の高いガラス瓶を使用しています。こちらも新たな契約を結び、廃棄処理に困っていたものを安価でお譲りしていただきました。」
当初目的であるミルクや瓶の貿易から今ではより一層盛んな貿易に発展しているらしい。
特にヌベレット子爵領とは今まで貿易がなかった分取引したいものが多いのだとか
真空性の高い今回使用した瓶などは需要がありまくりらしい(アローが言ってた)
「ジャム瓶はジャムを使用後は領地で余っていた薬草を煎じた傷薬入れとしても使用でき、瓶の再利用を促しています。もちろん衛生面に管理も徹底的に行っています。
ジャムは貴族ではなく平民向けである為単価を低めに設定していますが、瓶の大きさの工夫から贈り物などにも人気のようです。現在ではお母さまやお姉さまのお茶会を通してミルクジャムは貴族間でも話題となってますから、いずれは貴族もターゲットとできると思われます。」
お母さまやお姉さまの催すお茶会で以前手紙を通してお願いしていた案件がこれである。
ミルクジャムは甘さがある為ジャムとして活用するだけでなく、紅茶にミルク代わりに入れてもおいしいし、デザートの中に隠し味として入れることもできる。手軽で利用幅が広いのは大衆に受け入れられやすい。
「傷薬に関しては公爵家に仕える使用人全てに配布し、日頃の感謝を込める一方で大勢の意見が集められたので今後の改善に活かします」
傷薬に関してはハンナ達薬師の人にめっちゃ褒められながらも貶された。いい思い出である。ちなみに褒められたのは真空性の高い瓶を見つけたことと薬草を無駄にしなくて済んだこと。貶されたのは傷薬の注文数がちょっとばかし多すぎてしまったことと瓶詰め作業の時にへたくそすぎて邪魔だと言われて追い出されたことかな。
裁縫とかはできるから器用かと思っていたんだけど、どうやらそうでもないらしい。
「以上が今回のおじいさまに与えられた課題の成果となります。詳細な利益などはこちらの紙にまとめてあります」
紙を手渡し、おじいさまが目を通す。
「ふむ、たった5歳でここまでできるのはやはり凄いな」
!!
おじいさまをまっすぐ見やれば満足気な笑みが返ってくる。
「領地の現状を見、次世代へのチャンスを与えそのチャンスに尽力したことは素晴らしい。しかも公爵家がそれを投資という形で支援したことで内外的にも彼らは注目される。それだけの実力を彼らは持っているというのはこの短期間での成果を見れば一目瞭然だ」
「ありがとうございます!!」
「ここまで期待に応えられるとは思っていなかったよ。約束通りリズビアの尽力は惜しまないよ」
「―ッ、はい!」
やった!やった!おじいさまにご尽力いただける。
これであの悪魔との回避手段が増える。
よっしゃ!
「しかし、一度あちらに戻るのだろう?」
「はい。一度公爵邸に帰っていろいろ済ませてきます」
「寂しくなるの」
おじいさまが少し眉を下げて寂しそうにされる。
あぁ、その表情は今朝のおばあさまとそっくりですよ。
「問題ないですわ、月の半分はこちらにいますから」
「半々で暮らすのか?」
「はい。お父さまにはあらかじめ許可をいただいてます。私が始めたことを途中で投げ出したくはありませんから」
「そうか、それはこれからも楽しめそうだな」
「はい。ですのでこれからもいろいろお教えくださいね」
おじいさまの大きな手で頭を撫でられる。
自然と笑みがこぼれ、2人で笑い合う。
*********
「それでは失礼いたします」
優雅な一礼をして執務室を出る。
「「お嬢様、いかがでしたか?」」
控えていたヴィオとレットが不安げにこちらを見つめる。
「大丈夫だった!!!」
「!おめでとうございます」
「それはよかった」
「これも2人が協力してくれたからだよ。ありがとうね!」
2人に笑いかければ嬉しそうに微笑まれる。
「すべてお嬢様の手腕です」
「我々はお嬢様のためにいるのですから」
それぞれの回答にまた嬉しくなって口元が綻ぶ。
「明後日にはアロー達に半々生活の話をしておかないとね」
「そうですね。お嬢様の仕事が溜まる一方ですから」
あははは、アロー達なら半月分を余裕でためて私にさせる未来が容易に見えて怖いよね
「あ、そういえばエリオットはこっちに残るの?」
「そうらしいですよ。アロー達の手伝いもありますし、公爵邸はお父上がいるから難しいのでまずは領地邸の庭を任せてもらえるように励むそうですよ」
エリオットならきっとすぐに任せてもらえると思う。
公爵領はエリオットのお父さまがまだまだ現役だから絶対に譲らないって一か月前に言ってたしね。
公爵邸に戻ったらまずはお母さまかお姉さまのお茶会に参席しなくてはならない約束だったかな?お茶会は絶対シルビアの方が向いているのに…
ああ行きたくない。
「ふふ、お嬢様お茶会は約束しておられるのですから逃げれませんよ」
「…最近ヴィオとレットは私の心の中でも見え始めたの?凄い的中してるんだけど」
「お嬢様は顔に出やすいですから」
そんなに出ているのだろうか…
おばあさまの淑女教育中には指摘されたことないんだけどな~
なんでだろう?
Q、なぜ淑女教育では指摘されないのか
A、淑女の仮面を被っているからです。
そもそもリズビアは淑女としてはシルビア同様完璧なご令嬢像なんですよ~
(本人は知らない)
ただ、素がポンコツなだけなんです




