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閑話 王都にて

 ――王都


 王太子のために準備された執務室で、この国の王太子・ライネルは疲れたように肩を回した。


 あのセナですら感嘆せしめた美貌は、休みない連続勤務のせいでどこか痩せたように見える。


「はぁ、やっと終わったよ……」


「お疲れ様でした」


 ライネルを労いながらそつなく紅茶を準備したのは側近のウィルナス・ウィンタード。ウィンタード公爵家の次期当主であり……セナの異母弟である青年だ。


 セナとは違い、高位の貴族らしい金色の髪。


 セナとはあまり似ていないながらも、絶世を付けても惜しくはない優れた容貌をしている。セナが夏の太陽を思わせる天真爛漫な美少女だとしたら、ウィルナスは冬の澄んだ空に浮かぶ月を思わせる怜悧な美丈夫だ。


 そんな冷たさすら感じさせるウィルナスであるが、ライネルは心を許しているのかどこか気の抜けた声を向ける。


「まったく、せっかくウィルのお姉さんをじっくりと口説き落とそうと(・・・・・・・・)したのに、奴らのせいでそんな暇すらなくなってしまったよ」


「…………。……ですから、秘密結社(プロメテウス)の捕縛など近衛騎士に任せれば良かったのです」


「いやいや、王家を長年悩ませてきたプロメテウス殲滅を陣頭指揮すれば、私の王位継承は確実になるからね。実績作りというものだよ」


 さらに言えば。

 護衛騎士に抜擢したセナを伴うことで、自分の活躍をすぐ近くで見てもらおうと画策していたのだが……そちらの方はセナの『肉欲には勝てません』発言のせいで失敗に終わっていた。


 その辺の事情を知っているウィルナスは少し冷たい目をライネルに向けた。


「幾人か取り逃がしましたから、順調に王位継承を、とはいかないでしょうね」


「はは、容赦がないなぁウィルは。そんなにお姉さんを取られるのが気にくわないのかい?」


「いえ、そんなことは。殿下のご決断に異を唱えるなど家臣としてあり得ませんから」


「ふぅん?」


 家臣としてあり得ないと言いながらも、不満を抱いてはいないとは口にしない。そういうところをライネルは気に入っていた。


「さて。プロメテウスの残党捜しは部下に任せるとしてだ。そろそろセナ(・・)に返事を聞きに行かないとね。まずは改めて私の護衛騎士に任命して、親睦を深めようじゃないか」


「…………」


 いくらセナが騎士とはいえ、年頃の貴族令嬢を王太子が愛称で呼ぶ。その意味を理解していないライネルではなかろうにとウィルナスは呆れてしまう。


 牽制のつもりなのだろう。


 セナは自分のものだと。婚約者候補として考えていると。周りの男たちに知らしめているのだ。


 そんな遠回りなことなどせずとも、公爵()に申し込めば喜んでセナを差し出してきただろうに。謀略家でありながら――いや、謀略家であるからこそ、変に遠回りをして獲物を逃がしてしまったのが今のライネルであった。


「……殿下。姉上に関して、ご報告しなければならないことが」


「うん? なんだい?」


「殿下に対する『肉欲に勝てません』という発言が原因で、姉上は左遷。現在は辺境伯領に赴任したはずです」


「……うん?」


 予想外だったのか目を丸くするライネル。


「その件に関連しまして、父上――ウィンタード公が激怒しまして。公爵家の名に泥を塗ったとして姉上を追放してしまいました」


「なんだって?」


「殿下への失言が原因で、左遷と追放です」


「いや私が悪いように言われても……。そんな重要なことを、なぜ私が、今の今まで知らなかったのかな?」


「殿下はプロメテウス関連でお忙しいようでしたから、気が散るような報告はこちらで止めておきました」


「いや、そんな話を聞けばたしかにプロメテウス殲滅どころではなくなるだろうけど……。優秀な家臣に恵まれて幸せだなぁ私は……。そもそも、『肉欲』程度の発言でそこまでの事態になるのかい?」


「姉上は良くも悪くも優秀な上、貴族子女らしくない性格ですので。味方も多いですが敵も多いのです。これ幸いと敵対勢力が動いたのかと」


「……ふぅん? 敵対勢力ねぇ? 何とも愚かしいね。セナが護衛騎士になることは決定事項(・・・・)だというのに。まさか自分たちの首を絞めるような真似をするとはね」


「…………」


 不敵に微笑むライネルであるが、ウィルナスとしては呆れるしかない。


 決定事項。

 そういう上から目線は姉上(セナ)が一番嫌うことなのに。どうやら聡明なる王太子殿下はまだお気づきになられていないようだ。


 同情心すら抱いているウィルナスに対して、ライネルは明日の天気を聞くような軽さで問いかける。


「ウィル。そろそろ代替わりをしないかい?」


 どうやら現公爵は次期国王から見切りを付けられたらしい。


 とはいえ、ウィルナスとしてもすぐに公爵をやれるなどとは思っていない。


「考えておきます」


「こちらとしては早急に実施して欲しいのだけどね?」


「考えておきます」


「頑固だなぁ」


 何がおかしいのかくっくっと喉を鳴らすライネルであった。


「……一応確認するけれど、他に止めている報告はないかい?」


「止めてはいませんでしたが、入ってきたばかりの報告が。――魔術を使うゴブリンが確認されました。おそらくは『進化』かと」


「……へぇ? プロメテウスの残党かな?」


「まだ情報が少ないので何とも。その個体が確認されたのは辺境伯領ですが、王都近郊でもよく似た個体の死体を確保しています。こちらが魔法を使えるかどうかの確認は取れていません」


「では、その個体の調査を進めてもらうとして……。辺境伯領とは、もしやセナが左遷されたという?」


「そうなりますね」


「…………、……王都から派遣した騎士団はずいぶんと腐敗しているそうだね?」


「騎士団長がガルガス公爵家の次男ですからね。辺境伯としても強くは出られないのでしょう」


「なるほど、つまり、その騎士団の監査に入るならガルガス公爵家からの圧力に負けない地位の人間が向かう必要があるわけだね?」


 王太子である自分が監査に行こう。

 ついでにセナにも会ってこよう。


 ライネルの心の声を察するウィルナスであるが、「いってらっしゃいませ」と送り出すわけにもいかない。


「まずは書類の処理をお願いします」


 ライネルがプロメテウス壊滅作戦で出払っている間に溜まった書類を執務机の上に載せるウィルナス。


 椅子に座った状態で見上げるほどの書類の山。それが二つ。


「い、いくら何でも多すぎないかい?」


「こちらで決裁できるものは処理しておきました。これらはどうしても殿下の裁可が必要なものとなっております」


「……優秀な家臣がいて幸せだなぁ私は」


 げっそりとしながらも、それでも早くセナに会いたいのか書類に向き合い始めたライネルであった。





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