96:謁見
目の前には頬杖を突き、こちらをつまらなそうな目で見下ろす一人の男。
特務機関大将にして、魔王軍幹部序列九位、“夜王”メラゾセフだ。
魔王軍幹部と将軍を兼任する者は“鬼武神”グラハスと“巨神”ニグラトスの二人のみの筈だが、実際は目の前の男も裏で支える将軍の一人だった様だ。
「ここでは一先ず、先の作戦に於ける行為の失敗の事実確認、また現特務機関実行部隊第十二班特別隊員、リュウラの謀反思想の有無について言及する物とする。また、公的な場ではないが、ここではリュウラを便宜上、被告人と呼称するものとする」
窓際に立った吸血鬼の男が、そう感情の起伏無く言った。
俺をここに連れて来た男であり、一応業務連絡で顔も合わせた事のある男だ。
「被告人、作戦名『鬼ごっこ』にて、行為に対象の人間を見逃した事は認めるか?」
「……認めます」
「よろしい。では対象の人間の言葉、ここでは主に亡命の勧誘に対し、『実際に神殺しが成るか否かで決める』等と、肯定の意思を示した事は認めるか? これは重大な謀反思想を示唆される言葉である。返答によっては軍法会議に掛けられ、懲役刑、最悪は死刑に処される事を肝に銘じよ」
俺は男の言葉を項垂れて聞いていた。
「認めます……しかしハッキリと申し上げておきたいのが、ポチ子は本件に何ら関わりの無い事です! 俺はどうなってもいいし、調査に協力もするので、彼女は開放してください!」
俺は顔を上げてそう“夜王”メラゾセフに訴えた。
メラゾセフはこちらを無表情で見下ろしていたが、次第男の方へ向いてクイッと、顎で俺を指した。
それを受けて男は俺の手錠を解く。
意味が分からず、俺は膝を突いたまま動かなかった。
「我々の上には魔王様しかいない。指揮系統が組織内で完結し、それ故に組織の失態は我々自身の手で始末をつける事もしばしばある。被告人は現状我々の組織の者だ。組織の特殊な性質上、軍法会議に掛けずに私刑を下す事も、ある程度は黙認されているのだ」
と、そう語る吸血鬼の男。
「お前の、誠意を見せてみろ」
そう言って、男は俺の脇差を渡してきた。
それは本来対象の人間の首を切る為の物だった。
暫し黒光りする鞘を見つめる。
俺はその刀を抜き、鞘を前に並べて刃を自身に向けた。
「腹を切って、お詫びいたします」
「やめろ」
と、初めてメラゾセフが口を開いた。
「床が汚れる」
至極当然の理由で。
覚悟を決めていた俺は暫し固まる。
「お前の誠意は見せてもらった。堅いのは無しだ」
そう言うと頬杖をやめて、背中をつける様にしてこちらを見下ろすメラゾセフ。
「今ので任務失敗については不問とする。そもそもお前が情に流される事は予想していた事だ。お前が異世界出身である事を元々こちらはほぼ確信していたからな」
俺は表情にこそ出さなかったが内心驚く。
「だが謀反思想については予想外である。これには厳格に対処せねばなるまい」
と、その言葉と視線に今一度緊張が走った。
「お前は強い。森を統べたのは決して偶然ではない。殺す事は安易だが、国益を損なう事となるだろう。お前の謀反思想については慎重に判断するつもりだ」
俺は黙ってその言葉を聞く。
「確か、神殺しが成るか否かで決める……だったか?」
そう無表情に見下ろすメラゾセフ。
「魔王様は神殺しを成す。これは決定事項だ。……ま、お前は価値観の違う世界から来た身。それが成るまで悩む時間くらいはくれてやってもいい」
「……つまり?」
「神殺しが成った後、もう一度機会をやる。謀反思想の有無については、お前がこれからの行動で証明しろ。次こそ対象の人間を殺せ。……お前の女や故郷を守りたくばな」
暗に、次は無いと言う事。
その時責任を負うのは俺だけではないと言う事だ。
特務機関と言う組織の性質上、冷酷で合理的な対処を下される事だろう。
「寛大な処置に感謝致します」
俺はその場に跪いた。
「次こそは、対象の首を持って参ります」
そしてそう、確かな決意と共に言ったのだった。
〇
危うい奴だ……
リュウラが去った謁見の間にて、そう思うメラゾセフだった。
「少々処置が甘すぎるのでは?」
と、メフェスが言う。
「あの者にはこちらの方が堪えるだろう。グラハス派閥の鬼は義理堅いからな」
そう応えるメラゾセフ。
「左様ですか。しかし、今回の件を口実に特務機関への勧誘するのではなかったのですか?」
「それはもういい。あんな危うい奴は諜報員に向かん。あの者には戦場の方が合っているだろう」
既にメラゾセフはリュウラに対する興味を失っているのだった。
〇
「ポチ子!」
「わっ」
ポチ子の居る部屋に案内され、俺は顔を見るやいなや抱き着いた。
短く声を零すポチ子。
「りゅ、リュー君? どうしたの?」
「どこも怪我は無いか?」
「な、ないけど……。ほんとにどうしたの?」
疑問気に見つめるポチ子。
「なんて言われてここに来たんだ?」
「え? リュー君が任務で一足先にここに来てるって言われて、それでずっと待ってたけど」
「そ、そうか……。いや、いい。それで合っている」
頷く俺にポチ子は不思議そうに見上げていた、
「おかしなリュー君」
そう無邪気に笑うポチ子。
それに俺も笑みが零れる。
ここ最近で張りつめていた物が解けた気がした。
俺は今、見逃されてここに居る。
次は無い。
神殺しが成れば、俺はあいつを殺す。
神殺しが成らない場合は魔王様が負けた事を意味し、この国は亡ぶのだろう。
その時は俺も向こうにつくのだろう。
故郷と、ポチ子を守る為に。
きっとその答えが出る日は、そう遠くない。
何故かそう、俺は思った。
〇
「――との事でした」
「ふむふむ」
魔王城。
魔王ラーの事務室。
ラーは目の前の男の報告を受けて頷いてみせた。
「んじゃ、謀反思想は無しっと~。まぁ、僕は最初っから分かり切ってた事だけどねぇ~。君は昔から心配性なんだからぁ~」
「申し訳ございません」
赤黒い髪を垂らし、項垂れるその男。
その男は100年前の吸血鬼達への襲撃前から貴族階級に潜んでいた、ラーの送り込んだ根っからの諜報員だった。
そしてその者は長年に渡って“夜王”メラゾセフに対し、謀反思想の有無を確認する任についていた。
「ま、そう言った者も組織には必要か……。メフェス=ゥラよ」
その言葉にメフェスは顔を上げる。
最初はメラゾセフが森を統べた者が異世界人が転生した者である可能性を報告しなかった事から始まり、最近になってそれを利用し私兵へと加えようとする動きからラーへと報告していた。
ラーはリュウラが異世界人が転生した者である可能性も、それをメラゾセフが私的に利用する可能性も承知で任せていたのである。
結果リュウラは任務に失敗したものの、メラゾセフがその言い訳にする分だけの土産は持って来た。
そしてメラゾセフの働きも結局は国益を優先する為のものであり、謀反思想は無しと見てよい。
リュウラの謀反思想の有無については、ぶっちゃけどっちでもいいと思うラーであった。
「そんな事より気になるのは、近々来ると言う神々の軍勢についてだね~」
リュウラの土産とはこの情報の事だ。
メラゾセフはリュウラの任務失敗について、討伐よりもこの情報を伝える事を優先した為と言う口実にしていたのだった。
「かなりの手間にはなりますが、件の異世界人を捉えて知り得る限りの情報を吐き出させますか」
「いや、その必要はないよ」
メフェスの言葉に応じるラー。
「一応、天上にも我々の諜報員は居るからねぇ~」
そしてそう機嫌良く言う。
「さて、シューよ。参謀会議の予定を遅らせ、代わりに幹部を集めてくれ」
と、給仕にそう指示するラー。
「大幹部会だ」
そしてそう告げた。
さて、勇者と相対し、自称引き分けたと言うあの者は、今回来てくれるかなぁ~。
と、そう楽しみに思うラーだった。




