72:真・勇者パーティVS真・先代勇者
「お前! 何者だ!」
アランが躊躇なくハルバードを構え、男へ向けて叫ぶ。
その存在を認識すると共にヘルン達は警戒態勢を取った。
「おいおい、躾がなってねぇガキだな。ま、この場合は正しい反応だろう」
そう余裕の態度で男は言った。
ヘルンは思う。この肌がぴりつく感じ。
間違いない。格上だ。
レベルが91に達して尚体が反応すると言う事は、相手はそれ以上であると言う事だ。
「だがお前ら一応は勇者パーティだろぅ? 少しは敵の前口上ってのも楽しもうぜ」
そう気さくに話す男だが、ヘルンは男にどこか違和感を覚えていた。
格上と対峙した緊張とは別で、頭ではなく体が何かを理解し強張らせている。
「今、兄弟って……言ったか?」
「ああ、そうだ。血は繋がってないが、同じ祝福を分かつ兄弟だろ? 何ら、そこの嬢ちゃんも妹に当たる訳だ」
思わず気になって訊いたヘルン。
男の答えた視線の先には神官のミティアが居た。
「まぁ、お前とは同じ師を持つ者としても、兄弟だがな」
その言葉にヘルンは息を飲む。
「な、何者なんだ」
剣を抜く事も忘れ、ヘルンは問いを重ねる。
男の一挙手一投足見逃さまいと凝視する。
「魔王軍幹部序列三位……の、代理ってとこだな」
たった今明確な敵である宣言をしたと共に、ヘルン達の警戒は高まる。
そして。
「名はフルハ。お前と同じ、女神ハウリアからの祝福を受けた者だ」
「なん、だと……?」
その言葉を聞いて、仲間とは反比例するかの様にヘルンの力は抜ける。
そして頭でも理解した。
目の男は今までの敵と違うと。その違和感の正体を。
そいつは魔の者なんかではなく、寧ろずっと逆。自身と同じ凄まじいだけの神聖な気を感じる存在だと。
「おい、ヘルン! 相手の言葉に惑わされるな!」
「そ、そ、そうですよ! きっと嘘ですよ!」
と、アレンとミティアの声が呆然としていたヘルンの意識を戻す。
だが違う。仲間の声を信じたいのは山々だが、ヘルンの中の確信は男の方にあった。
否定をしようにも、それをするだけの材料がない。
「そこのお嬢ちゃんなら……分かってくれるよな?」
視線が向き、ハルは青い顔で生唾飲む。
ハルが頭痛や吐き気すら覚え、言葉を失くした『全知の祝福』により視た男のステータスが以下の物だ。
名称:フルハ
種族名:人間
レベル:99
魔力適正:17 魔力総量:2197/2197
闘気適正:23 闘気総量:7854/7854
状態:聖杯の祝福
技術的にステータスを視られる場合と違って、『全知の祝福』の能力に対してステータスの偽装はほぼ不可能である。
つまりは、そのステータスは紛れもない男の物。
何より全体意識から情報を読み取るその能力は、視覚的な情報で探ると言うより、もっと物体的な物を手探りする様な感覚である。
直接的に術者であるハルに情報が送られ、その質によっては負担がかかるのである。
そして今感じるその負担こそが、このステータスが紛れもない真実であるとハルに告げていた。
「そ、その方に『聖杯の祝福』が掛かっているのは事実です……。少なくともそれは。……そしてステータスはスフィル様にも引けを取らない。レベルは99なので、祝福の効果でしょう。タイプは闘気よりです」
「なっ」
声を零すヘルン。絶句する皆。
騎士スフィルのステータスを確認していた故の反応である。
ハルはこれを闘気特化のステータスと言っていいものかと悩んだ。もはや魔力一つとっても伝説的な魔法使いにだって引きを取らないだろうからだ。
「ま、そう言うこった。誰が主神かまで証明できないのが残念な事だがな」
そう男、いやフルハは飄々と言った。
「何故、だ……」
「ん?」
「勇者の身でありながら、何故魔王軍に堕ちた!」
ヘルンは怒りに震えていた。
「おいおい、説教かよ。祝福を受けたからって人間の味方するルールなんてねぇだろ? 俺は自分のルールで生きただけだ」
「お前! 女神ハウリア様から選ばれた身としての誇りはないのか!」
「ハッハ、信仰深いこった」
フルハは天を仰いで喉を鳴らす。
「お前には俺が人類を裏切ったかの様に見えているらしいが、それは違う。俺は最初からこっち側だっただけだ」
その言葉にヘルンは眉を顰める。
「お前がもうどうしようもない奴なのは分かった。で? 同じ師を持つ者とか言ってたか? 俺は師ラゼルより鍛えられた身。お前もそうだと言いたいのか?」
「そうだ。俺もあいつに拾われた身さ。つまりはお前にとっての兄弟子って訳だな。同じ『聖杯の祝福』を持つ勇者としても、今日はちょっと先輩風でも吹かそうと思ってな」
そう言ってフルハは剣を抜く。
深い青色の刀身であった。
「にしても、じじぃはやはり俺の事は何も話してなかったようだな」
「ああ、お前の事など知らん。そしてそんな勇者の存在も」
「そいつはそうだろう。先々代の失敗をしまいと俺は隠されて育った。世間じゃ俺を飛び越してお前の前世が先代勇者って事になってしまっている」
肩に担ぐ様に剣を持ち、まるで見下す様な態度で話すフルハ。
「だが俺は確かに勇者として産まれ、勇者として育った。言うなれば――」
そしてそのまま上段に剣を構えて言った。
「“真・先代勇者”……ってとこか?」
○
「ごたごたとうるせぇ! 要は敵だろうが!」
「待て! アレン!」
ヘルンの静止空しく、アレンは駆け出しハルバードを振るう。
それを青い剣で応じるフルハ。
ヘルンが咄嗟に止めたのは簡単な理由である。
そいつが強いからだ。
「ぐぁっ!」
響き渡るアレンの声。
アレンは腹を蹴りによって打ち抜かれ、勢いよく飛ばされた。
それでもハルバードを地面に突き刺す事により勢いを殺し、範囲は10メートル程度に抑えている。
「ぐっ、かは!」
咳き込むアレン。
血は出ていないが、跡が付いた鎧が威力を物語っている。
すぐさまミティアが駆け寄り治療を施す。
「一人は荷が重い! 連携するぞ! ミティアはハル優先で各種支援魔法だ!」
「はい!」
ヘルンは剣を引き抜き、向こうからは仕掛けて来ない様子のフルハと対峙する。
「様子見とは余裕の態度だな……」
呟き剣を構えるヘルン。
「最初から全力で行く! 聖剣カリバン、応えろ!」
呼応する様に輝きだす聖剣。
間入れず駆け出した。
目に追えぬ様な剣戟の応酬があった後、二人は鍔迫り合いと成る。
「酷いなぁ、聖剣カリバンよ。俺の事はあんなに嫌ってくれてたのになぁ」
そうヘルンの剣を眺めながら呟くフルハ。
その様にヘルンは顔を顰める。
火花の代わりに聖なる光を迸らせ、剣戟は激しさを増していく。
「おりゃああ!」
早くも復帰したアレンがハルバードを振るい、地面を抉る様な斬撃を放つ。
達人により練られた闘気は余波だけでも巨木を切り倒す様な力を持つのだ。
フルハはヘルンの素早い剣戟に加え、重い一撃を放つアレンにも剣一本で対応をする。
加えて決して決定打になる様な物ではないものの、ハルも魔法でフルハの動きを邪魔する。
「中々やるじゃないか。一長一短で成せる連携ではない。……ん?」
余裕に呟いたフルハだったが、踏み抜いた足場に違和感を感じて下を見る。
ぬかるんでいる。泥状に溶けた地面に足が沈みかけていた。
(貰った!)
ヘルンとアレンは今一度得物を持つ手に力を込めた。
ヘルン達の対単騎戦の常套手段の一つだった。相手に現状魔術士が行える事は気を散らせる程度だと認識させ、二人の絶え間ない斬撃により他に目を向けさせない。
そしてハルだからこそ可能な遠距離、そして相手だけを狙う精密な魔法。
立地の条件もあって毎度可能な事ではないが、一瞬にしてほぼ確実に不意を突く事が可能な手だった。
激戦で足元が留守になるのは達人でもある事である。
ヘルン達は左右からそれぞれの獲物を振るった。
この手段の良いところは、不意を突くと共に踏ん張りが効かなくなる事である。
ヘルンは相手が避けようとして余計ぬかるみに足を突っ込んだ様を見て、この一撃が入る事を確信した。
と、目が合う。
倒れ行く体制で、相手は剣を構えると共に言った。
「『プレア・スラッシュ』」
直後、轟音が響く。
悲鳴も掻き消され、二人は深手を負って吹き飛ばされた。
地面が10メートル以上に渡って抉れ、まるで隆起したかの様に地形が変わる。
「かっ……は!」
「ああぁっ!」
脳が痛みの情報を処理し切れず、遅れてやって来たかの様な苦痛に二人は喘いだ。
土埃り舞い荒れ果てた中を悠然と歩いてヘルンの元へ向かうフルハ。
「この様に闘気と共に放つことで、この技の威力は飛躍的に上昇する……ま、制御できるかは別だが」
そう言ってヘルンを見下ろすフルハ。
「そ、その剣……」
ヘルンは痛みに苦悩する中でも、フルハが下げた剣に目が向かっていた。
それにフルハ自身も青い剣へ視線を向ける。
「聖剣カリバーン。かつて勇者自身の手によって砕かれた聖剣エクスカリバーの、上から三番目に大きな破片で作られた剣だ」
まるで全てが格上だと言いたげな説明である。
フルハはもう一度その剣を肩に担ぐ様に上段へと構え、周囲を睥睨した。
「さてと……何発耐えられるかな?」




