14.変化
ライル様との話し合いが大体終わった頃、ジョシュア様が迎えに来てくれた。ソフィアは力を使ったせいか、ガラクシア伯爵邸を出た直後に倒れたらしく、ユーリと共に先に屋敷に帰ったとのことだった。
ジョシュア様の話では、ソフィアが力を使うとすぐにレミリー様は目を覚ましたらしい。やっぱりあの力は本物だとジョシュア様は神妙な顔で話していた。
私たちはライル様と別れ、ルデンス公爵邸に戻った。
ソフィアのことは、心配だったが、ジョシュア様に「アンナも休んだ方がいい」と促されて、その夜は眠った。
翌朝、朝食を頂いてから、ソフィアの部屋を訪ねる。
ジョシュア様とユーリは二人で話があるらしく、私一人だ。
扉を開けると、身体を起こして、微笑むソフィアがいた。
窓から差し込む朝の陽を背負うその姿は、聖女という言葉がよく似合う。
「おはよう、アンナ」
「おはよう……ソフィア」
じわっと涙が溢れてくる。
昨日から思わぬことばかり起こりすぎて、不安だった。
でも、今、いつもと同じ笑顔で微笑んでくれるソフィアを見て、緊張がほろりと解けていくような気がした。
「ふふっ。何泣いてるのよ。
本当にアンナは泣き虫なんだから。……ほら、おいで」
「ソフィア~!!」
「よしよし」
泣きながら抱きつく私を、ソフィアは優しく抱きしめて、頭を撫でてくれる。いつもソフィアからはふんわりと花の香りがする……その香りは私の心を落ち着かせてくれた。
私が身体を離すと、ソフィアは私の目を柔らかく見つめる。
「アンナ、改めてありがとう。私を探してくれて……それにレミリー様を助けたいと言った私の味方をしてくれて」
「ううん……私は思ったことを言っただけ。
でも、本当に良かった。レミリー様も治ったんでしょう?」
「そうね、多分。すぐに動くことは出来ないとは思うけど、徐々に身体を動かしていけば、すぐに元気になるんじゃないかしら」
「良かった……」
心からそう思った。
あの後、私も本を読ませてもらって分かったことだが、聖の魔力の保持者が祈りを込めた物には、僅かだがその力が宿るらしい。ソフィアとレミリー様が文通を始めたことで、進級前に亡くなっていたはずのレミリー様はこの時期まで持ち堪えることが出来たのだ。
ソフィアは少し俯きがちに話す。
「えぇ。本当に……。暫くは領地で静養されるらしいわ。……ルフト様も一緒に」
そう話すソフィアは……やはりどこか寂しそうに見える。
「そう……寂しくなるわね」
「そうね。
……ルフト様、目を開けたレミリー様を見て、人目も憚らず泣いていたわ。何度も何度も、彼女の名前を呼んでーー
本当に……彼女を愛しているんだなって思った。
……私じゃ敵わないなって」
「でも、二人は血の繋がった兄妹で……」
私がそう言うと、ソフィアは首を横に振った。
「それでもよ。私は、愛しい人の一番になりたい。
……私ね、今回の件で思ったの。もっと自分を大切にしようって。じゃなきゃ、私を大事にしてくれる人に失礼だなって」
ソフィアは顔を上げて、滲んだ瞳で笑う。
その顔はとても穏やかで、綺麗だった。
「だから、私の初恋はこれでおしまい。
……今度は私を誰よりも何よりも大切にしてくれる人を好きになりたいわ!」
「うん……!」
もうソフィアは全て納得しているんだろう。
それならば、私はソフィアを応援するだけだ。
「きっとソフィアならすぐに見つかるわよ!」
ユーリもいるし!
……という言葉は心の中に秘めておこう。
「ふふっ……そうね! 私もそんな気がする」
笑ったソフィアの瞳からは宝石のように綺麗な雫が一つ落ちたのだった。
◆ ◇ ◆
それからニヶ月。色々な変化があった。
まず、ルフト先生が学校を辞めた。様々なところから惜しまれたらしいが、予定通り領地へ帰ることにしたらしい。ルデンス公爵は、ルフト先生を罪に問うことはなかった。協力したという証拠もなかったし、脅されるような形であったこと、そして何よりソフィアがそうしてほしいとお願いしたためだった。リィナに関しても証拠不十分で、お咎めはなかった。アルファ様が圧力をかけたのかもしれないが。
そして、ソフィアを拐ったサリルロール子爵令息と、バイアス伯爵令息は秘密裏に刑に処されることとなった。犯行直後は誰に指図されたか全く口を割らず、数日間経過すると起きたことをすっかり忘れていた。それでも、彼らの刑が軽くなることはなかった。
しかし、今回の事件によって、リィナへの学園内での風当たりも大きく変わった。彼女の側にいた二人が突然学園から姿を消したことで、リィナに関わるとおかしなことが起こる、と噂が立ち始めた。そして、彼女といた間の記憶がないと主張し始める者や、彼女に触れると不幸が起きると言い出す者が現れ、リィナはまるで魔女のような扱いをされることになり、人が近寄らなくなった。
これによって、私たちへの嫌がらせはほぼ沈静化することとなった。こうして、リィナは学園内で孤立していった。
しかし、変わらずウィルガは彼女の側にいることが多かったし、ライル様も彼女が王宮に出入りしているため、完全に距離を取ることが出来なかった。
ライル様の話によると、アルファ様は一向にリィナを離そうとする気配がなく、未だに彼女を深く寵愛しているということだった。
ルフト先生は領地に行く前に、学園と王宮に大量の解除薬を寄付して行ったが、アルファ様に至ってはそれの効果は一向に出なかった。
ユーリは嫌がらせが落ち着いて、私がジュリー達と過ごせるようになったこともあり、常に一緒にいる訳ではなくなった。空いた時間は訓練の鬼と化しているらしく、他の生徒からは「これ以上強くなってどうするつもりなんだ」と言われている。
そして、最も大きく変わったのは、ソフィアの生活だった。
ソフィアに聖属性の魔力があることが発表されると、国内外から大きな反響があった。未だ力が安定していないという説明をしているにも関わらず、連日ルデンス公爵家には多くの人が押し寄せた。
神殿は、自分たちが仕えるべき主が現れたと騒ぎ立て、すぐにでも神殿に入って、人々に聖の施しを与えるべきだと主張した。一方で王家側は力が安定するまで学園に通わせ、その力を伸ばし、卒業後、王家として迎え入れる予定だと明言した。
それは大きく世間を揺るがせた。
聖女が国母になれば、この国の行く末も安泰だと思ったのだろう……この陛下の発言を多くの者が支持した。
……ソフィアは全く乗り気ではないようだったが。
結局、ソフィア本人の意向もあり、王家に迎え入れる話は一旦保留となった。
その後、神殿側の意見も取り入れるような形で、ソフィアは週に二度、神殿で祈りを捧げることとなり、ソフィアが神殿で祈りを捧げる日になると、神殿は人でいっぱいになった。
そして、驚くべきことに参列した人々の間で奇跡が相次いで起きた。
戦いの最中に視力を失った兵士の目が見えるようになったり、杖が必須だった人が普通に歩けるようになったり、もう長くはないと言われた赤ん坊がみるみるうちに元気になった。
その奇跡に触れる者は回を増すごとに増えていき、ソフィアは正真正銘の聖女として、周囲に認められることとなった。
それは一旦保留となったはずの「聖女を国母に!」という声を押し上げる形となり、陛下に届いた。
陛下は、聖女を王家に取り入れるために本格的に動き出した。




