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そこは沈黙の森  作者: 小声奏
カッセル伯爵の宝石
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五話

 森と村の入り口までの案内をミアに頼みトマスは先に帰した。

 三人でいたら泡を吹いてひっくりかえそうだったのだ。


「どこから見ますか?」


 そう問われても、どこに行けばいいのかイーライには分からない。


「そうですね……。そうだ、貴女は灰銀狼を見たことはありますか?」


 狼は移動したのか、それともまだこの森にいるのか、その点だけでもはっきりさせておこう。


「……ありますよ」

「狼はまだこの森にいるのですね」

「いますね。ずっと大昔から」

「狼たちの何所はわかりますか? 出来れば私も一目見てみたいのですが」


 人里に出てこなくなった訳も気になるし、銀色の毛並みの狼には単純に興味があった。

 ヴィーシの狼は茶色い。いや、ヴィーシだけではない。ユクシの狼が銀色ん毛皮だと知った時、イーライは他の大陸の狼の色も調べた。結果、五つある大陸のうち銀色の毛並みを持つのはユクシに生息する狼だけだとわかった。

 せっかくユクシに来たのだ。珍しい銀の狼を目にするのも一興だ。


「ずっと奥ですね。行っても無駄だと思いますよ。彼らはこの森で一番賢いですから」


 少女は猟師が勧めるだけあって確かに森に詳しいのだろう。

 だが、この態度はなんとかならないものか。

 見惚れろとは言わない。

 せめて聖騎士に対する敬意を見せてもいいのではないか。


「で、どうします? とりあえず一周しますか。何日かかかりますけど」


 どこから手をつけて良いのか分からない以上、何日かかろうが、しらみつぶしにするしかない。

 案内人であるミアの態度は気に入らないが、髭面のトマスと一日中過ごすより遥かにいい。

 イーライは微笑んだ。女たちを虜にする笑顔をミアに向ける。


「そうですね。申し訳ありませんが、お付き合いいただけますか」

「一日、三枚です」


 戻ったら、村娘たちに癒されよう。




「森の中に一人で暮らすのは怖くありませんか?」


 黙々と森の中を歩くミアに問いかける。

 本当は「どうして森の中に住んでいるのだ」と聞きたかったが、そこまで不躾な人間ではない。


「怖くないですよ。それと、一人で森に住んでる理由は、亡くなった親から家を受け継いだからです」


 聞きたかったことをずばり答えられてしまった。返事に窮していると、ミアが振り返る。

 

「皆、気になるみたいですから」


 何度も聞かれたことがあるらしい。


「正直に言いますと、私も気になってはおりました」


 取り繕うのも悔しくてイーライは正直に答えた。


「深い理由がなくて、すみません」


 ミアは前を向いて歩く。

 なんともやりにくい相手だった。


 いくら歩けども見える景色はさして変わりない。

 木、木、また木。それだけである。

 たまに熊兎、縞鼠、針栗鼠を見かけるが、すぐに姿を消した。その際、鳴き声が聞こえなかったのが異常かどうかはイーライには分からない。

 しかし頭上を飛ぶ鳥の鳴き声がしないのは確かにおかしかった。


「静かですね」

「そうですね」

「…………」


 取りつく島もないとはこのことだ。

 ここまで無碍に扱われると、ムキになる。

 行く手に身長の半分ほどの急な傾斜を見つけ、イーライはにんまり笑った。

 ミアの前に出て、さっと傾斜を降りる。それからミアに手を差し出した。


「どうぞ、お嬢さん」


 なんなら、ついでに横抱きにしてやる。

 細身に見えるイーライだが、騎士として鍛錬を積んでいる。当然、並みの男以上に力はある。

 怪我をした乙女を抱き上げて運んだときは、周囲の乙女から悲鳴が上がった。運ばれた本人は茹蛸のように真っ赤になっていた。


「あ、結構です。慣れてるんで」

「……そうですか」


 ミアは軽々と斜面を飛んで降りた。差し出した手が寒かった。




「今日はここまでにしときましょうか。森の中は暗くなるのが早いですから」


 ミアの言葉にイーライは頷いた。


 森の外れまでイーライを案内すると、「では、また明日」とミアは再び森の中に消える。


(疲れた……)


 体力的にではない。精神的にだ。

 一度や二度、袖にされたところで怯むイーライではない。何度もミアから望む反応を引き出そうと試みた。


 蜂を見かけてかばった時は

「大丈夫ですよ。蜜蜂ですから」と言われ、


 川を渡るのに濡れては大変だと申し出ると

「いつも渡ってますから」と助走をつけて飛ぶ。


 イラッときて、てっとりばやく容姿を褒めた。

「綺麗な髪ですね」

「そうですね」

「…………」


 普通そこで、肯定するか!?

 たった半日でこれまで築き上げてきた、自信をずたずたにされた気分だった。




「イーライ様!」

「お疲れ様です。森はいかがでしたか?」


 村に戻ったイーライに女たちが駆け寄り、見上げる。

 憧れの存在に恋する女の目だ。イーライがいつも見ている目だった。

 女たちの様子に満足しながら、イーライは少し困ったように微笑んだ。


「美しい森でした。しかし、確かに動物の鳴き声がしませんね。調査のため、数日、滞在させていただくことになりそうです」


 女たちから、きゃあと喜びの声があがる。


「イーライ様。喉、乾いてませんか? 果実酒を飲んでいかれませんか?」


 茶色い髪を三つ編みにした、そばかすの散る頰が可愛い娘に、もじもじとした様子で聞かれ、イーライはこの日初めて心からの笑みを浮かべた。


「ありがとうございます。では一杯だけ」

「すぐ、お持ちしますね!」


 そばかすの娘が走って近くの家に飛び込む。それを見ていた隣の娘が負けじと言う。


「じゃ、じゃあ、私はお疲れが取れるように果物の蜂蜜漬けをもってきます!」

「ああ、少し待って」


 駆け出そうとした娘を呼び止める。

 娘の豊かな黒髪に手を伸ばし、農作業でついたらしい藁を手に取り放る。それから微笑んだ。


「美しい髪色ですね」

「う、美しいだなんて、そんな、イーライ様の髪に比べたら、私なんて……わ、私、蜂蜜漬け取ってきます!」


 真っ赤になって逃げるように駆け出した。


(これだ。この反応だろ!)


 そうだ、これがイーライに対する正しい女性の姿だ。

 粉々になった矜持が見る間に修復されていく。


(あの娘はきっと男に興味がないに違いない。もしくは極度に趣味が悪いのだ)


 果実酒で喉を潤しながら、イーライは思った。

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