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Ⅱ-24 鉛筆と紙



買出し部隊が購入してきた物資は多く、心配していた薬草や医療用品も十分補充できた。

そのおかげで隙間なく埋められた肩掛けカバンが、新たに増えた腰袋とともに歩くたび肩に食い込んできて前後に揺れている。

補給された物資は各個人に振り分けられていた。

中でも最後に荷を渡されたエミは、何がどれだけ購入されているのか知らない。気にもしていない。好奇心は今休業中で、この道のりが終わってしばらくするまで出てくる気配はない。


「エミ~・・・大丈夫ですか?」


「・・だいじょうぶ。大丈夫。セディオンこそ・・大丈夫?・・・傷が痛かったら言ってねぇ」


リュックがあればなあ・・・

部隊が戻り、小一時間もしないうちに出発。

座ってやっていた薬草摘みのおかげでほんの少し回復した体力も、歩き出せば本調子には程遠いことがわかる。

単純に男と女の歩幅の違いや、鍛えた体と便利な社会に身を窶したものの違いか。戦いもせず、食糧確保もせず、なおかつ休みなく買い出し部隊に参加したでもない自分がいうことではないことは重々理解しているから決して口には出さないが、言いたいことはたくさんある。

一言でも口にすれば止まらないであろう愚痴と弱音と泣き言と。

言わない。そもそも理解されない垂れ流しの心のへどろ。

ああ。日本のように持ちやすく頑丈で背負う方が疲れず、防水加工が施してあり、尚且つ物が沢山入るリュックのようなものが欲しい。贅沢をいえば台車がいい。本音を言えば車が欲しい。痛み止めももっと効くものが欲しいし、ゆっくり布団で眠りたい。トイレも行きたい。お風呂も入りたい。

叶わないことばかり、全部だめなら・・・


「仲間がほしいなあ・・」


「え?」


「いやいや。大丈夫・・・・ほんとに。私の持ってるのはカバンと袋一つだし、残りはフォルさんが持ってくれてるから。ね。セディオンはしっかり歩くこと。足も完治してないんだから」


確かにきつい・・・だが

自分自身の怪我の完治もしていないセディオンの申し出は即時却下。

初めて会った日の姿は今も目に焼きついている。満身創痍のあの姿。守るべき存在だった少年。

有事には戦わないといけないのなら、いらない負担までかけたくなかった。


「でも肩の傷は大丈夫なんですか?布で吊っているし悪化したんじゃ・・・?」


「大丈夫。ラウールさんに見てもらったから。痛み止めも飲んでるし、カバンは無事な肩にかけてる。ほんとにだめなら誰かに声をかけるから。ありがとう」


あはは・・・と駄目押しに引きつった笑顔をつける。

セディオンの目は、左肩から曲げて大きめの粗布に吊り下げられた腕を諦めがたい様に見ている。

骨折患者のようなこれは、ラウールに相談した結果痛みの軽減や肩の負担を減らすための簡易的処置だ。

まだ膿んだりはしていないようだけれど、傷事態は赤く、熱を持って腫れているらしい。それはうすうす気付いていたことだけれど、今後の状態によって切開し焼いたりする必要があると言われた。可能性は高いとも。


嫁入り前のの身体に傷が・・・など微塵も思わない。

顔だったらさすがに気にしたかもしれないけれど肩の後ろなんて普段見せることも見えることも無い場所だ。それよりも、早く処置でも何でもしてもらって作業を出来るようになれた方が良い。

腰に括りつけたロニンの束に、鎮痛剤の乱用を見透かされ注意は受けたけれど、溜息ついて胃が痛むようになったら言うように言われただけだ。今のところ症状は無い。

食欲が無いのも、肉を食べられないのも別の原因だし、きっと過ぎ行く時の中で解決する。

最初こそ肩の痛みを隠そうと考えていたけれど、結局手におえなくなった時のほうが迷惑をかけたり、自身の評価が下がると言う点を考慮して、ラウールに打ち明けた。

結果的に良かったと思う。

「ここまでなる前に本当は言って頂きたかったですけどね」と厭味なのか心配してくれているのか分からないが、今後は定期的に診せる約束もした。

頼んでいた物も貰い、事態は好転しているように思えた。

全く何も誰も頼らずにたった独りきりで生きていくことは出来ないだろう。

増して女の身では不自由なことも、危険も多い。これからも人との係りは必須。頼らなければならないことも、教えてもらうこと、学ぶことは数限りない。


だが、そのなかで出来る限り自立したいと、出来るだけ自身の足で立ってゆくためにどうしたら良いか。ずっと考えていた。

考えて考えた末に浮かんだものは、貧困な自身の考えを現してはいたけれど。

こっそりと頼んだものがこの世界に或るのか、また高価なものでないか・・・。無一文で世話になっている身。高価なものだったらどうしようと思っていたがラウールは10本組のペンと束になった荒半紙を二冊くれた。ピンからキリだが、探せば安いものもあるらしい。


隊の休憩時に気がついたことや学んだこと、この世界での知識を書き込んでいく。


夜に書き込めば良いとは思わない。


理由の一つとして、灯りは限られていて自分ひとりで使えるものではないこと。

二つ目は、体力も無い足手まといが夜更かしをして体力を削るなど愚か以外の何者でもないこと。

三つ目は、行軍は昼だけでなく夜も続けることがあること。

特に、物資補給のための休憩以後、隊は進むスピードを上げたように思う。

危険を感じたのか、この旅の終わりが近いのか。

分からないが実際問題として、休めるときは休んでおかないと強がりも持ちそうに無かった。


肉刺が潰れても、治る暇を待たずに次の肉刺が出来ては潰れていく。

足は常に張っていて、熱を持ち、靴を脱ぐ時は感覚さえ麻痺している。

それでも良いほうで、靴を履き、最初の一歩を踏み出すときはとんでもなく痛むのだ。


足に効く薬や、薬の元となる葉の見分け方に作り方、買い方に売っている場所。売る方法に物の値段。お金の価値や種類。平均的所得に最低所得。

一つのことを学べば、十も二十も知らなければいけないことが増えてくる。

物事は単体ではなく、すべてが繋がっており、何も知らぬ者の学ぶことは無限に或る。


だから、いつか読んだ物語のように日記でも始めようなどという気は毛頭無く、書き記すものは只ひたすらに知識やそれに対しての考察のみ。

生きるために必要なものから。

記憶に残すのにも限界がある。自分の頭の限界は自分が一番知っている。

何よりコンピュータや携帯、ボタン一つで情報や知識を繰り出し、昔のように電話番号一つ思い出せない現代人として、27年弱生きてきた社会人として、人は忘れる生き物だということが痛いほど分かっていた。




何冊必要になるのか予測もつかないこのノートに、生きていくうえで必要な知識を書き込んで、隅までいっぱいになった頃・・・


一人で生きていけるようになっているのだろうか。


この世界で生きていこうと思えるだろうか。




果てしなく思える未来に、光明は僅かで。


横で笑ってくれるセディオンの存在は有難かった。













自分の事に精一杯で、周りの人が優しくて、警戒心が緩んでいたのは確か。


人は優しいばかりではないことを、改めて思い知るのはこれから十日後。


この世界に来てからは二十日目。旅の終わりに辿り着いてからだった。





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