第4話 侵入者
『おや?…はぁ…誰かが僕の 箱 の中に入って来たね。』
静寂を破ったのは、そんな無凱のおっさんの一言だった。何とも言えない表情でうわ言の様に呟き、めんどくさそうに後頭部を掻きながら上半身を起こす。
『やだねぇ。結構な人数だよ?これ。レベルは…何人か100超えがいるね。』
ため息と共に吸っていた煙草の火を消した無凱。
『本当かい?無凱?』
マスターの質問を肯定するように手を上げる無凱のおっさん。
『あっ…。お兄ちゃん。瀬愛の 糸 にも誰か引っ掛かったの。』
『まじで?て、ことは、やっぱり侵入者?』
世愛の防犯用に張り巡らされた 糸 にも何者かが触れたらしい。糸はクロノ・フィリアメンバー以外には見えないようになっていてメンバーの行動範囲には張られていない。
『数は…ざっと数えて…100…200前後かねぇ。』
『200…』
『しかし、驚いたな。こんなレベルが限界突破してる化け物しかいない魔境みたいな場所に侵入してくる人がいるなんて。』
マスターも驚いて持っていたグラスをテーブルに置いた。
『えーー。せっかくシャワーアびたのに、またアセかかなきゃいけないのぉー。』
光歌が基汐の膝に顔を埋めながら言う。
『心配すんなって。光歌の代わりに俺が戦ってやるから。』
『ダーリン…カッコいい…』
目がハートになっている光歌の頭を優しく撫でる基汐。
なんだろう、イライラする。
『どうする?おっさん?』
『ん?まぁ、この場所にあんな人数で来るなんて十中八九狙いは僕らだろうし戦うしかないかなぁ。あんまり乗り気はしないけどね。』
『殺さない程度に情報収集でいいかい?』
『ああ、それは各自に任せるよ。もう少し深いところまで入って来たら勝手に情報は集まるだろうし。クロノ・フィリアにちょっかいかけたってことは、それなりの覚悟はしてきてるだろうからね。何処の誰か知らないけど危険だと思ったら容赦しないように。』
『では、各自持ち場に行こうか。あんまり時間は無いみたいだから。』
『了解。』
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クロノ・フィリアというギルドの存在を知らない者など、あのゲームをプレイしていたプレイヤーならいないだろう。
それだけ有名であり、その他大勢のプレイヤーの憧れだった。
30人にも満たない少人数でありながら、数多くの伝説クラスのクエストをトップでクリアし、ゲーム内における六大勢力にも恐れられてたんだ。
あの最強の存在だったラスボス クティナを最初に撃破してみせたのだってクロノ・フィリアだった。
『ふぅ…』
何とも言えない胸のモヤモヤを吐き出すように大きな溜め息をした。
俺の名前は荒岸 涼。
ゲームの反映されたこの世界では 涼 で通っている。
レベルは110。ラスボス クティナを倒したことでレベル限界突破を入手するも120に上げる前にゲームの時代は終わってしまった。
『クロノ・フィリアか…』
俺は、姿すら見たことの無い彼らに憧れた。決して届かない夢だということはわかっている。
だけど、彼らと肩を並べて戦いたい。出来ることなら同じギルドに所属したい、そんな思いの中で彼らはクティナを倒した後ゲームプレイヤーたちの前から忽然と姿を消したんだ。
そして、この現状に陥ってしまった。
俺の所属するギルドは六大勢力の1つで緑龍絶栄という。
ギルドとしての能力の特徴は、自然界から生成されるエネルギーである マナ を能力に利用するというものだ。
組織は主に能力の研究を行い、能力のシステムやレベルという概念の仕組みを解き明かすため日夜活動している。
ギルド長はもちろん、最高幹部たちはその能力を極限まで極めた化け物であり、その方たちのお陰で他の勢力とも渡り合っている。
そんな昨今、幹部の一人であり直属の上司から俺にある命令が下された。
その内容とは、自身の配下全てを従えクロノ・フィリア本拠地と思われる場所へ攻め込み可能な限りの情報を集めよ、というものだった。
また、生け捕り、場合によっては殺害も許可する。その場合、確実に連行及び死体の回収をせよ。といった内容も書かれていた。
ギルドの命令は絶対であり、俺は今まで与えられた任務は確実に遂行してきた。躊躇いなどなくただ己のギルドのために、だが、今回の件で初めて心が揺らいだ。
憧れた存在たちと戦わねばならなくなったこの状況を呪った程に。
クロノ・フィリアの情報はギルド内を通じて俺の耳にも入っている。今回の任務で明かされた場所には確実にクロノ・フィリアは潜伏しているだろう。
そう、確実にだ。
つまり、戦いは避けられない。
ラスボスを倒した彼らのレベルはおそらく限界突破の特典がついていると思われるため最高でレベル120。また、目撃情報などを照らし合わせ潜伏場所には10人程が出入りしているものと推測できる。
『レベル120が約10人か…』
恐るべき事だ。レベル120と言えば六大勢力全てを合わせても100人もいないだろう。
我が緑龍絶栄ですら12人くらいなのだ。
下手をしたら全滅もあり得る戦いになる。
『よぉ。涼ちゃんよぉ。通路のど真ん中で辛気臭い顔してどーしたよぉ?』
『狂渡…』
突然、後ろから声をかけてきたのは、俺と同じようにクロノ・フィリア襲撃作戦に選ばれた部隊の隊長の1人だ。
『いや。クロノ・フィリアは強敵だからな。隊員たちの安全や任務遂行の方法などを色々考えていた。』
『はぁ。相変わらず真面目ちゃんだねぇー。そんなもん、力押しプラス不意討ちで十分行けるじゃんよぉー。』
『そんな簡単にはいかない。彼らの伝説を知らない訳ではないだろう?』
『そんなもん、ただの噂話だろう?実際に奴らを見たこともないのにそんなに怯えちゃってなぁ。どうせ、大した連中じゃないだろうよぉ。』
『確かに実際に見たことはない…が、手配書だって出回っている。他の勢力も彼らを恐れている証拠だろう?』
『なぁに。俺たちなら大丈夫さ。今回参加する五つの小隊の人数は合わせて200人。俺ら隊長クラス5人全員がレベル110。確かにレベル120の奴ら相手に真正面から攻め込めば全滅だろうけどなぁ。』
『ああ。その通りだな。』
『だが、今回の作戦はあくまで奇襲だ。しかも夜。1人ずつ誘い出して静かに仕留める。そうすれば簡単だ。俺の能力が冴えるぜ。それに、俺たち隊長クラスには噂の装備が支給されたじゃねぇかぁ?』
『確かに、お前の能力なら奇襲に適していることは認める。そして、お前の言う通り俺たちには切り札がある。だが相手はクロノ・フィリアだ。用心するに越したことはない。』
『まったく、心配性だなぁ。』
肩を竦める涼。
そこに、3人が歩いてきた。
『涼。お待たせ。』
『柚羽。』
真面目そうな少女が声を俺に声をかけてきた。
『狂渡さんの言う通りですよ。涼さん。俺たちの力は幹部たちも認めてくれてるじゃないですか?例え、噂のクロノ・フィリア相手でも通用しますよ。なっ、威神?』
『関係ない。羽黒よ。俺は自身の力を試せればそれで良い。』
小柄な背丈に飄々とした態度の羽黒と2メートルを越えガッシリとした体格が特徴の威神。
やって来た3人とも俺と同じ小隊の隊長で全員がレベル110の精鋭だ。
緑龍絶栄の第3軍部隊長を任されている。
『あんたたちね。涼の言う通りよ。相手は数々の伝説を作ったあのクロノフィリアなんだから油断は禁物よ。』
『はいはい。わかってるよ柚羽ちゃん。それより今度の夜どうよ?そろそろ涼にも飽きてきたんじゃない?』
『何を言っているんだ?狂渡。』
『生真面目な涼と付き合ってたら疲れちゃうって、俺なら柚羽ちゃんを縛り付けたりしないよ?好きにして構わない。ただ、ちょっとお願いを聞いてもらうだけさ。ちょっとね。』
『バカじゃないの?涼と私の間にあんたが入る隙間なんてないの。わかったんなら早く準備してきなさい。』
『はいはい。冷たいねぇ。同じ仲間なのに。』
『狂渡さんは相変わらずですね。他の女子なら即お持ち帰りするのに。ククク。』
『うっせぇよぉ。羽黒。』
『痛っ!?ちょっと腹いせに殴らないで下さいよ。』
『黙れ。行くぞ!羽黒。威神!』
『ああ。』
『あっ。ちょっと待ってくださいよ!』
狂渡、羽黒、威神の3人が通路を進み、自分達の部屋に入っていった。
と思ったら、威神だけが部屋には入らず此方へ戻ってきた。
『どうした?威神?』
『涼、柚羽。今回の作戦…隊長である俺たちは分散して奴等の廃墟に侵入する。』
坦々と話す威神。
『ええ。その通りよ。』
『地理的に互いに援護することは難しいと思われる。あの馬鹿二人が何を考えておるかは分からぬが…自身や隊員の身が危険だと判断したら迷わず撤退することを考えておけ。』
そう言うと威神は再び部屋へ戻っていく。
『威神。お前も気を付けろよ。』
威神の背中に叫ぶ。
『…ああ。』
一言残し部屋の中へ消えていった。
『涼。威神くんっていい人よね。』
『ああ。アイツはとても頼れるやつさ。』
柚羽は狂渡と羽黒の部屋をチラッと見ると。
『こんな時だっていうのに、あの2人はふざけちゃってさ。アイツらにも威神の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわ。』
『はは。彼らも実力はあるんだからもう少し真面目に行動すれば良いんだがな。』
『涼のこと絶対格下に見てるわよアイツら。許せないわ。』
『俺は大丈夫さ。それより今回の任務、気をつけてくれよ柚羽。』
『ええ。相手があのクロノ・フィリアですもの何が起きても不思議じゃないわ。』
『何かあれば必ず連絡してくれ。必ず駆けつけるから。』
『ふふ、ダメよ。嬉しいけど。まずは、自分と貴方の部下たちの心配をしなさい。貴方は最高の隊長なんだから。隊長としての責務を果たしなさいね。私のことは心配しないで。』
『ああ。…そうだな。でも、もしもの時は連絡してくれ。』
『ありがとっ。もしもの時はそうさせてもらうわ。だから貴方は安心して自分の任務に専念してね。』
『ああ、任せてくれ。』
俺は改めて気を引き締め直す。
今夜、いよいよ決行される最高難易度のクエストへ挑むために。