第13話 戦いの終わりに
俺は、元 緑龍絶栄所属 涼。
伝説のギルド クロノ・フィリアのメンバーで、その中でも最強と噂されている閃さんとの戦いの後、『ついて来い』と言われるがままにその後ろを部下たちと共に歩いていた。
ふと、部下たちの様子を伺う。
教え子の和里と刕好を含めた14人が緊張と不安が半々の表情で俺の後ろを歩いていた。
『閃さん。これから何処に?』
『ん?ああ、これからお前たちを俺の仲間が集まっている喫茶店に連れて行くんだ。』
『喫茶店…では、そこがクロノ・フィリアの本拠地なんですか?』
『まあ、そうだな。勝手な奴らが多いから10人くらいのメンバーしか利用してないけどな。他の奴らなんて顔すら見せない奴だっているんだぜ?まったく。』
『なるほど。緑龍絶栄が調べていた情報は半分は当たっていたんですね。』
『そうだな。まあ、表立って隠してるわけじゃないんだけどな。副リーダーも言ってたけど、俺たちみたいな化け物がいる巣窟にちょっかい出すなんて自殺行為だし。』
『確かに…そうですね。緑龍絶栄の本部でもクロノ・フィリアメンバーのレベルは全員が120の可能性有りという憶測しか出来てないみたいでしたし。』
『実際、150だしな。』
『ははは、それを知った時は絶望しました。』
『細かい話は追々知れると思うから取り敢えずは互いの自己紹介とこれからの方針でも決めようか。』
閃さんが足を止めた先には、周囲の崩壊した空間の中で完全に場違いな雰囲気を出している明るめな喫茶店があった。
深夜ということで外灯は消えているが、店の中から優し目な明かりが僅かにもれていた。
『涼たちが潜入して1時間20分ってところかな。この中に居る涼の仲間は、柚羽って娘の部隊と、威神っていう男とその部下数人。俺たちとの戦いで生き残ったみたいだな。それ以外は全滅だ。』
『…そうですか。威神も無事。』
アイツは仲間思いの良い奴だ。生き残ってくれたことに安心した。
たった1時間20分で終わった潜入任務。クロノフィリアがどれだけ規格外の存在なのか改めて理解した。
『さて、入ろうぜ。皆待ってる。』
閃さんが扉を開け カランカラン と扉に付いていた鈴が鳴り響き俺たちは喫茶店の中に入っていった。
『ここが…』
店の中は静かな雰囲気が漂う空間だった。
視線を右から左に動かし周囲の様子を確認する。
『閃くん。おかえり。後ろの子たちも、いらっしゃい。』
奥にあるカウンターに立つ男性が何かの飲み物をシェイキングしながら閃さんと俺たちに声をかけた。
『ただいま仁さん。涼たちも適当に座ってくれ。』
仁さん、閃さんに聞いた話ではこの人がクロノ・フィリアの副リーダーだと言っていたな。
カウンターに立つその姿は如何にも『できる男』といった佇まいだ。
閃さんは店の奥へと歩き出し、それを見た俺たちも後を追った。
『にぃ様、お帰りなさいませ。お怪我が無くて安心しました。』
『ああ。ただいま。灯月。お前も無事で良かった。』
閃さんに満面の笑みで近づくメイド姿の少女。
にぃ様?彼女が閃さんの妹なのか?。
小柄だが服の上からでもわかるスタイルの良さ。つい目が向いてしまう大きな胸元には Ⅹ の刻印が刻まれ、長い髪が左右で白と黒の2色に分かれ、背中が大きく開いたメイド服からは髪と同じく白と黒の小さな翼が左右に生えていた。
おそらく、レアな種族の 聖魔翼族 だろう。流石クロノフィリアだ。極めてレアな種族を持つ方が普通にいるなんて。
彼女は、閃さんの上着を脱がし店の横に備え付けてある服掛けに持って行った。
『閃ちゃん。おかえりぃ。』
『閃。お帰り。』
小さな階段を降りた閃さんはテーブルを囲む様に置いてある一番奥のソファーの真ん中に腰掛けると自然な流れで両側に2人の女の子が座った。
『ただいま。智鳴、氷姫。』
閃さんの左には智鳴と呼ばれた狐の耳と尻尾を生やした少女が寄り添うように座り、右には、氷姫と呼ばれた小さな本を読んでいる真っ白な少女が座る。
まるで、そこが定位置と言わんばかりに自然な形で収まった。そして、先程のメイド服の少女が静かに閃さんの後ろに立つ。
狐の少女、智鳴は、和と中のイメージを足して2で割ったようなデザインの衣装で身を包み、ちらりと見える腹部に刻まれたⅦの刻印。そして、揺らめく炎のような色の耳と尻尾から彼女もまたレアな種族で 天炎妖狐族 で間違いないだろう。
もう一人の本を読んでいる静かな少女は、頭の天辺から足の先までが殆ど真っ白で包まれている。短いスカートから覗く太股に刻まれた Ⅲ の刻印。長い髪はもちろん眉毛や睫毛に至る全てが白かった。その白の中にあって唯一の水色の瞳が特に目立っている。
彼女の種族は正直解らなかった。
『閃くん。お疲れ様。』
『お兄ちゃん!』
『賢磨さんもお疲れ様です。瀬愛も怪我は無いか?』
『うん!全然何ともないよ!』
閃さんの座った斜め向かいのソファーに座っていた細身の男性とその膝から勢い良く飛び降りた小学生くらいの女の子。女の子は閃さんの膝に飛び乗るとその胸に顔を埋めた。
痩けた頬に細い眼鏡の細身の男性は、普通のセーターを着た休日のおじさんといった雰囲気だ。だが、その外見のひ弱さとは裏腹に
圧倒されるような鋭さを微かに感じる。只者ではないと俺の直感が訴えている。
この方も外見の特徴から種族を特定できなかった。
そしてもう一人、自然と閃さんの膝に飛び乗った小さな少女。背丈や雰囲気から小学校の低学年くらいだろうか。特徴的な長く赤い布を頭から髪に巻き付け、手には甲に水晶が埋め込まれたグローブをしていた。
こんな小さな少女までメンバーにいるなんてクロノ・フィリアとは本当に興味が尽きないな。
あっという間に女の子たちに囲まれた閃さん。しかも、囲んだ女の子たち全員が閃さんに対して特別な感情を持っていそうな空気を感じる。
『これが伝説のギルドのエースか…。』
そんな言葉が俺の口から漏れた。
『貴方が涼様で宜しいでしょうか?』
ふと、後ろから声をかけられ振り返る。
そこには、ウエイトレス姿の女性がいた。
『はい。そうですが。』
『涼様が部隊長様とお聞きしていますがお間違えありませんか?』
『はい。そうです。』
『わかりました。では、こちらに。』
訳も解らずウエイトレスの女性の後をついていく。
『お連れの方々はこちらの席にお座り下さい。』
今度は渋い男性の声がした。後ろを見ると隊員たちに執事服に身を包んだ白髪で初老の男性と眼鏡をかけた見た目の若い男性が声をかけ、用意された席に誘導していた。
隊員たちも困惑気味に彼らに従っている。
『やあ、こんばんわ。君が涼くんかい?』
『はい。そうです。』
カウンターに立つ 仁 と呼ばれていた男性が優しい笑みで声をかけてきた。
『色々あって疲れただろう?まずは飲み物でもどうだい?』
『頂きます。』
『緊張している様だからカモミールティーでも用意しようか?苦手じゃないかい?』
『はい。大丈夫です。』
『お連れの方々も同じで大丈夫かい?』
『はい。お願いします。』
『了解。少し待っててね。』
そう言うと仁さんがカウンター裏へと姿を消す。
『もう、飲みすぎです。どれだけ飲めば気が済むんですか?』
カウンター席の一番端から聞き覚えのある声が響いてきた。
『いやぁ。おじさん飲まないと調子でないのよぉ。ああ、取らないでぇ。』
『ダメです。何で戦闘中は、あんなに凄かったのにそれ以外はだらしがないのですか?』
『おじさん。これでも結構頑張ってたんだよ?柚ちゃん強かったしぃ。』
『指一本で圧倒してたじゃないですか!もう、しっかりして下さい!』
『あと、1杯だけ。柚ちゃん。お願いします。』
『………はぁ。いつもこうなのですか?』
『いつもはもっと酷いよ?』
『何でどや顔?やっぱり没収です。』
『そんなぁ。御慈悲を、御慈悲を。』
『むぅ。じゃあ本当にあと1杯だけですよ?』
『良いのかい?ありがたやー。ありがたやー。』
『まったく心のこもってない棒読み。いただきました。』
何故か。満更でもない感じの表情の柚羽と仲良さげに話している手配書に記されていた見覚えのある人物 クロノ・フィリア リーダー 無凱 が夫婦漫才の様な会話をしていた。
『柚羽?』
『えっ!?涼?』
俺の声に驚いたのか、肩をビクリと弾ませて振り返る柚羽。
『涼!』
そして、心配そうな顔で俺の元に駆け寄ってくる。
『涼!良かった。無事で。大丈夫?怪我は無い?』
俺の身体をぺちぺちと叩きながら異常な場所を探す柚羽。
『大丈夫だ。閃さん…俺の憧れた人に治して貰ったからな。むしろ、出撃前より健康なくらいさ。』
『そう…。』
安心したのか。小さくため息を吐く柚羽。
『おや。君が噂の涼くんだね。』
いつの間にかカウンター席から柚羽の後ろに立っていた無凱さん。無造作に生やした髭を触りながら聞いてきた。
『あ、はい。初めまして、涼と言います。』
『おお、ご丁寧に。俺は無凱と言います。知ってると思うけど一応クロノ・フィリアのリーダーやってます。』
『はい。手配書で見ました。』
『ははは。嫌だねぇアレ…まあ、気楽にね。』
そう言うと、俺の頭を撫でる無凱さん。
『うん、君も良い子だねぇ。』
『え?』
そう言い残し、席に戻っていく無凱さん。
『涼。本当に無事で良かった。私心配で心配で。』
『俺も、柚羽が無事で安心してる。』
軽く抱き合い。互いの無事を確認し離れる。
『仁ーーー。酒ーーーー。おかわりーー。』
と、そこに無凱さんの一言が耳に入った柚羽が怒り顔で無凱さんに詰め寄る。
『だから、飲みすぎですって!』
昔から面倒見のいい性格の柚羽は無凱さんの様なタイプは無視できない質なのだ。
『ははは。』
その様子を見て自然と笑い声が出た。
憧れのクロノ・フィリアのメンバーたちが目の前にいるという夢のような現実と仲間たちと共に厳しい任務を生き残れたことを改めて噛みしめた。
『ふう、さっぱりしたな。』
『はい。まさかあんなに広い大浴場があるなんて…。』
『はは、だろ?普通は驚くよな。』
カウンター裏にある扉から現れたのは、手配書で見たことのある顔の男、確か名前は 基汐 だったかな。龍系統の種族の特徴であるオレンジ色の触覚が髪の中に見え隠れしていた。
そして、何より俺を驚かせたのは、普段は無愛想で無口な印象しか持っていなかった 威神 がその男と仲良さそうに笑い合っているということだ。
『威神…。』
『む?涼か?』
『随分イメージ変わったな?そんなに笑うキャラクターだったか?』
『確かに、ここ数年は笑うということをしたことは無かったな。しかし、涼よ。お前もイメージというより雰囲気が数時間前と変わっているが自分で気付いているのか?』
『え?そうか?』
『ああ、何ていうか…束縛から解放されたような感じだ。』
『…確かに…そうかもしれないな。』
俺の心は救われたのかもしれない。
信頼していたギルドに裏切られたことによる心の傷。
今思うと俺の全力を受け止めてくれた閃さんは、行き場の無い不安や悲しみ、怒りや喪失感といった様々な感情も一緒に背負ってくれたのかもしれない。
『楽になったようだな』
先程、閃さんに言われた言葉。
このことだったのかもしれないな。
『ダーリン。マった?』
『いや、俺たちも今上がったところだ。』
『そっか。ヨかった。』
基汐さんの少し後から出てきた少女。
銀色の髪が光っている。
彼女もクロノ・フィリアメンバーなのだろう。
基汐さんの腕に抱き付きダーリンと呼んでいた恋人なのかな?
『おーい。涼。そろそろこっちに来いよ。』
いつの間にかカウンター席に座っていた閃さんは俺に手招きしていた。
仁さんの用意してくれた飲み物も既にあり、椅子を引いて待っていてくれていた。
『俺は、貴方に、救われたのかも、しれない。』
『ははは、そんな大層なことしてないぞ。でも楽になったみたいだな。』
『はい。』
『張り積めてばっかりじゃつまんねぇからな。気楽に行こうぜ。』
『はい。改めて、これから宜しくお願いします。』
こうして、クロノ・フィリアの一員となれたことを自覚し俺は用意された席に座った。