【第19話】救出作戦(前編)
彼女の姿を再び目にしたその時、私は自分でも意外な程に心が安らぐのを感じていた。
司令部を目指して突き進む二人の少女―エレネアとセリーヌ。二波、三波と敵部隊が立ち塞がったが、その全てをことごとく返り討ちにしていく。とは言え流石にあまりにも多勢に無勢が過ぎた。どうにか司令部の入口には辿り着けた時には、既に二百を超える数の敵が集まっていた。
「突入するわ! 私が前を行くからあなたは側面と後ろをお願い!」
建物内では小回りの利く武器を持つ自分の方が有利。そう判断したうえでのエレネアの指示だが、予想外なことにセリーヌはその場で彼女に背を向けた。
「私はここで敵を足止めしますわ! 王女様のこと、頼みましたわよ!」
「危険よ! 一緒に来なさい!」
エレネアが引き留めるものの、セリーヌは首を縦には降らなかった。
「心配なさらずとも適当に暴れた頃合いで隙を見て撤退しますわ! それに私の得物では屋内戦には向きませんもの」
彼女の決意は固そうだ。ここは彼女を信じることにして、エレネアは先を急ぐことにする。
「……分かったわ。危険を感じたらすぐにでも撤退するのよ!」
「えぇ! 自分の限界くらい分かっておりますもの!」
戦友の無事を祈りつつ、エレネアは司令部に突入した。魔石灯の眩い光に照らされた廊下を行く彼女の前に、敵の守備隊が立ち塞がる。
(手厚い歓迎ね)
廊下の正面、途中の部屋、螺旋階段の上。あらゆる方向から襲い来る敵を、エレネアは右手の長剣と左手の短剣の二刀流で斬り伏せていく。
曲がり角から現れた敵兵には出会い頭に眉間を一突き。前後の部屋から同時に現れた敵に挟み撃ちを受ければ即座に正面の敵の首を斬り飛ばし、そのまま背後に剣を投擲。先に倒した敵の剣に持ち替えて先を急ぐ。
「なっ、なんだこいつは!?」
「メイドぉ!? あのセリーヌとかいう女騎士とは違うのか!?」
驚愕の声を上げる敵兵達。向かってこない敵までは相手にしない。今はとにかく一分一秒でも時間が惜しいのだ。
(ティアヴェラ、どうか無事でいて……それにセリーヌも他の皆も、上手く脱出していて……)
仲間達の身を案じながら、エレネアは最上階を目指してなおも走る。
◇
その頃、司令部入口前に一人残ったセリーヌは敵の大部隊と対峙していた。敵兵の数は更に増え、今や三百を超えている。三百対一。普通なら一瞬で決着が着く程の圧倒的な物量差だが、双方ともに動きは無く睨み合いが続いていた。
彼女の傍には骸と化した帝国兵がざっと六人分、いずれも胴部を横一文字に両断された格好で横たわっていた。勇気か無謀か最初に挑んできたその六人は、しかしセリーヌの大剣の一振りでこの有様となっていた。そこからはこの膠着状態だ。
帝国兵の中からひそひそと呟く声がする。その声は次第に部隊全体へと伝播していく。
「お、おい、大剣を振るう金髪の女騎士って言やぁ……」
「まさか……アンダルシアの筆頭騎士……なの!?」
「名は確か……そうだ、セリーヌだ!」
その名が出た瞬間、敵部隊は誰からともなく後ずさった。
「セリーヌと言えば……先の戦争だと奴一人に何百人殺られたか分からねぇぞ!」
「帝国騎士バーレス殿も確かあいつに……」
その帝国騎士の件はセリーヌ自身の手柄ではない為、本来ならあまり誇りたくはなかった。が、今回ばかりは利用させてもらうことにした。ツヴァイハンダーを構え、高らかに名乗りを上げる。
「いかにも。私がアンダルシア王国筆頭騎士、セリーヌですわ! 死にたい方からかかってきなさい! 帝国騎士でも他の誰からでもよろしいですわよ?」
効果は覿面。敵兵士達は更に後ずさる。今は敵を倒すのが目的ではなく、エレネアがティアヴェラ王女を救出する時間を稼げば良いだけだ。このまま攻めあぐねてくれるならそれが最善。が、そう都合良く事が進むはずがない。
「えぇい! 小娘一人に何を怯えておるか!」
競技用かと見紛うばかりの重装備のプレートアーマーを着込み、馬に騎乗した騎士が声を張り上げた。彼は弱腰の部下に苛立ちを感じていると見える。
「見ておれん! 私自らが行く!」
騎士がランスを構え、全速力の突撃を仕掛ける。普通なら回避を試みるところだが、セリーヌは一歩も退かずに大剣を上段に構えた。
「覚悟ぉぉぉっ!」
彼のランスがセリーヌを貫かんとする瞬間、彼女は剣を振り下ろした。速く、鋭い一撃だった。その一撃はランスどころか馬の頭をも斬り飛ばす。のみならず、その勢いのままに騎士も馬の胴体さえも真っ二つに断ち切っていた。
ドサリと人馬の胴体が地面に崩れ落ちる音を最後に、一帯は一瞬の静寂に包まれる。
夜風に舞うセリーヌの金髪が月明りを受けて美しく輝く。彼女が大剣を構え直すと、同じく月明りを反射するその刃には赤い液体が滴っていた。
やがて敵兵の一人がその静寂を破った。
「じょ、冗談じゃねぇ! こんな奴に勝てるかよ!!」
「帝国騎士殿をお呼びしろ!」
「馬鹿! あの方々は今は前線だろ!」
それを皮切りに敵兵は一斉に背を向けて撤退を始めた。自棄を起こして突撃してくる者も少数だがいることはいた。だが無策で正面から突っ込んでくる敵などセリーヌにとっては案山子も同然だった。
◇
その頃、司令部の執務室にてティアヴェラ王女は事の推移を固唾を呑んで見守っていた。
ゼーベック総督の下に矢継ぎ早に訪れる伝令と、命令を伝えるペルチェ司令。何が起きたのかは彼らの会話からおおよそ想像ができる。捕虜が脱走し、その中のごく少数がこの司令部に向かっているとのことだ。
(もしかしてエレネア!?)
確証は無かったが、彼女にはそうに違いないと思えた。だがそうだとしても迂闊に動くことはできない。下手な行動を取って逆にエレネア達を窮地に陥らせるようなことがあっては元も子も無いからだ。それが理解できているからこそ、彼女は今は情報収集に徹する。
「ぬぅ……まさか包囲を突破されるとは……」
焦りを隠せないと言った表情で呟く総督。状況はあちら側に不利と窺える。
「こんなことなら帝国騎士を一人でもこちらに残しておくべきだったか……」
「今更言っても始まりません、閣下。今はこの状況をどう切り抜けるか。それが肝心です」
彼を窘めるのは懐刀のペルチェ軍師だ。総督と違い、彼には焦りや動揺は見えない。
「それにこの場には帝国騎士でこそありませんがアレン兄弟もいらっしゃるではございませんか」
軍師はそう言って周囲に控える三人の騎士を見回した。彼の期待に応えるかのように、騎士達は一糸乱れぬ敬礼をする。彼らは三人とも顔も背格好も似通っている。三つ子か、そうでなくとも歳の近い兄弟なのだろう。
(あの人達、帝国騎士程ではないとは言え結構な強者みたい……)
じわりじわりと不安が募るティアヴェラ。彼女とてエレネアの実力は知っているが、司令部の護衛を任されるような騎士をしかも三人同時に相手にするなどは無理がある。
エレネアが助けに来てくれるのは嬉しい。が、その為に彼女が命を落とすようなことは絶対に避けたい。
ティアヴェラが悩みながら事の成り行きを見守っていると、にわかに階下が騒がしくなってきた。騒ぎの元は少しずつこちらへと近付いてくる。やがて防衛にあたっている兵士達の怒号と悲鳴までもが聞こえる程に近付いてきた。と、次の瞬間、唐突に執務室の扉が勢いよく開かれた。
「ティアヴェラ! ここにいるの!?」
姿を現したのは両手に長剣を手にした、青髪に真紅の瞳のメイド。彼女にとって誰よりも大切な人――エレネアであった。
「メイドだと!? 貴様、何者だ!」
「はて? セリーヌでもオルディアスでもない……と? これは少しばかり想定外ですな……」
大仰に驚くゼーベック総督と、珍しくこちらも意外そうな顔をするペルチェ軍師。そんな彼らのことは意にも介さず、エレネアはこの部屋に一歩踏み込む。
「ティアヴェラ! 良かった。無事だったのね……」
「エレネア! 来てくれたのね!」
先程まで悩んでいた彼女だったが、こうしていざエレネアの姿を見るとやはり嬉しさと安心感が勝る。だがすぐに彼女は自分の為すべきことを思い出した。
「エレネア! 私、すぐに王都に戻らないと! みんなに伝えないといけないことがあるの!」
今の状況で詳しく説明する余裕は無かったが、エレネアはそれだけで事情を察してくれたようだ。
「分かってるわ。そういう訳だからティアヴェラは返してもらうわよ」
両手に剣を構えてこちらへと歩み寄るエレネア。だがその行く手に三人の騎士達が立ち塞がった。
「待て! ここより先には通すわけにはいかぬ!」
「総督閣下よりティアヴェラ王女を敵の手に渡すなとのご命令だ」
「それでも進むと言うのなら我々を倒してから行くことだな」
彼らもまた剣を抜き臨戦態勢。彼らかエレネアか、どちらかが動けばすぐにでも戦闘が始まる。まさしく一触即発の状況だ。
「期待しておるぞ、アレン兄弟!」
「エレネア、負けないで……!」
一同が見守る中、三人の騎士と一人のメイドがわずかな距離を取って対峙する。どちらかが後一歩でも前に出れば間合いに入る、そんな距離だった。




