八月十二日
「社。どうして三年なのに二年の補習に参加しているんだ?」
「一年前の復習でーす!」
シャツの襟元をばたばたさせる教師の問いにチカは、はつらつと答えた。
蒸し風呂状態の教室に彼女の声が反響する。
(こいつには暑いって感覚がないのか?)
隣で黒板を写すチカの頭と肩には、昨日の光景と同じくかまいたちが乗っていた。
チカが首に巻いている濡れタオルに体を押しつけている。
太陽がまぶしい時間帯に毛深い動物がまとわりつく様子に、見ているだけで汗が噴き出してくる。
扇風機の回る音が余計に暑苦しい。
もちろんクーラーなんて文明の利器はない。
校舎全体が熱せられているせいで、窓全開にしても熱風をかき混ぜるだけだ。
机に置いたペットボトルも全面が結露して、数滴が表面を流れ落ちていく。
凍らせておいたのに、中では氷塊がぷかぷか浮かんでいる。
「学年三位以内が後輩の補習になんか来るなよ」
チカは二年連続生徒会長をしていて補習とも無縁の成績だ。
昔からお節介だったけれど、物の怪の捕獲をいっしょに始めてからは長期休みの補習にまで毎回ついてくるようになった。
「学年五位以内の秀才が補習なんてご愁傷様」
容赦ない返答に精神がえぐられる。
これだから女の幼なじみっていうのは。
「おれたちからしたら、ふたりとも嫌味だっての!」
「まっとうな補習組には、まぶし過ぎる」
前の席に座るサクとマサノリが、ふり向く。
サクはべこべこ音をさせて下敷きをあおぎまくり、マサノリは携帯用のミニ扇風機で風邪を送っている。
赤点常連組のふたりとは補習でも顔なじみだ。
「無駄口叩いていないで、ちゃんと書き写せ。雨宮、試験の成績が良くたって出席日数がぎりぎりなんだから真面目に受けろ」
言われなくたって分かっている。
だから毎日の補習に顔をだしているじゃないか。
「生活態度だって内申に響くわよ~」
「うっせぇよ。一年早く年取るくせに」
「その三百六十五日の差が人生経験の差よ。お子様」
(またガキ扱いして)
こうやってチカの言葉に反応するからだって分かってんのに。
でも、憎まれ口でも叩いていないと飲まれそうで。
頬杖をついてノートの罫線に視線を落とした。
それでも真横の存在が気になって仕方がない。
制汗剤と合わさった甘い臭いが鼻をくすぐる。
わずかに首を傾げて目にその姿を映した。
(まぶしい)
逆光に、いつもは下ろされた髪がポニーテールになって揺れる。
つっと頬を流れる汗をタオルで拭いペットボトルを手に取った。
こくりと動く喉。
何気ないひとつひとつの動作に見入ってしまう。
思わず自分も唾を飲んでいた。




