ささやかな楽しみ
今回はウィル視点
母上の誕生日が今年は王城茶会になったのは前々からの希望であったし妥当なところだと思った。
「よろしかったですね、母上」
「まぁウィルありがとう。あなたと同い年の子達もきっとたくさん来るだろうから楽しみね」
「えぇ、楽しみです。しかし母上の誕生祝ですから母上が一番喜んでくださらなくては意味がありませんよ」
ふふふと柔らかく母ににっこりと笑い返す。
この王城茶会は表向き王妃の誕生祝。本当の意味では国内情勢の尺図のようなものだ。
次期王としてこの尺図を知っておきどの派閥からも同定数に繋がりを持たねばならない。どこか一つに集中すると後々面倒くさいことになるのは分かり切っている。
まだ子息しかいない家なら問題ないがご令嬢がいる家はこの茶会に期待してやってくることだろう。野心家の者たちは必ず娘を紹介し、愛想笑いにご令嬢たちは熱を上げる。なんてくだらないんだろう。それこそリズビア・ガーナの様に楽しませてくれる人間がいればいいが…
「‥母上、私からガーナ家のご令嬢に招待状をお出ししてもよろしいですか?」
「かまいませんよ。ウィルはガーナ家のお姫様たちとは仲がいいのね」
「えぇ。未来の婚約者となりうるお2人ですから」
「それは私もお会いするのが楽しみだわ」
「では、私は失礼いたします」
王妃の部屋から退出し自室へと向かう。
招待状を送れば返信をしなくてはならない。その返信にシルビア嬢は素直に返し、リズビアはおそらくいやいや定型にあてはめて返してくるだろう。それをつき返せばどうでるか‥
あぁ、めんどくさい茶会までにいい暇つぶしが出来そうだ。
アクアに頼んで真っ白な便箋を2枚用意してもらいそこに王妃の誕生祝の茶会へぜひ参加するように綴る。最後に封蝋に王家の印璽を押し付けてアクアに渡す。
これで明日にでも彼女たちの手元に届くはずだ。
3日後
シルビア嬢から王妃からだけでなく俺から直々に招待状が届き嬉しかった。当日は楽しみだという手紙が届いた。そしてリズビアからのものには定型的な招待状をわざわざお忙しいのにありがとうございます。当日は王妃にお目にかかれることを嬉しく思うと書いてあった。予想通りすぎてつい笑ってしまったのは仕方がない。
いつもの取り繕った笑みではなく素の笑いだったため弟には酷く心配されたがかまわないだろう。
リズビアの手紙を新たな封筒に入れ、小さな紙切れにただ一言『やり直し』としたためて封蝋をする。
きっと送り返されたことに驚き何をやり直せというのか悩むことだろう。なかなか愉快だ。
その場を見れないことが嘆かわしいが返ってくるであろう手紙を楽しみにしておこう。
どうせシルビア嬢あたりに返すように言われるだろうから返事がないということはない。
俺の本性に気づいた熱で変わったご令嬢
やはり面白い
それから5日後
薄黄色の花があしらわれたかわいらしい便箋が届いた。
差し出し人はリズビア・ガーナ
「思ったよりは早かったな」
「王子相手に遠方でもないのに5日も返信がかかるというのはどうかと思いますけどね」
アクアの言葉は正論だ。
王家相手には迅速に対応すべきだ。遠方であれば仕方ないが相手は王都近郊にいるのだ。遅くて3日だろう。
「そう言ってやるな。俺が先に礼儀を欠いたんだこれぐらいかわいいものだろう」
笑みを深めて封を切る。
アクアは困ったように笑って書類を片付けていく。
中には仄かに色づいた便箋が一枚と薄いピンク色の花が施されたしおりが入っていた。
【ウィル・デ・ファンネルブ様
先日は王妃様の誕生祝のお茶会へのご招待ありがとうございます。殿下への手紙が送り返されたことには大変驚きましたが、『やり直し』とありましたので再度このようにして手紙を送らせていただきました。私は殿下の様に忙しくも友人関係も広いとは言えないので相手の手紙を送り返すことが友人間ではありうることを初めて知りました。驚きのあまり返信が遅れてしまいましたがこれも友人間であれば許されることなのでしょう。殿下はお心がお広いですからこのようなことも些細なこととして流してくださると思います。
先日友人に招待状をいただいたのなら手紙でお返しするだけでなく何か送ればいいとアドバイスをいただいたので我が家の自慢の庭園に咲いている花を一輪頂戴し、しおりにしてみました。私が作ったものですのですぐに壊れるかもしれませんがよければお使いください。
リズビア・ガーナ】
そっと彼女が作ったというしおりを手に取る。薄いピンクが彼女の瞳の色を彷彿とさせる。
わざとなのかどうなのか…
「いいことでもありました?」
「いいことか……いや、面白い友人を手に入れられたなと思っただけだ」
自室の窓から外を眺める。
後ろでアクアが何か言っていたようだが聞き取る気がないから聞き流す。
俺の無礼を友人間でのものと捉える頭、素直に捉え無礼講として仕返す気概。
挙句王族に自作のしかもブランドでも何でもない手作りのものを渡す始末。どれをとっても普通のご令嬢なら行わない行動。
やはりあの令嬢は面白い。
あんな友人を易々と手放す気などないが…。もっと面白がらせてほしいものだ。
机の引き出しから便箋を取り出しサラサラと万年筆を走らせる。
さて、今度はどんな内容が返ってくるか。
退屈な日々が少しだけ色づく気配がした。




