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魔王軍幹部の弟子の使い走り  作者: あおいあお
第四章 神殺し編
95/183

95:森を統べた者



 財務大臣であり、貴族階級のまとめ役としても働く今、メラゾセフは嘗ての不夜城を住処としていた。

 魔王城とは別の、襲撃のあった吸血鬼の王としての城だ。

 今は財務省として機能している。


 当然に特務機関の事務局としても機能しているその城の、メラゾセフの事務室にて。


「現在の勢力図です」


 嘗て長年バディとして共に仕事をしたメフェスが言って、用紙を差し出した。

 彼の髪も成長した魔力によって赤黒く染まっていた。


 特務機関の任務の一つに、魔王国の北に位置する大森林の調査があった。

 これは定期的な報告である。

 いつものつまらないそれにも一応目を通すメラゾセフ。

 日々様々な派閥が産まれては潰れていく。有力な派閥でも気付けば潰されていたなどざらであった。


「む?」


 しかし今回は少し特別である様だった。


「たかがゴブリンがオークの群れを支配下に……」


「そちらですか。とは言え小規模な群れですがね。ただゴブリンの方は森全体で見ても最大派閥です」


 大雑把な数も用紙には書かれている。

 ゴブリンの群れが大きくなる程度の事なら珍しくも無いが、他種族を巻き込む動きは珍しい。


 まぁ、そんな事もあるだろうと。

 メラゾセフは特段気にする事はなかった。









 それが変わったのは、例の派閥がオーガまで傘下に加えたとの話を聞いた時だった。

 オーガと言っても森に住む雑種は見た目も強さも違う。

 まさに大きな鬼と言った具合の醜悪な見た目の者達で、己の覇気を管理下に置いたグラハス配下の者達とは大きく異なる。

 それでもDランクの者達だ。ゴブリンが相手になる訳がない。


 森林を調査する機関の者もそう思った様で、今回は取り分け内容は詳細であった。

 曰く、群れの長は純粋なオーガである事。

 結束が強く、全体意識が繋がっていると見てよい事。

 独自の文化を築き、ルールやそれを犯した者への罰則まである事。

 ある程度の医療知識や、道具を作る技術まで持ち合わせている事。


 それを知ってさすがに興味が沸く。

 また、協力的な部族とは交易までしてるとの事だから驚きだ。


 明らかに、何かの意思を感じる。

 考えられる事としてはニつ。

 一つ目は、ゴブリンの群れから非常に頭脳明晰な個体が現れた可能性。

 二つ目は、ゴブリンに協力、もしくは利用する他種族の可能性。

 どちらもあり得る事だ。


 だがメラゾセフは第三の可能性を考えていた。

 それは知性ある者がゴブリンに転生した可能性だ。


 なくはない。

 前世の記憶を持つ事は珍しい事だが確かにある。

 群れの成長具合から見て、ただの試行錯誤で成せる域を越えている。

 特に気になるのは突如として文化が築かれている事だ。


 調査を続け、他種族の宰相の様な存在が確認できず、かつ長が元はゴブリンであるならその可能性は非常に高まる。

 更に言うのであれば、元は“群れの進化”の恩恵を受けない様な末端のボブリンであるのなら、転生した個体である可能性はほぼ確実だ。


 そして実際に、その条件に当てはまった。









「如何しますか?」


「手は出さない。それが魔王様の御望みだからだ」


 メフェスの問いに答えたメラゾセフ。

 魔王ラーは外部者からの援助を受けず、荒波を勝ち抜いた森の主が現れるのを待っている。

 その者一人には100年、200年の時を待つ程の価値があると。


「左様ですか……。しかし、こちらをご覧ください。例の派閥が日常的に使っていた言葉の一部です」


「これは……暗号か?」


 新たに渡された資料を読んで、メラゾセフは問う。

 発音からは意味の読めない言葉の羅列であった。


「その可能性もあります。しかし詳しく調べたところ、どれも特別な意味を持っていませんでした。それも妖精種との交流を境に、公共語への変換を行っているようです」


「独自の言語を開発しただと?」


「恐らくは」


 頷くメフェス。

 妖精種との交流を得て教養の向上を図っている事も驚きだが、公共語の発音とかけ離れた独自言語を開発したのはもっと驚きだ。


 そもそも広く言えば、全ての生き物は全体意識で繋がっている。

 魔物や魔族だけでない。

 人間も妖精も竜も獣人も、知性ある生物は全体意識で繋がっている。

 故に、独自言語を作るにしても、世界公共言語である『神聖語』へと、似通った発音になって然るべきなのだ。


 誰しもが無意識下のずっと奥深くで繋がる全体意識にて、世界の多数派である『神聖語』を理解している。

 暗号ですらなく、日常に潜む言葉としてこれ程の独自言語を開発したのは偶然とは思えない。

 一体、あの群れで何が起こっている……


 そしてメラゾセフに、ある可能性が過った。


「メフェスよ……。“魂を視る技術”は持ち合わせているな?」


「無論です」


 分かっていながら、敢えてメラゾセフは訊いた。

 種族的に見える場合を除き、才能やこの世の強者の証とも言える“魂を視る技術”。

 Aランク帯に踏み入っているメフェスも、その技術を既に得ていた。


「お前に任務を与える。この群れの長の魂を確認してこい」


「……畏まりました」


 主の考えを察し、恭しく頭を下げるメフェスであった。









 結果。


「自分の目を疑いましたが……人間の魂でした」


「そうか」


 やはり、長は人間が転生した存在であった。

 それも恐らくは。


「異世界人が転生した可能性が非常に高いな」


 そのメラゾセフの言葉に、メフェスは声に出さずとも目を見開いて驚いた。


「む? 私の考えを察していたのではないのか?」


「いえ……私が考えていたのは、人間の国の間者が転生した可能性でした。それをする技術的問題は無視するものとして」


 と、メラゾセフの問いに答えたメフェス。


「無論、その可能性もある。だがそれならもっと上手くやるだろう。それに他国からのあの森への干渉は無いからな」


 自分の勘違いを認識すると共に、その先を行く主の読みに感服するメフェスであった。


「異世界はこちらの世界と違い、地域によって言語が違うとの話だ。ただでさえ魂が合わない種族に転生する可能性は極少だと言うのに、それが異世界の者とはな……。まぁ、まだ確定ではないが」


 『言語の壁』という物が身近でない我々にとって、異世界人を召喚した際に神聖語を教える事は非常に苦労すると聞く。

 その者も苦労したろう。


「如何しますか? 明らかな異端分子です」


「そうだな……。監視は続けるが、干渉はするな。森の覇権争いはその優位性だけで覆るものではない。もしこの者が覇権を取る事があっても、結局は本人の努力や気質から成った物だ。要因の一つに過ぎん。潰れるのなら、その程度のタマだった言う事だ」


 この場での話はそう落ち着いた。

 それが拗れだすのは、実際にその者が覇権を取ってからだった。









 素晴らしい。

 例の者が実際に覇権を取ったとの話を聞き、メラゾセフはそう思った。


 是非、欲しいと。


 だが実際にその個体と群れに接触して吸収したのはグラハス派閥であり、特務機関であるメラゾセフが関わる余地は無くなった。

 貴族階級としてその地域の統治をする画策もしていたが、例の長が吸収される条件として地方政府の承認を要求していた。

 それを魔王ラーは呑んだ。

 つまりは大森林は魔王国領土だが自治区となり、貴族としてのメラゾセフでも介入する余地は無いのである。


 最早関わりを持つ事は無理か……

 そう思っていた。


 だが、転機が訪れる。

 その者の実力と能力が買われ、その者は異世界人の討伐任務を行う事となったのだ。

 そして一時的にだが、その管轄は特務機関へと移行する。


 全てが上手く嚙み合っていた。

 その者が異世界転生者である可能性を知る者はメラゾセフとメフェスのみ。

 魔王ラーにすら、メラゾセフは報告していなかった。

 仮にだ……


 仮に、その者が同郷を理由に情が沸き、任務失敗等をした場合はどうなる?

 自分を含め、特務機関の者が責任を負う可能性はまず無い。

 監督責任としてはグラハス派の者か、推薦者であるラー本人となる。


 その後だ。

 その後はどうなる?

 そうだ。その時はこちらが管理すればよい。

 謀反の可能性があったとして速やかに管理下に置き、監視の名目で派閥へと吸収する。

 そうだ。それが良い。

 別にその者が任務を遂行するのなら、それはそれで良いのだから。


「相手が異世界出身である事を話してみろ。そしてその者の行動から目を離すでない」


「畏まりました」


 恭しく頭を下げるメフェス。


 実際にその者が行為の任務失敗をするのに、そう時間は掛からなかった。









 吸血鬼の不夜城。今で言う財務省。

 その謁見の間にて、玉座からメラゾセフはその者を見下ろす。


 後ろ手に縛られ、広々とした空間に膝を突く、一匹の鬼。



 ――そして今、その者が目の前に居た……



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