第11話 クロノ・フィリアの副リーダー
ゲーム エンパシスウィザメントには様々な難易度のクエストと様々な強さのモンスターが設定されていた。
クエストとは、主にプレイヤーが取得したいスキルや武装を入手するためや、イベント等の運営側から与えられるミッションがある。
そのどちらもに言えるのは、必ずモンスター討伐が絡んでくるということだ。
それは、モンスターの討伐の際にドロップする素材アイテムや経験値ポイントの入手がスキルや武装の獲得に必要不可欠だからだ。
ゲーム内には数億種以上いるモンスターが生息し、その強さに応じて7個の階級分類がされていた。
その階級は下から、
・小型群隊級
・中型群隊級
・大型個体級
ここまでが、初心者から中級者クラスが主に受けることが出来るクエストに発生するモンスターの階級でありモンスターのレベルも1~40といったところである。
・妖精級
・聖霊級
この2つが上級者クラスが相手に出来るモンスターの階級でモンスターのレベルも高く40~80程に設定されている。
・伝説級
このクラスになるとレベルが80~99のメンバーが1人はパーティーにいないと相手にならないレベルのモンスターが出現した。
・神獣級
このクラスは、特殊な条件を満たした場合に発生するイベントやラスボスへのダンジョンに生息しているモンスター階級となり、レベルも個体で100~110となっていた。
以上がモンスターの階級であるが、それ以外にラスボスと裏ボスの2体のみが該当する階級がある。
それが。
・創世崩壊神級
と呼ばれるが、それを知るものはクロノ・フィリアメンバーしかいない。
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世間では、クロノ・フィリアの本拠地とされる喫茶店があると噂されている。
世界を支配している複数のギルドから指名手配され高額の懸賞金を懸けられている彼らは表立っての行動に制限がかけられている。
そこで、かつての戦場の跡地である荒廃したビル街の中心に小さな喫茶店を構えることで経営資金と情報収集を行っているという噂だ。
クロノ・フィリア側からの意見として、その噂は正解していた。
興味本位や偵察によって、日夜多くの潜入者が訪れていたビル街。しかし、その殆どが行方不明、又は、死体となって廃墟に捨てられていた。
下手な干渉、介入はギルドが決して小さくはない痛手を負う可能性があると判断されてからは廃墟そのものが立ち入り禁止の危険区域とされた。
だが、クロノ・フィリアへの恨みや妬みなどを持つ者も少なくはなく噂を信じて侵入してくる者もいるため、メンバーたちは何重にも張り巡らされた罠を仕掛けている。
今回の襲撃もそうだ。
周辺全ての建造物には無凱による 箱 が仕掛けられ、その周囲も瀬愛の 見えない糸 が仕掛けてある。空からの奇襲は灯月によって護られ、喫茶店の回りも基汐と光歌が常に見回りをしている。
そして、最大の情報であり、六大組織が知らない事実。
それは、メンバー全員がレベル150という規格外の存在だということだ。
当然、そこらの雑魚では相手にすらならないのだ。
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さて、話は変わり、どんな偶然か無事にクロノ・フィリアの副リーダー 仁 が経営する喫茶店まで辿り着いた者がいた。
普通では有り得ないだろう。だが、様々な考えが交差する戦場となっているビル街でその奇跡が起きたのだ。
たった1人の来訪者。部下を見捨て、仲間を裏切り、同僚を囮にした末に辿り着いた1人の男は自身に起きている出来事が理解できないでいたのだった。
その男の名は 狂渡 という。
任務の為なら手段を選ばず、平気で騙し討ち、裏切り、仲間を簡単に切り捨てる。最後はどんなに小さな旨い汁でも手に入れる。
その、狂人性から ハイエナ の異名で呼ばれている。
そんな彼でさえ目の前の状況が余りにも不自然すぎて言葉を失っていた。
『御待たせ致しました。御注文頂いたミルクティーです。』
ウェイトレス姿の若い女性が音もなく近づき、音もなくテーブルにミルクティーの入ったカップを置いた。
『何か御座いましたら御気軽にお声掛け下さい。』
音もなく去る女性。
その動作には隙がなく、一切の無駄が見つからない。
ミルクティーを口に含みながら、何気なく周囲を見渡す狂渡。
喫茶店の入り口に2人。
1人は執事服の初老の男。整えられた髭。オールバックの白髪。年齢と不釣り合いな筋肉質の肉体。その佇まいから一目で只者でないことが解る。恐らくだが、この空間で俺を含めても3番目に強いであろうと狂渡は分析した。贔屓目なしで狂渡自身とほぼ同じか少し下位の強さであろうことが彼が身に纏っているオーラで理解してしまった。
もう1人は若い俺。初老の男と同じ執事服を着こなし細身でありながらも無駄な筋肉の無い完成された肉体。つり目の力強く鋭い眼光が狂渡を見ていた。纏っているオーラから隣の初老の男より実力は下であろうが狂渡ですら油断できない相手であることには違いないだろうと結論付けた。
『お待ち!特製チャーハン一丁上がり!』
そんな中、カウンター横の厨房へ繋がっているであろう小さな窓から大きな男の声が響く。
窓からチャーハンがスライドしカウンターの上に置かれた。一瞬見えた太い腕はビルダーのような筋肉に覆われていた。
『ふふふ。どうぞ。あら?グラスが空になってるわね。同じモノで良いかしら?』
カウンターの上に置かれたチャーハンが乗った皿を流れるような動きで運んできた女性。先程のウェイトレス姿の若い女性とは違い大人の雰囲気に包まれた女だった。
空のグラスを回収すると、カウンターへ行き数秒で新しい飲み物を持ってくる。
すっと、置かれたチャーハンを見ると…。
『米が…光って…やがる…』
絶妙な火加減でサッと炒められ、適度な油と醤油によって纏われた米の1粒1粒が金色に輝いて、卵の黄身が優しく包み込んでいた。
よく見ると、細かく刻まれた長ネギとチャーシュー、玉ねぎに濃い目の濃厚な味が染み込んだ蓮根が混ぜられていた。
そして、極めつけは、少し焦がしてあり、これまた細かく刻んである梅干しが混ぜられているのだろう。それが、食欲をそそる匂いを醸し出していた。
『い、頂きます。』
普段ならこの様なことは決して言わない狂渡ですら、目の前の料理を食す為には言葉にせずにはいられなかった。
備えてあったレンゲで一口分を掬い口に運ぶ。
『!?旨い!?』
口に入れた瞬間、梅干しとピリッとした辛味が食欲を刺激し、噛み締める程に玉ねぎや味の付けられた玉子黄身の甘味が口いっぱいに広がる。そして、濃厚な味が噛むほどに溢れ出す蓮根は独特の歯応えを楽しませてくれる。
ものの数分で完食。あっという間だった。
『ご馳走さまでした。』
今まで生きてきて一度も言ったことのない言葉を無意識に口に出し、自分自身に驚愕する狂渡。そこには狂人と呼ばれた彼の姿は何処にもなかった。
『さて、狂渡くんと言ったかな?』
『あ、ああ。そうだ。』
対面の椅子に腰掛ける髭を生やした男。
捲られた袖から覗く右腕にはNo.20を表す ⅩⅩ の刻印が刻まれていた。
コイツだ。コイツが明らかにこの中でも異質な魔力を放っている。目の前の男に比べれば周囲を取り囲んでいる奴らなんて大したこと無く感じてしまう。
『僕は、クロノ・フィリアの副リーダーを務めている仁という。君が侵入した人間の中で一番危険な魔力を持っていたからね。無駄な戦闘を避けて此処に通したんだよ。』
『…』
『因みに周りに控えてる彼らは僕の能力で生み出した従者だから気にしないでいいよ。実際この場には僕と君しかいないから。』
『何?バカな!?コイツらは明らかにレベル110かそれに近いレベルの奴らだ!そんな奴らをアンタが一人で作ったっていうのか!?』
『嘘は言ってないよ。僕のレベルは150だからね。君たち程度のレベルなら正直相手にならないさ。』
『レベル…150…だと?』
『この情報は極秘だからね。外部には漏らしたことが無いから君たちが知らないのは当然さ。』
確かに、上層部の資料には、不確定の情報として クロノ・フィリアのメンバーは全員がレベル120の可能性がある としか書かれていなかった。上層部も知り得ないことだ。俺たち一般の兵士が知るわけがない。
『そんな、情報を信じるとでも?仮に事実だとして俺が上層部に話せばアンタら終わりだぜ?』
『君のことはある程度調べさせて貰ったよ。』
『は?』
『名前は狂渡。こんな世界になる前は沢渡 恭斗という名前だったらしいね。家族は…母親と年の離れた姉が1人の3人家族。父親は借金だけ残して蒸発した。君が13歳の時だね。母親と姉は借金返済の為に働き、主にお姉さんが君の授業料を払ってくれていたらしいね。』
『なんで…それを…』
『だが、君の素養は決して良くは無かった。学園では授業はよくサボり、喧嘩に明け暮れる毎日。ある1人を除いて喧嘩では負け知らずと…成る程ね。これは相手が悪い。』
『…』
狂渡はただ目の前の男を睨むしか出来なかった。
『そして、17歳の時に7歳年が離れ、更には自分の為に働いてくれていたお姉さんを仲間と共に襲った。傷つけられたお姉さんは、その後、自殺。君は口八丁で仲間を売り被害者側になり無罪。母親はその後すぐに病気で亡くなり君は祖父母に引き取られ、オンラインゲームにはまり引きこもりになった。こんなとこかな?』
『ど…どうやって…どうやって調べた!』
仁に掴み掛かろうとする狂渡を周囲にいた4人が瞬時に動き取り押さえた。
『くっ!放せ!このヤロウが!』
必死に動くが拘束は微動だにしない。
『これはクロノ・フィリアのメンバーが集めた情報だよ。君たちだけじゃないのさ。裏で動いているのはね。』
『くっ…。』
床に伏せられた状態で仁を睨む狂渡。
『さて、君に選択肢をあげよう。』
『…なに?』
『僕が何で馬鹿正直にクロノ・フィリアの内部事情を話したと思っているんだい?』
『…』
『じゃあ。2択の質問だ。選択は①か②で5秒以内で頼むよ?質問①、このまま何もせずに僕に殺される。質問②、君が所属する組織の秘密を話してから僕に殺される。どっちが良い?』
『なんだ!その質問はぁ!』
『君は少し調子にノリ過ぎてるみたいだからね。こんな世界になったけど僕らは人としての道は外れたく無いんだよ。君が今まで何人の女性を遊び半分でオモチャにし殺したのか僕が知らないわけないだろう?』
『…ちっ。』
『だから、君は此処で僕が殺す。』
『はっ!やってみろ!これが質問の答えだ!』
その瞬間、急激に膨大化した狂渡の魔力の放出に拘束していた4人が吹き飛ばされた。
『く、すみません。主。』
『いったぁーい。何なのよ!』
『無念。主人。申し訳ありません。』
『申し訳御座いません。ご主人様。』
吹き飛ばされた4人は即座に仁の側に掛け寄った。
『答えは③だ!てめぇら全員皆殺し!死体を本部に引き渡してやる!』
その言葉に仁が反応する。
『その言葉を待っていたんだ。最後の晩餐は美味しかっただろう?安心して僕に殺されるが良いさ。』
『殺されるのは…てめぇだよっ!』
『ほう。凄いな君は。恐らく…体の内部で溜め込んでいた魔力を一気に放出して身に纏った…というところかな。』
『ああ、そうだ。そして、俺は放出した魔力に自身の意識を乗せることで周囲の物体を思うがままに動かすことができる!』
狂渡が手を上げると周囲の椅子やテーブル、食器までもが宙に浮いた。
『はっ!』
狂渡の合図と共に浮いたモノが弾丸になって仁に放たれた。
『お?』
ギリギリの距離を通過する弾丸。
『今のは挨拶代わりだ。俺の魔力が包み込んだ物体は音速以上のスピードで放たれる弾丸だ。避けられる奴なんかいねぇよ!』
再び周囲の物体が宙に浮いた。
『よし、なら殺し会おうか!あまり暴れないでくれよ?店を壊したくないのでね。』
ポケットに手を入れた状態で狂渡に対峙する仁。
『どういうつもりだ?そんなんで俺の弾丸を防ぐつもりか?』
『ああ、そうだよ。僕の能力は既に発動したからね。もう君は僕に傷1つつけられない。』
『は?笑わせるな!クソが!』
弾丸が一斉に仁を襲う。今度は全ての狙いが仁に定められ放たれる。
『バカな!?音速を越えた弾丸だぞ?何で、てめぇは立ってるんだ?』
『言ったでしょ?能力が発動したって。まあ細かいことを教える時間も無いからねこのまま勝負を決めさせて貰うよ?』
仁の右腕と右足に魔力が集中する。高められた魔力は物体となり形を成す。
『そっそれは…なんだ…』
仁の魔力は鎧に変化し右腕と右足に装着される。高密度の魔力で作り出されたそれを見た狂渡が後退る。
『おお、やっぱり君は見えてるんだね。魔力の数値が。』
狂渡の特殊スキルの1つ。
情報看破。
対象のプレイヤーのステータス画面を閲覧できる能力で狂渡の場合はMP、つまり魔力の正確な数値を可視化できることに特化している。
先程の使用人たちの大まかな強さもこの能力で分析していた。
『化け物が…』
仁が作り出した鎧に狂渡が後退る。
『じゃあ行くよ。覚悟は良いかい?』
『クソが!死ぬのはてめぇだ!』
最早…いや、最初から狂渡に勝ち目など存在しない。
レベル差は勿論、乗り越えた場数も文字通り桁が違うのだ。
クロノ・フィリア No.20 仁
メンバーの副リーダーであり、クロノ・フィリアで最も冷徹な男である。
『…ち、きしょ…う…』
鎧に纏われた右腕で心臓を貫かれた狂渡が絶命する。勝負にすらならなかった戦いは終了したのだった。
『ふう。本当に僕らに喧嘩売ってくる奴がいるなんてね。これからのことも考えたら全メンバーを召集した方がいいかな?』
狂渡の能力で吹き飛ばされたテーブルを元の場所に戻す。
『さて、皆が戻る前に片付けるよ。』
『『『『了解です。』』』』
いつの間にかメイドや執事が現れテキパキと仕事を始める。
『さて、これからどうなるんだろうね。』
誰に言ったわけでもない。
ただ、1人で未来の出来事に話しかけた仁だった。