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飛行機雲

 敷地面積の広い大学に通っていた僕は、昼寝の場所には事欠かなくて、校舎から離れた急な階段を上った先にある駐車場の脇のベンチとか、誰も使っていない小さなゼミ室とか、眠るのに丁度いい場所をいくつか見繕っていて、そんな自分の怠惰さと、怠惰であることこそが大学生であるという自分なりの「大学生像」を実現できている気がしていて、なんというか、いい気分で日々を過ごしていた。

 昼寝の場所として、中でもお気に入りだったのは、図書館裏の芝生だった。

 ある晴れた日。芝生に寝ころび、空を見上げると、飛行機が飛んでいた。飛行機雲を棚引かせ、僕の視界を横切っていた。

 空に手を伸ばし、飛行機を、人差し指の先端で隠した。飛行機の動きに沿って、指を動かす。飛行機の姿は見えない。自分が空に白い線を描いているかのような錯覚に陥る。空に落書きをしている。

 くだらないことをしているなぁというのはわかっていて、ちゃんと自分を客観視できていて、でもこの年齢でもこんなことやれちゃうだぜ俺は、という思いもあって、そんな自分嫌いじゃないという気持ちもあって、言ってみれば、ナルチシズムに浸っていたのだと思う。

 空に落書きという感性が、くだらなさと子どもっぽさと、それから若干の風雅さを帯びている気がして、風雅である自分も、また好きだったのだと思う。大学生なのに中二病だったのだと思う。

 まぁ、風雅であるというのはあくまで自分の思いこみで、きっと通りすがりの人から見れば、キャンパス内に寝転んで空を指さしているやばい奴だったんだろう。それでもその人が、僕の指さした先を気にして、その見上げた空に飛行機雲や虹があったりして、その人の心が少しでも浮き立つようなことがあれば、それは嬉しいと思う。

 風が吹いて揺れる草が首筋をくすぐった。

 空を指す僕の指にトンボがとまる。なんてことがあれば、それこそ小説のワンシーンみたいだけれど、そんなことはなかった。

 誰かが近づいてくる気配を感じたと思ったら、同じゼミのかわいいあの子が来ていて、「何やってるの?」なんて言いながら、僕の隣に寝そべって、「わぁ。空、青いね。きれいだね」なんて言うから、僕は「君のほうがきれいだよ」とか言ってみたりして、すると彼女は「やだもー。あはは」なんて言って笑って、とか、そんなこと、なおのこと、あるはずもなかった。

 もし空に絵を描く能力があったら、何を描こう。巨大な魔方陣を描いて全体攻撃魔法を使ってみようか。それとも空にヒビを入れて異世界から魔物を召喚しようか。そうするときっと魔物を倒すヒーローが出てくるのだろう。ということは僕が悪役になるのか。

 世界平和を願ってピースフルなメッセージでも描こうか。空を見上げた人が元気になるような言葉を空に描こうか。

 それとも、僕と君にしかわからない言葉やイラストで、君に愛を伝えようか。

 飛行機は遠く彼方まで進んでいた。飛行機を隠すために指を動かす必要はもうほとんどなかった。それまでに僕が空に描いた白線は、白いもやとなって霞んでいた。もういいかと空から指をはなすと、そこに飛行機は見えなかった。

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