第60話 青法の災難
ギルド 青法詩典の区画の1つに、反神思想者隔離施設と呼ばれる監獄エリアがある。
簡単な話、彼等が 神 と定めた都合の良い解釈をされた リスティナ の教えに対し、反抗、敵対、曲解した考えを持った彼等に対しての罪人を収監する施設である。
その一番奥に位置する途轍もなく大きな建物は、危険度S級犯罪者を収容をする場所であり研究施設を兼ねた青法の重要拠点となっている。
1度投獄された者は、2度と外に出ることは許されない。
仮に出ることを許されたのだとしたら、その人物は既に人格を弄られリスティナを神とし崇めていることだろう。
彼等の考えでは、この現実世界にゲーム エンパシスウィザメント のデータを侵略させ、人々に能力という 神の力の片鱗 を与えた存在こそが 神 リスティナ であり、人々を神の領域に近付けることがリスティナの目的であると考えている。
そして、六大ギルド…かつ、青法詩典こそが神の領域に踏み込むことを許された人間という考え、神の力の一端を自分達以上に使い、尚且つ、自分達に敵対の意思を示している
クロノフィリアは神への反逆者であると決めつけている。
そんなある日のことだった。
突然、区画内に侵入者が訪れたのだ。
最初に彼等、青法のギルドメンバーが思ったのはS級犯罪者を解放を目論む者、つまり現在収容されている犯罪者の仲間の線だ。だが、違った。事態は彼等にとって想像の斜め上を行っていたのだ。
その男は、夜にやって来た。
猫背で歩き、生気の感じられない青い顔色と目にはクマ、ボロボロの服を着た青年がトボトボとした様子で収容所前に立ち止まったのだ。
当然、警備は即座に動く。
警備兵全員に持たされている、物体と魔力、どちらの防御をも貫通する特殊な銃弾が装填されたアサルトライフルの銃口が侵入者へ突き付けられた。
男の後ろでライフルを構えた1人が、あることに気付く。
男の首筋に刻まれた ⅩⅧ の刻印を…。クロノフィリア…。全員が小さく、そう呟いた。
男は余りにも無防備だった。
あっという間に拘束され連行された。クロノフィリアの1人を捕獲した。それは、瞬く間にギルド内にいる幹部達に知れ渡ることとなった。そして、ギルドマスターにも…。
青嵐は男を見た。そして、実験を開始した。
そして、思い知った。クロノフィリアという化け物を。
男の名は、矢志路というらしい。
その名前をゲーム時代に聞いた、見たことがある者は多かった。何せ、ソイツに喧嘩を売って生き残った者は…いないのだから。手配書が出回っている1人。手配書に顔が載るということは、それだけゲーム時代に六大ギルドに被害を与えたということ。クロノフィリアに手を出してはいけない。そう噂される要因になった人物なのだ。
メンバーの証である 18 の刻印。能力は不明。口元に見える牙から種族は吸血種であると予想された。つまり、太陽に弱い。弱点が判明することは大きい。 何か 起きた時の対処が出来るという事なのだから。
これで、クロノフィリアに対抗する手段を獲得できる!。
…と考えた者も少なくなかった。人体実験と称される研究が始まる前は…。
実験は失敗に終わる。
血液を採取しようにも針が曲がる。
電気を流し服従させようにも電気が反れる。
肉を取ろうにもメスが曲がる。
能力をぶつけても当たる前に曲がる。
何をしても干渉出来なかった。
拘束できているのにだ。つまり…コイツは自分の任意で干渉度合いを選択できる…。
その日、以降…厳重警戒と24時間の監視体制により矢志路は施設内にある最も深い地下にある牢獄に入ることになる。
干渉できない以上、青法は傍観することしか出来ないのだから…。果たしてこれは、捕縛と言えるのだろうか…。認めたくはないが、青法は完全に矢志路の手の平の上だった。
驚くことはそれだけではなかった。
矢志路は、何事もないように 外出 するのだ。
彼が歩いた後には身体を型どるように壁やドアが歪み、道が出来ている。青法側からしたら堪ったものではない…。しかし、どうすることも出来ない中、青嵐はある決断を下した。
白蓮と青嵐との間で交わされている協定。
クロノフィリアを敵視することに関して情報の共有、物資の供給を行う。この状況を知る白蓮から輸送されている 能力を無効化するフィールド を発生させる装置。それが、あればこの厄介な状況を打破出来る。
装置は、もうすぐ届けられる。そう明日だ。そうすれば、如何にクロノフィリアであろうとも…。
青嵐は、大幅な人員を導入し明日に備える。厳戒態勢の中、後…1日早く行動していればと後悔することとなる。
そう…すぐそこまで迫っているのだ。
史上最強の驚異達が…。
ーーー
護衛の兵士の1人は恐怖していた。
矢志路。クロノフィリアのメンバーの異常な能力は映像で視せられていた。あらゆるモノの干渉を防ぐ能力…確かに考えられない程強力な能力だ。だが、あくまで映像越しであり自身に向けられた敵意などではない。
兵士は戦慄した。此程までに違うものかと。
一言で表現すれば、それは 嵐 だった。一方的な暴力、奴が過ぎ去った後には無惨な残骸しか残っていなかった。
『はぁ…はぁ…。』
何とか隙を見つけ物陰に隠れた。
遠くの方で壁が壊されていく音が聞こえる。見つからないで。見つからないで…。心の中で神に祈った。
暫くして音が止んだ。別の建物に移ったのか…。もう少しここに隠れていよう…と思った矢先に…。
『よぉ?かくれんぼは終わりか?。ちょっと聞きたいんだがよ?矢志路って奴を知らねぇか?。』
コイツは壁を突っ切って…。
『化け物…。』
悪魔がこっちを見ていた…。恐怖に目の前が真っ暗になった。
ーーー
『ったく。気絶しやがった。広すぎんだよ。』
気絶した男を放り投げ溜め息をつく。
『見つけたわよ。』
天井の影から現れる忍。
『おっ!流石だな!神無。』
『あんたが雑なのよ。煌真。』
『で?どこよ?。』
『一番奥にある大きな建物よ。』
『ん?ああ、あれか。』
窓から見える一際目を引く建造物。
『早速向かうか。』
『ええ。そうね。』
腰を抜かし撤退していく青法のギルドメンバー達を余所に堂々と正面突破する煌真を呆れ顔で付いていく神無。
『待ちなさい!。』
『ん?。』
誰だ?この女?。
建物の前には刀を携えた女。入り口の前に陣取り行く手を阻む。
『貴女の顔は手配書で見たことがありますね。クロノフィリアメンバー…煌真。』
『はあ?勝手に人の名前を呼んでんじゃねぇよ。てめぇこそ誰よ?。』
『失礼しました。私は青法詩典…七詩法が1人、時雨と申します。』
『時雨?知らねぇな。で?』
『あなた方…クロノフィリアの方々をお待ちしておりました。』
『はあ?俺達を?』
『こちらへ、矢志路様がお待ちです。』
『や…矢志路…様だぁ?。おい!神無!どうなってんだ?って、いねぇし!。』
煌真は時雨に付いていく。
薄暗い階段を降りていく。
時雨は完全に矢志路の魔眼に操られてるな…あの引きこもりは何をしてるんだ…?。
そして、煌真は言葉を失うことになる。
目の前の馬鹿げた光景に…。
ここ…牢獄…だよな…?。
『矢志路君。これどう?美味しいよ?私の特製のフランクフルトだよ。』
『…。』
『ご主人様…眠い…。』
『…。』
『ご主人様~。私ぃ~。寂しいんですぅ~。慰めてぇ下さいぃ~。』
『…。』
なんだこれ?。
煌真は無言で牢獄を後にした。
俺…何しに来たんだっけ?。
その後は塀の上に登り、ただ…ぼーっと空に浮かぶ月と星を視ていた。
『あんた…こんな所で何してるのよ?』
神無が影の中から現れる。
『はん?お前こそ何処行ってたんだよ?急に居なくなりやがって?。』
『色々調べてたのよ。青法の情報とかね。警報機を鳴らないように壊しておいたわ。で?矢志路君には会ったの?。』
『ああ、居たぞ。まあ、お前も見て来いよ。どうせ影の分身で居場所しか確認してないんだろう?何となく俺の気持ちがわかんじゃねぇか?。』
『何よ?あんたの気持ちって…良いわ。ちょっと行ってくる。』
…そして神無は言葉を失った…目の前の光景に…。
『ねぇ?矢志路君。お腹減らない?私の血飲んでも良いよ?。私は矢志路君のモノだからね?。』
『…。』
『ご主人様…僕のも…良いよ?。』
『…。』
『あん…ご主人様ぁ~。私も、ご主人様のモノですぅ~。どうぞ私の血をお飲み下さいませ。』
『…。』
神無は無言で牢獄を後にした。
…私…何しに来たんだっけ?。
その後は塀の上に登り、ただ…ぼーっと空に浮かぶ月と星を視ていた。
『分かっただろ?。』
『ええ。ハーレムが形成されていたわ。』
『…。』
『…。』
これから…どうしよう…。
普段、仲の悪い2人の心が1つになった。
そして、それに気付いたのは2人同時だった。
『この気配は!。』
『この感じ…。』
2人の心は歓喜に震えた。
『旦那だ!。』
『主様!。』
近くまで来ていた閃の気配を感じ取った2人だった。