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魔王の血を引く者達  作者: 前田炎蔵
第一章 魔王の心臓を持つ姫 
15/15

最終話 追跡者は同じ結末を望まない

「本当に良かったのかよ?」

昨日のアルベルトとの戦いの場所に着くと、先着がいた。


「別にアンタ・・・クラッシュに関係ないわよ」


「そうか。でも、こうして、この場所に来てくれた事は素直に嬉しい」


「ヘルムートだったわよね」


「ああ、もう、今更だけどな」

そう言うと、ヘルムートは手を差し出す。

その意味がわからず、ヘルムートと差し出された手を見てしまう。

そして、意味がわかった時、笑顔でナタリーも手を差し出して握手する。


「よろしくね」


「ああ、こちらこそ、それとこれを渡して置こう。俺達との通信機だ。」

ポケットから、クラッシュの包帯に付いていた宝玉と似た宝玉を取り出す。


「それって、クラッシュの宝玉と比べると随分小さいわね?」


「そうだな。おそらく、女性用に加工されているのだろう。

 これはイヤリングタイプだ」

イヤリングタイプの宝玉を受け取る。良く見ると赤い宝玉だった。

若干の不安があったけど、機能はクラッシュの使い方を見ていたので、

躊躇なく耳につける。


「似合っているぞ」


「あ・・・りがとう」

状況が状況だけど、父親以外の男の人からの贈り物に少し照れるナタリー。


「使い方は簡単だ。話しかけたい者を、頭の中で思い描いて話すだけだ」


「周りから見たら、独り言だと思われそうだから、

伝えたい言葉を、頭に思い描くのはダメなの?」

王の間での宝玉を通してのクラッシュと、ヘルムートとのやり取りは滑稽だった。

出来れば、あの状況に自分を、置きたくない気持ちでいっぱいだった。


「『思考』と『伝えたい言葉』どちらも誤作動で相手に伝わってしまうから、

 声を拾うタイプになったと聞いているから、声に出す必要がある」

そう言うと、頭をボリボリと掻くヘルムート。

宝玉機能は、万全ではないらしい。


「だから、クラッシュみたいに、アホ丸出しみたいな会話になるわけね」


「はぁ、何言ってるんだ?今日からは、お前もその仲間の1人だろ。バカ姫?」


「ちょ!?そもそもアンタみたいなバカに、バカ姫って呼ばれたくないんですけど?」


「バカにバカって言って、何が悪いんだ?」


「そこまでだ。これからは仲間なんだから、仲良くしろとは言わないが、

ケンカはしないようにな」


「「ふん!!」」


二人同時に返事が重なる。

ナタリーは、返事が重なった事に何か文句を言おうとしたが、

深いため息と供に諦めた。


「ところでヘルムート。申し訳ないけど、私は帝都に用があるの」


「おい、バカ姫。やっぱバカじゃねーか?速攻で単独行動かよ」


「クラッシュ、うるさいわよ」


「もしかして、姉と妹を追うつもりかい?」


「私が、魔王を受け入れた理由だから」


「まぁ、ちょうど俺達の任務も、帝都に向かう途中だし、いいだろう」

そう言うと、ヘルムートが帝都の方に向かって歩き出す。


「いきなり甘やかしていいのかよ!!

 最初が舐められない為にも肝心なんだぞ!!」

ヘルムートのナタリーに対しての行動に、不満を口にしながら歩き出すクラッシュ。


「まったく、これから賑やかになりそうね」

不安を口にするナタリー。

でも、彼女自身は気付いてはいない。

彼女は、いつの間にか笑顔になっている事を。




そして、1ヵ月後-



ナタリーは、ヴァルデマー王国城内の路地に佇んでいた。

先ほどから、帝国軍機密情報を、垂れ流してくれた男達は姿を消していた。


帝国軍は、ここヴァルデマー王国で、オンデンブルグ国と同様に祭りを利用して、

王国兵士と民に、帝国軍兵士工作員を紛れさせて暴動を起こす。

混乱に乗じて、城外に待機している帝国軍が一気に流れ込み制圧する。


被害を最小に留める為の電撃作戦だと、ヘルムートが教えてくれた。


「そんな姑息な手段を、黙って見逃せれるわけがないじゃない」


「おい、バカ姫。バカな事に首を突っ込むなよ」

イヤリングから、クラッシュの声が聞える。


「わ、わかってるわよ。そんなの」


「今回の作戦を、もう一度確認しておく。

 この国と帝国軍の争いに、介入はしない。

 対象者である男だけを守り、我らの仲間にする事だ」


「だけど、せっかくなら暴動を起こる前に止めて、帝国軍を叩けば・・・」

ナタリーには、どうしてもオンデンブルグとこの国が重なる。


「気持ちはわかるが、俺達は組織だ。上の命令は絶対なんだ」


「上の命令とか、目的とか、理念とか、クラッシュはよく黙って従っているわね」

普段の好き放題するクラッシュからは、予想が出来なくて苦笑するナタリー。


「オンデンブルグ城で、クラッシュがアルベルトと戦ったのは、命令違反だった」

ヘルムートは左目だけを開いて、苦笑する。


「えっ・・・」


「だが、アイツはナタリーを助けに出て行った」


「クラッシュ・・・」

いつも絡んでくるイメージしかなかったから、

いつの間にか、助けられていた事にナタリーは驚いた。


「まぁ、それから今日は、常に回線をオープンにしておいてくれ。

 今回は、命令違反なんてないように願いたいね」

ヘルムートの深いため息が聞えた。

そして、ナタリーは、その言葉に頷く事は出来なかった。

城がざわつき始める。


暴動が起こったのだ―。


ナタリーは、城から逃げ出そうとする人の群れを見て、

道を使って城に向かうのは無理だと悟った。


「だったら、これでどうかしら」

屋根に這い上がり、屋根伝いに城に向かって走り出す。

路地裏ぐらいの幅ぐらいなら、気にもせずに飛び越える。


ただ、急いで城に向かった。


屋根の上から、城門が見える位置に辿り着いて異変に気づく。

城から逃げ出す人たちが動かなくなっていた。


いや、固まっているようにも見える。


空を見上げると、鳥も空を飛んだままで固まっていた。

でも、落ちては来ない。空間ごと固まっているように見えた。


「これは、何かの仕掛けじゃなくて時間自体が止まっているわね。

 そして、この状況を私は覚えている。近くにアイツがいる」

屋根から城門の前に飛び降りて、止まったままの人並みを掻き分けて広場に向かう。


「君のせいで、帝国軍の侵攻を許してしまった。

むしろ、国民から手引きをしたのでは、と思われているかもしれない。

今なら、まだ戦いを止められるかもしれない」


紳士のようなスーツの上に、赤黒いマントをした【深淵の魔術師】が、

路地裏で、缶詰をくれたハリネズミのような髪型をした青年の前に立っていた。


「僕のせいで、この国が無くなるなんて認めるわけにはいかない。

 頼む。力が欲しい。この状況を一気に変えられる力が欲しい」


「力を与える事が出来る。しかし、等価交換である物を対価として頂こう」


「ある物?」


「ああ、命を頂こう―」

ナタリーには見えた。悪い笑みを浮かべる深淵の魔術師を。


「この状況を、変えられる力を得られるのなら」


「ならば、契約は成立した」

深淵の魔術師は呪文を唱え、何かを懐から取り出した。

次の瞬間、金髪ハリネズミの喉に埋め込む。


後は、呻き声にならない呻きを上げ、その場でのた打ち回る金髪ハリネズミ。

その様子を最後まで見守らずに、姿を消そうとする深淵の魔術師。


「待ちなさい、深淵の魔術師」


「あなたは以前、魔王の心臓を受け入れた方でしたね。

 その様子だと、今は魔の力と上手く整合性を保てているようですね」

そう言うと、笑顔を浮かべる深淵の魔術師。


確かに笑っているが、目は笑っているようには見えなかった。

顔では笑っているが、何のようだと言わんばかりに睨んでいる。


「あなたは、何が目的なの?」


「世界平和」


「よくもそんな事をぬけぬけと・・・」


「私は忙しいのだよ。そして、君の仕事は私に絡む事ではない筈。それでは失礼する」

そう言うと、姿を消す深淵の魔術師。


それと同時に時が動き出す。


怒号が飛び交う。混乱した市民が我先に逃げようと他人を押し倒す。

押し倒した人間を踏んで、それでも逃げようとする。

市民が、武器を手にして、兵士を刺し殺す。

その市民の動きは、どう見ても訓練されていた。


「おい、ナタリー。城には入れたのか?」

ヘルムートの声がイヤリングから聞えた。


「うん、今、城の中の広間」


「対象者は見つかったのか?」


「うん、今、横で呻いてる」


「撤収するんだ、ナタリー」


「うん・・・」

目の前で、あの時と同じように帝国軍の侵攻が行われている。

何も悪い事をしていない人たちが、無意味に殺されている。


(自分なら、この状況を変えられるかもしれないのに)


あの頃の自分が味わった絶望は、今も心の中にあるけど・・・、


「路地裏にいた子か・・・」

金髪ハリネズミが、かろうじて声を出す。

あの現実か、幻か、わからない出来事の最中に現れた事に、

疑問を感じていない様子が、今のナタリーにはありがたかった。


「缶詰、ご馳走様・・・」


「僕はとんでもないミスを犯した。

 僕はどうなっても良いからこの国を助けて欲しい」


金髪ハリネズミが口にした言葉は、かつて、ナタリーがクラッシュに頼んだ言葉だった。

あの時、アルベルトを一緒に追撃して欲しいと頼んだけど、来てくれなかった。


後になってからわかった。


命令違反をしてでも、ナタリーを助けてくれていた事を。

歩き出すナタリー。


「待って欲しい、頼む、頼みます。この国を・・・」

その言葉を聞き流す、ナタリー。


「ヴァルデマー王、覚悟しろ!!」

ヴァルデマー王の後ろに、隠れるように王妃、そして、子供達が震えていた。


「わしは、どうなっても良い。だが、我が家族には一切手を出すな」

王は一歩前に出て、武器を持たずに手を広げる。


「ふん、残念だったな。そんな面倒くさい約束守るかよ」

鈍い光を瞳に宿しながら、舌なめずりをする帝国軍兵士。


「待て、頼む、この通りだ。

 何でも与えよう。

 何でも言うとおりにしよう。だから-」


「わかった。そこまで言うなら一つだけ聞いてもらおうか」


「おお、そうか、では・・・」


「後ろのお前の家族、一人だけ残して全て殺せ。そうすれば1人だけ助けてやるよ。

 王はどっちにしても死ぬんだけどな」

そう言うと、兵士は懐から短剣を引き抜き、王の足元に放り投げる。

カラカラッと、乾いた音が凄く非情に聞えた。


「ワシは、ワシは・・・」


王は後ろを振り向く。王妃が自分を殺すようにと黙って笑顔で両手を広げる。


「ワシは・・・」


涙声になる王。


「さぁ、どうする。誰を残す?」


「そうね、まずは、アンタが死ぬのが先ね」


「だ、誰だ?」

窓から、何食わぬ顔で入ってくるボロを纏ったナタリー。


{おいおい、ナタリー。勝手な事をせずに任務通りに仕事をこなせ。

 対象者の回収。そして、王国と帝国軍の衝突は無視して撤収。それが任務だ}

イヤリングから状況を察して慌てた声が耳に届く。


「・・・わかってる。わかってるけど・・・」


{ダメだ、ナタリー!!}

その場にいないヘルムートだが、ナタリーが取ろうとしている行動を察して

必死に止めようとする。


「でも・・・」


{何してるんだ、バカ姫!!}

クラッシュの声が、ヘルムートとナタリーの話を割って入る。


「クラッシュまで言わなくてもわかってるわよ、任務を優先・・・」


{だから、バカ姫なんだろうが。助けたいんだろ!!!!!

 なら、助けろ!!!!!命令なんて破る為にあるんだ!!!!!!

 行けよ、バカ姫!!!!}

クラッシュの言葉の合間合間にキンッと武器と武器が打ち合う音が混じる。

まさしく、交戦中なのだろう。


「クラッシュ?」


{おい、クラッシュ。頼むからナタリーを焚き付けてくれるな。落ち着いて任務を}


焦るヘルムート。そして、止める事が不可能だと悟り、ため息を深くつく。


{わかった、わかったよ。無茶はするな。

で、全てが終わったら、クラッシュと仲良く一緒に長い説教だな}


「ありがとう、ヘルムート」

最後に、ヘルムートのため息が再び、聞えて通信が途絶した。


「何、独り言を呟いているんだ?」

そう言うと、剣を構える帝国軍兵士。

ナタリーは、ボロを脱いで捨てる。

その下からは、真っ黒なドレスの女が現れる。


「女?女だと・・・」

驚くと同時に、汚い笑みを浮かべる帝国軍兵士。


異変を嗅ぎ付けた帝国軍兵士が、5人新たに入ってくる。

ナタリーは【カナンウェルナン】を引き抜くと、

自分の床に付きそうなドレスを、膝ぐらいの高さで切って捨てる。


「裾の高さは、膝ぐらいが限界だよね」

短くなったドレスの裾の位置を確かめるように、クルリっとその場で回ってみる。


「おい、ストリップでも始めるのかい?」


「そうね、先にお代を頂こうかしら。

でも、安心しなさい。お代は要らないわよ。

頂くのは命でいいから」

そう言うと、凍りつくような笑みを浮かべながら、兵士に向かって歩き出す。


「な・・・舐めやがって」

兵士が、まとめてナタリーに襲い掛かる。

しかし、ほんの一瞬で数人の兵士が切り伏せられて、その場に崩れ落ちる。


「なっ、・・・いったい、何者なんだ?」

目の前で起こった出来事を理解できずに、動きを止める帝国軍兵士。


「私の名前はナタリー。ちょっとした事情で、人間辞めて魔王に転職って所かしら」

クスクスっと、笑うナタリー。


見る者から見れば、妖艶な笑みに見えたのかもしれない。

または、何かを諦めたような切なさを秘めた悲しい笑みにも見えたのかもしれない。

彼女は、血の臭いが立ち込める中で笑い続ける。


姉や、妹を取り戻す為に。

もう二度と、自分みたいな者を生まない為に。

そして、この世界を守ると言う漠然とした組織の目標の為に。


「私の前に立ちはだかる者は、神でも悪魔でも人間でも、運命でも斬り伏せてみせる」

そう言うと、【カナンウェルナン】を構えて帝国軍兵士に向かって走る。


帝国軍兵士の悲鳴が、城からまた一つ上がる頃、

城外で待機していた兵士は、クラッシュとヘルムートの攻撃で壊滅に陥っていた。


しかし、この城内、城周辺にマリアとシャルロットの姿は、なかった。


1週間後、怪しい雰囲気の4人一行を、帝都に続く道で見かけたのは言うまでもなかった。

彼らの旅は、戦いは、運命は、始まったばかりであった。

これにて一旦、物語が収束します。

お付き合い頂いた方々に心より感謝いたします。


そして、物語の先頭に立ち、走り回ってくれたナタリーには、

過酷な運命を背負わしてしまった事、申し訳なく思っておりますが、

生まれ持った活発な性格と行動力で、

筆者をまた新たな冒険に駆り出してくれると信じています。


次の冒険の時には、

筆者の鈍足な筆速と拙い文章力が向上している事と、

読者の皆様に小さな幸せが降り続く事を祈って。

2016年1月1日 謹賀新年


次回の物語は大まかな流れは構想完了していますので、

一時、お別れです。

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