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3.好きなところ

 ジョシュア様から話を聞いたあの日から、私とライル様は手紙で何でもない内容をやり取りしている。


 庭園の花が見事だとか、屋敷の屋根にツバメが巣を作ったとか、最近読んだ本はここが面白かっただとか。


 私から送る文章は長いが、ライル様から戻ってくる返事はどれもシンプルな物だった。


 それでも良かった。文章にはいつも私の体調を気遣う一言と、愛している、の言葉を見つけることが出来たから。他人がこの手紙を見れば、社交辞令だと感じるかもしれないが、私はそれがライル様の気持ちだと分かっていた。


 それに、ライル様は必ず封筒に魔法を込めてくれていた。

 封筒を開けると、魔法で出来た花びらが舞う。

 ほんの一瞬で消えてしまうのだが、とても美しいのだ。


 しかし、ライル様にはまだ自覚した自分の気持ちを伝えてはいなかった。


 今は余計なことを考えてほしくなかったし、それにジョシュア様のこともある。しっかりと向き合った上で、二人に返事を返さないと失礼だと思った。



   ◆ ◇ ◆



 今日は魔法学の日だ。その間、ソフィアは安全面を考慮して、ルフト先生の研究室で待たせてもらっている。私はユーリと二人で授業が行われるグラウンドへ向かう。ジョシュア様は別教室から直接向かうらしい。先生は、後から追いかけてくるとのとこだった。


 歩いていると、おもむろにユーリが口を開く。


 「なぁ、アンナ」


 「ん? どうしたの?」


 「ゲームのこと……

 ライルやジョシュア先輩に話したらどうかな?」


 思わず足が止まる。


 「なんで……そう思うの?」


 止まった私の方へ振り返ったユーリは神妙な表情だ。


 「アンナのことを一番考えて、動いてるのは、ライルとジョシュア先輩だと思うんだ。二人とも寝る間も惜しんで必死に動いてる。

 二人は俺の知らないことを沢山知ってるし、出来ることも多い。他の魔宝具を探したり、警備を強化したり……本気でリィナを何とかしようとしてる。正直俺なんか二人の足元にも及ばない。


 だから、二人に渡せる情報は一つでも多い方がいいと思う」


 「でも、私が知ってるのはライル様ルートだけで、リィナのように沢山の情報は持ってないから……」


 そう……私は役に立てない。ゲームの知識もない、魔法も碌に使えない、大体ソフィアのように頭が回らないのだ。


 ここ最近は自分の無力さばかり浮き彫りになって……こうしてゲームについて聞かれても、何も分からないことが、力になれないことが、辛い。


 俯く私の頭に向かって、ユーリは言う。


 「それでも、話すべきだと思う。


 俺は……頭を使うのが苦手だ。だけど、ライルとジョシュア先輩、ソフィアは俺が知らないことを多く知ってる。俺に話して、何にもならない情報でも、あの三人なら大きく活用出来るかもしれない」


 ……それはあるかもしれないけど、まず前提としてーー


 「信じてもらえるかな……」


 蚊の鳴くような私の声にユーリの力強い声が返ってくる。


 「大丈夫だ。絶対に信じてもらえるから。俺が約束する」


 「ユーリ……」


 揺るぎのないその瞳を……信じてみたいと思った。


 「うん……分かった。


 でも、ちょっと待ってて。話すならもっと情報があった方がいいと思うの。出来るだけ細かく思い出してみる」


 ユーリは、寂しそうに笑った。


 「ごめんな、俺……何にも力になれなくて……」


 「何言ってるの?! ユーリが一番近くで私とソフィアを守ってくれるから、こうやって通学できてるんだよ? ユーリがいなかったら、私たちは屋敷の中で怯えるだけだった」


 ユーリのおかげで毎日安心して過ごせているのだ。いつも側にいてくれるユーリには感謝しかない。何にも力になれないなんて、そんなことあるはずないのに……!


 「でも、俺は剣を振るうことしか出来ない」


 「そんなことない! ユーリがいて、私たちを笑顔にさせてくれるから、だからソフィアも私もちゃんと立っていられるの。いつも本当に感謝してる。ありがとう」


 改めてそう伝えると、ユーリは恥ずかしそうに笑った。


 「いや……感謝してるのは俺の方だよ。

 ……俺、自分が強ければ何だって守れると思ってた。

 でも、そうじゃないんだって。本当に大切なものを守るなら、知識という力も付けなきゃいけないって気付いたんだ。今すぐには無理かもしれないけど、力を付けたい、と思った」


 「ふふっ。良いことだね!」


 「だろ?」


 ニカッと笑うユーリはいつもの通りのユーリだった。


 「私も頑張ろーっと。」


 「まずは魔法からな。」


 「それはユーリもでしょ!!」


 実は私たちは魔法学ですっかり落ちこぼれ組なのだ。


 火属性の魔力持ちの私はマッチほどの火しか出せないし、水属性の魔力持ちのユーリは指の先からチョロチョロと水が出る程度だ。


 ユーリはいつか自らの剣に水龍を纏わせて戦いたいと壮大なことを言っているが、私は割とこの程度で満足している。大きい炎はやっぱり怖いのだ。


 ついでに今年の一年生は魔力持ちが一人もいなかった。

 ルフト先生は面倒を見る人数が減って喜んでいたが、私としては憂鬱だった。……だって、授業のレベルを上げるって言うんだもの。


 今日は向かい合って、魔力の塊を投げ合う訓練。こうして魔力コントロール力を上げていくらしい。


 これは同じ属性持ちでやった方が安全かつ上手く出来るものらしいので、出来るだけ同じ属性持ちで組むこととなった。


 私とライル様、ユーリとリィナ。ジョシュア様とウィルガは同属性の持ち主がいないから二人で組むことになった。ルフト先生は監督。


 途中リィナがライル様とがいいと駄々をこねたが、ルフト先生は困ったようにこればかりは我慢してくれ、とたしなめていた。


 この広いグラウンドに三組だけなので、他の組は随分遠い。隣の組のジョシュア様たちの声も聞こえない。

 この感じなら、ライル様と話せるかもしれない…淡い期待に胸を膨らませつつ、二人で向かい合う。


 ライル様がりんごの大きさ程度の魔力の塊を作る。


 「アンナ、いい? 投げるよ?」


 ボールのような要領でライル様が投げる。それに片手を近付ければ、吸い付くように魔力の塊が私の掌に吸い付いてきた。


 「わわっ! で、できました! 取れました!」


 「ふふっ。良かったね」


 手の上にある優しいオレンジ色をした魔力の塊を見つめる。

 ぐるぐると渦のようになって、回っている。


 「綺麗、ですね」


 キラキラとした光の粒が塊の上を滑っている。

 それを見て、ライル様も目を細めた。


 「あぁ、アンナの髪色みたいだ」


 「私、こんなに鮮やかな色じゃないです。

 赤茶色で……土の色みたいでしょう?」


 「いいや、陽の光が当たるとキラキラして、本当に綺麗だ。

 僕はアンナのその柔らかな手触りの髪が、大好きだよ」


 ライル様から熱っぽい視線を受けて、ドキドキする。

 こんなやりとりは久しぶりだ。身体がくすぐったい。


 気分が高揚していたのか……

 私も、ライル様に同じように気持ちを返してみたいと思った。


 「あ、ありがとうございます。


 あのっ……私も……

 ライル様のサラサラした金髪が、好き……です」


 そう言ったものの、恥ずかしくて目を瞑った拍子に、手から魔力の塊が離れてしまった。思わぬ方向に飛んでいったはずだが、それはライル様の右手にストンと引き寄せられるように収まった。


 ところがライル様は左手で顔を押さえている。


 どこか痛いのかしら……?


 「……アンナが、僕を好き、って……!」


 「あ、えっと……いや、髪がーー」


 「髪でも、鼻でも、首でもいいんだ!

 アンナが僕のことを好きって言ってくれたのが、嬉しくて!」


 そう言って顔を上げたライル様の顔は上気していた。


 鼻や首って……確かに綺麗だけどーー

 なんだかそんなことを言うのが可笑しくて。


 「……ふ、ふふっ!

 私もそんなに喜んでくれるなんて、嬉しいです。


 ……他にも沢山好きなところ、ありますよ。

 その綺麗な眼も、優しいところもーー」


 ライル様は感動しているのか、肩を震わせている。


 「あぁ……こんなに幸せなんて、僕は今日死ぬんだろうか……」


 ライル様から再び魔力の塊が飛んできて、それをキャッチする。


 「滅相もないこと言わないで下さい!!」


 死ぬ、なんて言うから、少し心配になって、魔力の塊を少し強く投げ返す。


 「ははっ! ごめんごめん。それだけ今日が幸せだってことさ」


 また、ライル様が投げる。


 「えぇ……そうですね」


 ライル様と普通に会話が出来て、授業中であることも忘れて笑い合って……本当に楽しい幸せな時間だった。


 だから、この時、あんなに恐ろしいことが起こっていたなんて……

 この時の私には想像もできなかった。





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