後編 私の不幸と幸せと
「私、最初から貴方の浮気など気にしたことございませんわ」
「おお、カテリーネ!」
「ですが貴方、最近肉が弛んできていらっしゃいますわよ。テナシテ男爵令嬢との荒淫が原因ではなくて? 貴方が一番美しかったときの肖像画はもう永久保存してありますし、むしろ生き恥を晒す前に消えてくださいませんこと? せっかくの肖像画を見るたびに、醜い貴方の姿が浮かんでくるのは嫌ですの」
さっきご本人が言っていたように、テナシテ男爵令嬢はエティエンヌ殿下に情報やお金を貢ぐため好きでもない男に身を任せていました。
フリート王太子殿下以外の方とは殿下に気づかれないよう短時間で終わらせる代わりに、かなり過激で大胆な行為もなさっていたようです。
一度目の人生のとき、卒業パーティで私と一緒に婚約破棄されたのに侯爵家のご子息に請われるままお金を貢ぐカテリーネ様には驚きました。二度目のとき、彼の顎に肉がついたという理由で、あっさり切り捨てたことにも驚きましたが。
カテリーネ様にとって侯爵家のご子息は観賞用の存在だったようです。
彼女にも問題があるのは百も承知ですが親友としては、たとえ最初は愛を感じていたとしても浮気を繰り返された挙句お金をせびられていたのでは、見た目が好きなだけと割り切るようになるのは当然のことだと思います。
お金はあっても家格の違いで、カテリーネ様のほうからは解消しにくい婚約でしたし。まあ今回は罪人との婚約などいつでも解消出来るはずです。
今回は前回カテリーネ様に聞いたお話を元に、侯爵家ご子息の体の弛みを指摘して差し上げていたのです。
シャルロッテ様と騎士団団長のご子息ヘルベルト様については、侯爵家ご子息と魔導士団団長ご子息の件を仄めかしたことで、思い当たる節があったのかヘルベルト様ご自身が彼らとのお付き合いをお止めになられました。
証拠集めのために泳がせていただけで、今回は一度目のときほど騎士団の予算を流用されてはいません。もちろん国王陛下と騎士団団長のお考えで泳がせました。
「最後にフリート王太子殿下」
「……」
私が微笑むと、フリート王太子殿下は縋るように見つめていた瞳を落としました。
一度目の人生のとき、私は彼を愛していました。
男を雇ってテナシテ男爵令嬢を襲わせたという冤罪を被せられて婚約を破棄されても、実家で引き籠っている間も、彼女の売国行為が暴かれて即位していた彼が高位貴族達によって密かに始末されたと父や兄に聞いたときも、迷わず殿下の後を追うくらい愛していました。……不幸な人生でした。
二度目の人生のときも私は彼を愛していました。
一度目の最期に知った知識を利用して早急にテナシテ男爵令嬢が隣国のエティエンヌ殿下に(正確には従者のサミュエルに、ですが)情報とお金を流していた事実を暴いて国王陛下に報告し、婚約破棄は免れました。ですが即位したフリート王太子殿下は彼女の売国行為は私によって被せられた冤罪だと思い込み、王妃となった私の寝室にはいらっしゃいませんでした。二度目の卒業パーティのときは男爵令嬢に冤罪を被せたとして責められましたっけ。
やがて子を成せぬ王妃として実家に戻されて……幸せな人生でした。
今回も幸せになる予定です。
フリート王太子殿下とお別れする代わり、彼にも真実の愛を確かめて幸せになっていただきたかったのですけれど、どうやらそんなもの最初からなかったようですね。
あ、テナシテ男爵令嬢は外患誘致による国家動乱罪で死刑と決まっています。男爵家にも捕縛の兵が押し寄せているのではないかしら。ご実家はエティエンヌ殿下のことはご存じなかったと思うけれど、娘のドレスやアクセサリーがどこから来ていたのかを知らなかったなんて許されませんもの。
「最初から隣国の間諜ではなかったとはいえ、簡単に国を売るような女性の色仕掛けにかかるような人間をこの国の王には出来ないと国王陛下はおっしゃっています」
「……こっ、この国には私以外王子はいない!」
「いいえ」
「ほかにいると言うのか? まさか父上に隠し子が?」
「エティエンヌ殿下はどの国の王にも相応しいお方です」
「そうよそうよ!」
「君達は黙っててくれる?」
余計な発言が混じりましたが、私は気にせず話を進めます。
「あの誠実な国王陛下に隠し子などいらっしゃるはずないではありませんか。ただ今王妃殿下がフリート殿下の弟君を身籠っていらっしゃるのです」
まあ妹君かもしれませんし、ご無事にお生まれになるまでは安心できませんけれど。
「……ベ、ベアトリーチェ。さっき君が私の『元』婚約者と言ったのは……」
「事実です。国王陛下の命によって、私達の婚約はすでに解消されています」
二度目のときはテナシテ男爵令嬢を排除しても、フリート殿下の側近達の悪事で国がボロボロになりましたからねえ。
今回は焦ることなく、ですが被害は最小限に抑え、国王陛下を始めとする頼りになる方々(もちろん我が家の父と兄も協力してくれました)の助けを借りて証拠を固め、ようやくこの状態に持ち込めました。
私はもう一度微笑んで、フリート殿下に告げました。
「ですが国王陛下は、すべての処罰は卒業パーティが終わってからにするとおっしゃってくださいました。皆様、パーティを楽しみましょう!」
罪人達が逃げ出さないよう会場の周りは近衛兵が囲んでいますし、パーティ料理はすべてカテリーネ様のお腹の中に消えてしまっていますけれどね。
パーティが終わったら、私は実家の公爵領へ戻ります。
そこには幼いころから仕えてくれていたのに、魔導学園にはついて来てくれなかった護衛騎士がいます。男性でしたので婚約者のフリート殿下にいらぬ誤解を抱かれないようにとの配慮だったのでしょうが……二度目の人生で王妃でなくなった私を支えて幸せにしてくれた人です。
彼は可哀相な元王妃ではない私のことも愛してくれるでしょうか、今度こそ妻にしてくれるでしょうか。
さすがに元王妃が公爵家の騎士に嫁ぐことは出来なかったのです。
たとえその望みが叶わなかったとしても、彼を愛する人生を選べた私は、二度目のときと同じように幸せになれるでしょう。
……今怖いのは、いつかまた四度目の人生が始まることですが、彼を愛し彼に愛された記憶がある限り、私は幸せになれると思います。いいえ、幸せになれると知っているのです。
これが真実の愛なのかどうかは知りませんけどね。