第5話 潜入と迎撃
深夜1時過ぎ、普段から音の発生源の少ない廃墟が建ち並ぶ区画に無数の影が終結していた。
その1つに涼が隊長を務める部隊が襲撃ポイントの西側に整列していた。
『皆揃っているか?』
彼らの頭部に装着されている装置は身に纏う微量の魔力や声の振動を外部に漏らすことなく会話ができ、更に、暗闇で活動する場合、昼間と同様の明るさの視界を確保できる機能が付いているモノだ。
これは、全ての部隊員に配布されている緑龍絶栄の科学力で生み出されたモノだ。
『はい。全員、配備完了であります。』
涼のすぐ後ろに控えている少年が返答する。
『ありがとう。和里。相変わらず見事な指揮だ。』
『いえ、隊長の指導の賜物であります。』
年齢は中学生くらいだと本人から聞いた。ゲーム時代に俺と一緒にパーティーを組んだこともある少年。名前を和里。
ゲームの先輩として俺が色々と教えたことで今でも俺を慕ってくれている。
『いや、和里たちの努力があってこそだ。胸を張って良い。』
『隊長…。』
『今回の任務は過去ゲーム時代を含めて最高の難易度になる。決して、自分の力量以上のことはせず命の危険を感じたら迷わず撤退するんだ。』
俺のその言葉と雰囲気に隊員たちが息を飲む。
『それは、どれ程危険なのでしょうか?』
別の隊員が小さく手を上げ質問してきた。
彼も和里と同じく俺がゲーム時代から育てた刕好という少年で和里の同級生という話だ。
『…』
何て答えれば良いのか。本当のことを教えてしまって隊員たち指揮に影響は無いだろうか?
そう彼らは知らない。何せ彼らはゲームを初めてまだ1年程度しか立っていなかったのだ。レベルも50から高い者でも70。決してクロノ・フィリア相手に勝負になるようなモノではない。
『隊長、刕好の質問と同質の質問なのですが、1つお聞きしても宜しいでしょうか?』
『何だ?』
『我々がこれから奇襲をかける存在。クロノ・フィリアとはどのような存在なのでしょうか?』
言葉に詰まってしまう。
『…』
『も、もちろん配られた資料には目を通しました。暗記もしています。ですが、その内容が余りにも不鮮明な部分が多く、目を通しただけでは全く理解できませんでした。』
俺の沈黙を 怒り と勘違いしたのか和里が早口で言う。
『いや、すまない。怒っているわけではないんだ。ただ、お前たちにどう説明すれば良いのか考えていた。』
『そ、そうでしたか。失礼しました。』
安心したようだ。
『まず、想像や憶測を含めてもいい。お前たちが資料を読んで思い描いたクロノ・フィリアの実体を聞かせてくれないか?』
『…はい。わかりました。』
少し考える素振りを見せる和里。
刕好や他のメンバーたちと小声で相談しているようだ。
2分程で考えが纏まったのか乱れた列を整え和里が話し始める。
『クロノ・フィリアとは、かつてエンパシスウィザメントがゲームだった頃に存在した最強のギルドであり、数々のクエストを常にトップのスコアでクリアしたと記されていました。』
『うむ。そうだ。』
『クロノ・フィリアの構成メンバーは23人。その内、人相が判明しているメンバーは10人。それ以外のメンバーは現段階では不明である。また、判明しているメンバーの能力などもわかっていないが、レベルは全員が最高の120である可能性は高いとされる。以上が報告書に書かれていた内容です。』
『そうだな。よく理解しているな。流石だ。』
『あ、ありがとう御座います。』
『加えるなら、クロノ・フィリアは23人という小規模なギルドであるが、その力は六大勢力以上と俺は考えている。』
『そ、そんな方々に我々は奇襲をかけようとしているのですか?』
『…そうだ。』
全員が沈黙する。僅かに震えている者もいる。無理も無いことだ。これから、攻め込む先には、おそらく…この世界で最強の存在が待っている…ということなのだから。
『安心しろ、お前たちは俺の後方支援を行ってもらうつもりだ。』
『後方支援ですか?』
『ああ。敵はクロノ・フィリア。下手な奇襲は余計なリスクを高める。ならば、奇襲は少ない人数でやるべきだ。加えて、レベル120の能力者に決定的なダメージを与えることが出来るのは隊長である俺だけだ。』
『成る程です、了解しました。』
俺は最初からこうするつもりだった。おそらく、今回の奇襲は幹部たちが俺たちを囮にデータ収集することが目的だと俺は睨んでいる。クロノ・フィリアの強さは幹部たちが一番理解しているはず、なのに俺たちの部隊が奇襲に選ばれた。隊長以外が一般兵レベルのこの部隊を。つまり、俺たちは緑龍絶栄という組織から使い捨てにされたということ。
『くっ。』
『隊長?』
悔しさが顔に出たのか隊員たちが心配そうな顔をしていた。
『いや、心配ない。俺を信じろ。』
『は、はい。』
今まで何度も言った言葉。隊員たちの安堵した表情を見るだけでどれだけ俺を信頼してくれているのかがわかってしまう。
『お前たちだけでも…俺が護る。』
隊員たちには聞こえないように言葉にならないような小さい声で心に誓う。
と、その時。
ピピピピピピピピ。
耳元でアラームが鳴った。
作戦決行の合図だ。
『行くぞ。皆。』
『『『おう!』』』
俺たちは音もなく駆け出した。
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俺たちに与えられた侵入経路を突き進む。
最終目的地である酒場から南に位置する古い商店街跡地に俺たちは足を踏み入れた。
『隊長、ここまで特に何もありませんでしたね。もっと罠などが仕掛けられているものかと思っていたのですが。』
『油断するなよ。ここは既に敵地だ。どんな能力者がいるかわからんぞ。』
『了解です。』
木陰に隠れながら通りを進み広い中央付近に差し掛かる。
『止まれ。』
俺の一言で部隊の足並みが乱れることなく止まった。
『誰だ?そこにいるのは?』
暗闇の先に声をかける。こんな時間に廃墟に佇んでいる人影。それが、ゆっくりと動く。
『ああ。一つ聞いていいか?』
そこに現れた人物に見覚えがあった。
『隊長。コイツは手配書にあった顔です。クロノ・フィリアで最も懸賞金の高い…名前は…閃。』
和里の一言に部隊に動揺が走る。
どうやら俺たちは一番の 当たり を引いたらしい。
『あんた等が俺たちに喧嘩吹っ掛けて来たっていう連中か?』
実に自然な様子で質問を投げ掛けてくる男。
だが、俺の心境は質問に対する答えを考えている余裕は失われていた。
それどころではないのだ。
『隊長…どうしますか?』
『…』
『隊長?』
反応のない俺に不安になった和里が俺の服の袖を強く握った。
『黙りかい?ってことは、あんた等が侵入者ってことだな?』
目の前の男がポケットに入れていた手を出した。
特殊な魔石の付いたグローブと独特な模様の施された腕が露になった。
『悪いけど。ここから先には通せないんでな。アンタら全員倒させて貰うぜ?』
男が構える。徒手空拳で戦うタイプのようだ。
俺はヤツの姿を目視した時点であるスキルを発動させた。
それは【情報看破】という目視した相手の能力の詳細を見ることが出来るというもの。
作戦遂行には相手の情報は不可欠だ。このスキルを使えば相手の名前やレベル、果てはスキル構成とその効果まで知ることが出来る。
自分とのレベルの差で見える範囲は変わり、俺のレベル110以下の能力者のデータは全て見ることが出来るが、目の前に立つ男のステータスは名前とレベルまでしか見ることが出来なかった。
『隊長…どうすれば…』
『バカな…ありえない…』
『え?』
『レベル…150だと?』