四話
「こちらが案内役の猟師です」
紹介されたのは髭面の男だった。
袖のない毛皮を着込み、背には小ぶりの弓。
言われなくても一目で猟師だとわかる。
「トマスといいやす」
「イーライ・アレンです」
差し出された手を握って挨拶を交わす。
馬は置いていったほうがいいと言われ村長に世話を任せる。
「普通の森に見えますね」
村の外れから森を見渡しイーライは正直な感想を述べた。
「鳴き声がせん以外は普通の森でさあね」
これは困った。
神殿長直々の命とあっては何かしら成果を持ち帰らねばならない。
鳴き声がしないだけの普通の森です。では駄目なのだ。
「とりあえず、入りましょうか」
思ったより骨が折れそうだ。
イーライは昨日と今日見かけた村の女性たちの顔を思い浮かべた。
(垢抜けないが、素朴な村娘も案外いいかもしれないな)
聖騎士として品を損なわぬ程度の遊びなら許されるだろう。
長くなりそうな村の滞在期間中の息抜きだ。
「やはり何もおかしなところは見当たりませんね……」
朝に森に入り、すでに日は中天にある。
村長に渡された昼食を二人で食べていた。
「鳴き声以外何も変わりませんからなあ。聖騎士様、わしより森に詳しいもんに、一人心当たりがありやすが、案内いたしやしょうか?」
(最初からそっちを連れてこい)
イーライは笑顔で頷いた
「それはありがたい。ぜひお願いします」
「その方は、ここに住んでいるのですか?」
小川のほとりに建つ緑の屋根の小さな家。
煙突から白い煙が登っている。
手入れもされているし、確かに人の気配は感じる。
辺境の森の、さらに辺鄙な場所だ。
美しい小川のほとりに建つ緑の屋根の小さな家は、村からかなり距離がある。
なぜ村に住まずにわざわざ森の中で暮らしているのか。
イーライは少しばかり住人に興味が湧いた。
「ちょっとお待ちくだせえ」
トマスが扉を叩く。
さて、中から出てくるのは魔女のごとき老婆か厳しい老人か。
扉が開く。
その奥から顔を出した人物にイーライは目を見張る。
森の中で一人寂しく暮らすのは、世を捨てた老人ぐらいだろうと勝手に見当をつけていた。
出てきたのは、昨日見た、夕焼けのような赤毛を一つに束ねた少女だった。
年の頃は十五、六だろうか。
取り立てて美しいわけではないけれど、不思議と目を惹く。
「ミア、ちょいとこちらの方に森を案内してくれんか」
ミアと呼ばれた少女がイーライを見る。
見事な赤毛と違い、その瞳は漆黒だ。なんとも色の対比がはっきりしている。
イーライは微笑んだ。イーライの微笑みは女に抜群に受けがいい。
穏やかな微笑と、剣を持ったときの差がたまらないのだそうだ。
もちろんイーライには計算尽くである。
だと言うのに、少女はなんら顔を変えない。
頰を染めも、恥じらいもしない。
無感動にイーライを見て言った。
「いいけど、報酬は?」
ひくり、とコメカミがひきつる。
村の女たちは我先にとイーライを案内したがったというのに。
(なんて見る目のない女だ。いや、目が悪いのか?)
イーライは女に歩み寄ると、胸に手を当て騎士の礼をする。
これ一つで神殿の乙女たちからは黄色い声があがる。
「初めまして、イーライ・アレンです。急に不躾なお願いをして申し訳ありません。報酬は後々神殿から支払わせていただきます」
「先払いで」
「…………」
思わず言葉を失った。
「こ、こりゃ、ミア。中央神殿からいらっしゃった聖騎士様だぞ!」
「中央も神殿も聖騎士も関係ありません。先払いで、でなければお断りします」
「も、申し訳ねえ。聖騎士様。ミアはちいとばかし変わりもんで」
トマスは顔を青くしている。見ているのが哀れなほどだ。
対して当のミアときたら、まったく意に介していない。
「どうしますか?」
と言いながら掌をだす。
「まだお若いのに、たくましくていらっしゃる」
イーライは懐から皮袋を取り出した。袋の中に指を入れ銀貨を一枚つまむ。
「銀貨三枚」
(こいつ……)
笑顔が強張りそうになるのを抑えながら、銀貨を三枚ミアの掌に置いた。
トマスはかわいそうに顔色が青から白に変わっている。
「それで、どこを案内すればいいの?」
「特にどこ、というわけではないのですが……」
イーライはこの森に来た訳をかいつまんで説明した。
「森の変異に乙女が怖がってるねぇ……」
ミアは面白くなさそうな顔で掌の銀貨を弄ぶ。
「聖騎士様はそんな、くだ……理由でわざわざヴィーシから来られたんですか」
流石に「くだらない」とはっきり言うのはまずいと思ったらしい。それともイーライを怒らせては銀貨を取り上げられるとでも思ったのか。
そそくさと懐に銀貨をしまう様子からみて後者の線が濃い。
「植物の声も動物の声もしない森というのは通常あり得ないことですから、何かが起こっていると神殿長が私をお遣わしになりました」
「ふうん、別に、静かなだけで普通の森ですよ。まあそれでも騎士様が納得されるまで案内しますけど」
ようやっと少しなりとも殊勝な言葉が聞けた。
イーライに手ぶらで帰る選択肢はない。何かしら手がかりが見つかるまで付き合ってもらわねばならない。
「あ、銀貨三枚は日当ですから」
(こいつ……!!)
イーライは笑顔を保つための筋肉が持つか心配になった。




