第43話 150と0
『…はぁはぁ…どうだ?これが…はぁはぁ…僕の力、出来る男という証明だぁ…はぁはぁ…。』
翌朝。このキメェ、チビデブに…ああ、浮斗士だ。浮斗士のヤツに連れられ病院跡の研究施設へ案内された。
昨夜の夜這いでの一件で浮斗士は俺から若干の距離を取っている。相変わらず俺と話す時の息遣いと視線はキモいままだが。樺緒楽のへんたい野郎は体調が悪いらしく今日はいない。
まあ、理由は分かっているが…。
連れてこられたのはモニターの並ぶ監視室。モニターには研究施設の様々な部屋や廊下、外の様子が映し出されていた。
『ん?。この魔力…。』
建物の内から僅かに感じる。氷姫の魔力。既に中に侵入して戦闘をした…という事か。
『おや?…はぁはぁ…如何されましたか?』
『いや。なんでもない。それより、この部屋で何を見せてくれるんだ?。』
『それはだな…はぁはぁ…。そこの画面を…はぁはぁ…観てほしい。』
『はあ?。』
浮斗士の指差した画面を観る。そこに映っていた薄暗い広い空間。特に大きな6面モニターに映っているのは、大きな試験管が並んでいる様子だった。
試験管の中には緑色の液体。
そして、モニターの1つに一際大きな試験管が映ってる。
『あれは何だ?試験管?。それに、あれは…人間か?』
『そうです…はぁはぁ…人体実験用の試験管です。そして…はぁはぁ…あの大きな試験管に入っている者こそ…はぁはぁ…我が研究所の最高傑作にして最終兵器…はぁはぁ…その名も【完成された人間】です。』
『完成された…人間…。』
『ヤツは非常にグルメでね…はぁはぁ…餌は人間なんですが…はぁはぁ…能力者は食べず能力を持たない…はぁはぁ…無能共しか食べないのです。』
『能力を持たない…。』
『今ではすっかり少なくなってしまった…はぁはぁ…無能共ですが…はぁはぁ…とあるスジから定期的に入手する方法を…はぁはぁ…手に入れてね。まあ、僕の交渉術!手腕なんですがね…はぁはぁ…。』
なるほど…あの地下から連れ出されていた人達は…。
『どうです?…はぁはぁ…僕のこと認めてくれましたか?。』
『いや。まだだな。決定的な 何か を見せて欲しいな。』
下品な視線が俺の身体を舐め回すように動く。
『ふふふ。そう言うと…はぁはぁ…思ってましたぞ!。』
『ああ?。何かあるのか?。』
『ちょうど今し方…はぁはぁ…この研究施設に侵入した…はぁはぁ…愚か者のネズミが2匹いましてな。』
モニターの映像を操作する。映し出されたモニター…広い空間の入り口がズームされる。
氷姫。ともう1人、知らない女。
『あの女は水鏡という名で…はぁはぁ…地下で無能共を匿っていたヤツでして…はぁはぁ…レベル100の雑魚のクセに…はぁはぁ…わざわざ無能共を助けに来たんですよ!ははは。愚かでしょ?。』
『水鏡…。』
その女が氷姫と一緒に行動か…。
ということは…大方、このチビブタに弱みでも握られた訳だ。
『ふふふ。今から面白いものが…はぁはぁ…観れますぞ?。ついでに音量…はぁはぁ…も上げましょう。』
そこから流れた映像は…。
氷姫と水鏡が試験管内の男を発見したところだった。
『お と う さ ん。』
何?。お父さん?
氷姫の親父は…あの時…。
あんな顔の氷姫…見たのは久し振りだな…。
科学者っぽい服装の男が現れ試験管の男を解放。
『観てて下さい…はぁはぁ…あれが完成された人間ですよ。』
『なっ…。』
巨大な男が…科学者を食いやがった…。頭からバキバキ、ボリボリと…。
あれは、もう人間じゃねぇな…。何が完成された人間だ…ただの化け物じゃねぇか…。
『どうですか?凄いでしょ?あれこそが完成された人間。食した人間を即座に消化しエネルギーに変換する吸収力、人間の限界を超越した身体機能と柔軟な筋組織。冷静な分析力と対応力、学習し記憶する思考力。そして、驚異的な再生力!凡そ人間という生物の機能を極限まで強化したのですよ!。これこそが僕の力ぁぁぁああああ!!!。』
余程、自信があるのか…よく喋る。
『しかも…あの男は…はぁはぁ…数年前に自分の妻を殺し娘を犯し…はぁはぁ…続けた犯罪者!。いるんだねぇ~そんなクズ男。ははは。』
クズがクズを貶してる…。
『ん?あれは…。』
別のカメラの映像…建物の外を映すモニターに智鳴の姿が映っていた。
俺はスキルで無凱のおっさんの能力を発動させた。
そんなことをしてる間に戦闘は始まっていた。
動きの悪い氷姫の攻撃を受けても再生する化け物。凍りつけられても…バラバラになっても元に戻っていく…そして、動きも…少しずつ洗練されている。氷姫の突きを指だけで止めるとか…。
『そういえば、さっきから研究成果のヤツが…はぁはぁ…俺の娘と言っていますね?もしかして、あの女が犯し…はぁはぁ…続けられたというアイツの娘ですか?ははは。これは良い!。』
氷姫が腹を殴られ吹っ飛んだ。
氷姫の様子が変わる。
『あっ…。ぐっ。ん。ああ…。あああ…。いやっ。いやっ。いやっ。いやぁあああああああああああああああああああ!!!。』
突然、豹変し叫び始める氷姫。
『氷姫さん!しっかりして下さい!氷姫さん!。』
水鏡も混乱している。
『ははは。叫んじゃってまぁ。可哀想に犯された…はぁはぁ…時の事でも思い出したんでしょう。愚かにもここに忍び込んだバチが…はぁはぁ…当たったようだ。もーーーーーーっと!苦しんでもらわっぷべば!?。』
俺はチビデブを蹴り飛ばす。モニターに頭から突っ込み気絶したようだ。
『お前が氷姫のことを話してんじゃねぇ。』
そして、仕掛けた 箱 の中から智鳴が顔を出す。
『閃ちゃん。もう出ても良い?。』
『ああ。行くぞ。』
『うん!氷ぃちゃん!今、行くよ!。』
スキルを発動。胸元に刻まれる ⅩⅣ の数字。そのまま床を全力で殴り付けた。
『助けて…。閃…。』
ああ。当たり前だ!。
俺は化け物の顔面を本気でぶん殴った。
『当然だ。助けに来たぞ。氷姫!。』
『…閃…。』
ああ。そうだ。お前はそうやって笑っていろ。
ーーー
『智鳴。やる気のところ悪いが氷姫達を守ってやってくれ。コイツはマジでやらないと勝てない。』
『う…うん。』
智鳴が氷姫と水鏡を庇うように立つ。
『炎舞 炎華舞台。炎舞 炎狐。』
智鳴のスキルで2人を守るように炎が立ち上り、9匹の炎の狐が周囲を守護する。
『智ぃちゃん…。』
『安心して!アイツに氷ぃちゃんは、もう指一本触れさせないから!。』
『ありがとう。』
その様子を見て、つい嬉しくなり笑ってしまう。
さて…。
『今のは…何だ?。ああ。記憶にあるなぁ。身体が吹っ飛ぶ体験は2回目だ。』
起き上がってくる化け物にはもう傷は無かった。
『よお。化け物。映像で観ていたが随分と人間離れしたじゃねぇか?。刑務所はそんなに辛かったか?。』
『お前は…記憶に…ないな。何者だ?。』
『言わねぇよ。馬鹿が。何でも簡単に知れると思うな。それにしても煌真の拳でもダメージ無しか…。はは、難易度が高ぇゲームだな!。』
俺は右目の眼帯を外し左右で色の違う瞳が現になる。右目にはNo.ⅩⅩⅣの刻印。
『ああ。その目に刻まれた数字…。アイツの記憶にあるな。クロノフィリア。そうか。お前はそういう存在か。』
『記憶まで引き継ぐ…か。』
『ああ。お前のような女のこと。記憶にあるな。美しい。だ。お前も。食いたいな。』
『キメェことぬかすな!。さて、始めるか化け物!俺の仲間を泣かしたヤツは許さねぇ!。』
胸元の刻印は Ⅲ 。
『ならば、俺もお前を殺す。』
『ああ。来いよ。全力でな。』
この瞬間、レベル0と150の戦いが始まった。
ーーー
『これが! 殴る だぁ!。』
巨大な右の拳が迫り、紙一重で躱す。
『おっと。あぶねぇな。お前は再生するからな。取り敢えず色々試させて貰うぞ!。3!氷華神剣!まずは、もう一度凍れ!。』
氷姫の能力を宿した剣で殴り伸ばされている右腕を切断。斬り口は凍りつく。
『これは…さっきの…氷?。これは…もう覚えた。』
筋肉を高速で動かし発生する熱と膨張で氷を破壊する。氷姫が全身凍らせても駄目だったんだ氷じゃお前を倒せない。
斬られた腕は生え変わり再生。床に落ちた腕は口の中へ。
『7!炎舞神剣!今度は燃えろ!。』
今度は智鳴の能力を宿した剣。氷で駄目なら炎と単純な発想だ。
『今から次々に剣を持ち替えてお前を斬り刻む。せいぜい抵抗しろ!。』
『今度は…連続で行くぞ!!。』
拳と剣撃の打ち合い。
互いの肉体の最高速度でぶつかり合う。
ヤツは単純な拳の弾幕。だが、一撃一撃を繰り出す度、受ける度に攻撃の精度と速度は上がり攻撃力が…また、皮膚が硬質化して防御力が向上していく。
『14!剛拳神剣!。』
『12!砲撃神剣!。』
『15!糸毒神剣!。』
『5!重過神剣!。』
『22!獣爪神剣!。』
『18!呪血神剣!。』
『8!龍皇神剣!。』
『23!月影神剣!。』
『11!聖光神剣!。』
『13!天眼神剣!。』
『19!雷光神剣!。』
『9!聖魔神剣!。』
数十秒の攻防が止む。
『…覚えたぞ。』
攻防の末、失った箇所は即座に再生していった。しかも、同じ箇所、同じ軌道、同じ攻撃は即座に対策し必ず対応して来やがる。
俺が攻撃した回数は約80…その全てが受けきられた。
『はぁ。氷撃、炎撃、拳撃、砲撃、雷撃、毒撃、呪撃、光撃、圧撃、斬撃…物理も効かず、属性攻撃も効かない…と。』
『なら。どうする?。お前の攻撃では俺にダメージを与えられないぞ?。』
『随分と流暢に話せるようになったじゃないか?。』
『ああ。何故か再生する度に意識がハッキリし、取り込んだ記憶を自分のモノにし扱えるようになった。』
『ほう。今のお前は誰だ?。食った科学者か?氷姫の親父か?。』
『…俺は…俺だ。』
『そうか。』
別々だった記憶が融合したようだな。
『それでどうする?。俺は 完成された人間 だ科学の最終形だ。お前に俺を倒すことなど出来んぞ。』
『へっ。クロノフィリアを舐めんじゃね。No.10!吸魂神剣!。おらっ!防いでみろや!』
『今更、そんな単調な攻撃を?俺にはもう効かないぞ?。』
『無理だがなっ!』
『何!?。』
斬撃を受け止めようとした化け物の腕を俺の剣はすり抜け、そのまま振り抜いた。
『何だ…今のは…腕をすり抜けた?。っ!?腕が…動かない!?。』
『ああ。これは俺の妹の能力でな。斬った対象の魂を食らう。物理に強い、てめぇでも防げねぇ攻撃だ。良かったな。ここに妹が居なくて…居たらてめぇは瞬殺だ。』
『馬鹿な!?。俺は完成された人間だぞ?。俺に効果のある攻撃など!?。』
俺は再び剣を構え直す。
『これは…この感情は記憶にあるぞ。恐怖だ…。怖いだ…。知ってる。知っているぞ!。』
『やるか…。』
『ま…待つんだな!お前ら!。』
『ん?。』
『何?。』
突然の横槍。
ああ。気が付いたのか結構本気で蹴ったんだがな。チビブタ。
『お前!よくも僕を蹴りやがったな!許せない!許せない!許せない!お前などもういらん!おい!何をしている化け物!速く!その女を殺すんだな!。』
激昂に任せて怒鳴りまくるチビブタ。
『ああ。ちょうどいい。』
『おい!何でこっちに来るんだ?あの女だ!あの女を殺すんだ!。』
『お前を。食う。』
『はっ?おいやめ!あっぎゃゃああああ!。』
頭から食われるチビブタ。不味そう…。
『うん。旨い。』
ええ…。あれが?。
『やはり食うなら能力を持たない人間だぁ。腕も…うん。動く。魂とやらはこれで再生した。だが、コイツの記憶はいらないな。使えない…。』
『だろうな…。』
『そして、理解した。もう覚えた。』
『やれやれ。試してみるか。』
『無駄だ。』
『はっ!?。』
懐に飛び込み一閃。だが、すり抜けるどころか肉すら断てなくなりやがった。
『ちっ…。』
灯月の剣を解除する。
この化け物は食うことで魂を補給したどころか耐性まで獲得しやがったのか。
『どうだ?無駄だったろう?。』
『そう…みたいだな。』
『礼を言う。』
『礼だぁ?』
『お前は俺に様々なことを教え、学習させてくれた。お陰で強くなれた。』
『もう、勝った気か?。』
『ああ。俺にもう油断は…ない!。』
『なっに!?。』
速い。一瞬で背後に回られた。
『死ね!。』
『死ぬか馬鹿!。』
振り下ろされる拳を身体を捻って躱す。その拳が地面を抉り半球状の穴を作った。
『4!機甲神剣!。』
足に装着される機械で出来た靴型の剣。取り付けられたブースターを起動し、魔力のジェット噴射で高速移動。
『はっ!。』
高速移動状態での蹴り。
『お前が言っただろう。物理は効かないと。』
『ああ。知ってるよ!。』
そのまま、蹴りの勢いを殺さず懐に潜る。
『6!転炎神剣!。これは効くだろう?。』
『むっ!?これは!?この炎は?。ぐぉぉおおおおおおおおおお。ぐぅぁぁああああああああああああ!?!?!?身体が朽ちる!何だこれは!。』
『【綺麗な状態】に戻す能力。今一ピンと来ない能力だが。お前はどこまで戻る?。』
『ぐぅぅぁぁぁあああああああ!ぐっ!まだだ!。』
炎から抜け出した化け物。まさか自力で抜け出すとは…だが、その身体は…。
『はぁはぁはぁはぁはぁ。恐ろしい攻撃だ…ここまで俺の身体を侵食するとは…。』
2メートル以上あった身長は170センチ程に縮み…四肢の筋肉は半分の細さに…肉体筋量も成人男性と同じくらいまでに落ちた。
『残念だがこの能力では相手を殺せないんだ…。』
『はぁはぁ…なら、どうする?。まだ俺はやれるぞ?。』
『ああ。だが、終わりだ。』
俺はスキル【二重番号】を発動。
No.ⅩⅩⅣからNo.0へ。男の姿へと替わる。
『何だ…その姿は…。』
『こっちが本来の姿だ。』
神具の指無しグローブを装備する。
『なる…ほどな…。ああ。記憶にある。これが緊張か…。』
『こうなった以上、お前に勝ち目はねぇ。行くぞ。』
『ああ。』
化け物も悟ったようだ。次の行動が互いの一撃をぶつけ合うモノだということを。
そして、化け物は気が付いている。もう自分に勝ち目が無いことを。
『はっ!。』
『だぁ!。』
化け物の拳が腹に命中する。
俺の拳が化け物のみぞおちに命中する。
『やっ…だっ!?』
『終わりだ。』
ほぼ同時の攻撃だった。
化け物の攻撃はスキル【初撃無効】で威力を失い、俺の一撃は化け物の肉体を拳に乗った魔力と衝撃で内部から破壊した。
『がっ…がっ…がっ…。』
化け物が苦しみだし痙攣する。
『死んではいないが。暫く動けねぇ。ついでに、俺の魔力を流し込んだからな再生も出来ねぇぞ。』
俺は再び女の姿に戻る。
『氷姫。』
『………うん。』
勝利を確信した時点で智鳴はスキルを解いたようだ。周囲を覆っていた炎と狐が消えていた。
俺の呼び掛けを理解した氷姫が歩み寄る。
『お前がやれ。』
俺がトドメを刺しても意味がない。
氷姫自身が乗り越えなきゃいけない。
過去の…心の痕…。
『安心しろ。この建物には、もう人はいない。』
『………。』
頷く氷姫は、化け物と向き合った。
『がっ…がっ…。』
『………。お父さん…もう。私の中から。消えて!。』
氷姫は槍を化け物に突き刺した。
『神技…。』
太陽を雲が覆い隠す。そして、雪が降り始める。雪は物体に触れると巨大な氷の結晶となり降り注ぐ全てを包み込んだ。それは、室内であっても変わらない。どこからか発生した雪に室内も一面氷に覆われた。
『氷獄乱華。』
この日、病院だった建物を包み込んだ大きな氷の花が咲いた。
『乱。』
そして…砕け散った。
散る氷は桜のように舞いキラキラと幻想的に輝いていた。