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魔王軍幹部の弟子の使い走り  作者: あおいあお
第三章 帝国消滅編
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71/183

71:帰結する内通者の存在



「クソッ!」


 俺は悪態を吐きながら拳を机に打ち付けた。

 闘気を込めていないとは言え、レベル30を超える俺が力任せにぶつけたそれは破壊されてしまった。

 自分で言うのもなんだが、珍しく荒れる主の姿に周囲の騎士たちも動揺しているようだ。

 かと言って俺を止めようとする者は居ない。皆、気合で跳ね除けられる状況ではないと分かっているのだ。

 パラパラと落ちる地図や駒も最早構う事が無いのは、果たしてそれに意味があるのかと誰もが疑問に思っているからだった。


「荒れてるわね。レル」


「リタ! 戻ったのか! 良かった!」


 と、その時、簡易基地とは言え仮にも現皇帝陛下の御座す天幕に何ら気負いなく入って来る人物を見て、俺は声を上げる。

 幼馴染であるリタの姿は薄汚れ、数日まともに自分の世話をできていないのは安易に分かる。

 最も、俺も含めこの場の全員がそうであるが。


「最初は近衛騎士を動かそうなんてどうかしてると思ったけど……どうにか上手くいったわ」


「そうか。戦況は把握してるが……どうだ? 私見で構わん」


「奇襲は成功よ。完全なる不意を突けた筈……つまり、貴方の危惧してる通りね」


「くっ……!」


 作戦は成功したと言うのに、俺は歯を食いしばる。

 魔王軍との戦争が激化して約三か月。帝国は広大なその領土の半分以上の侵攻を許してしまっている。

 重大な要塞も帝都も飲み込まれ、我が父にして皇帝は戦死し、最早帝国は滅んだも同然。

 今更出し惜しみを失くした周辺国家の支援により形を保っているが、魔王軍の戦力は底が知れない。


 二つの国家を滅ぼした大きな要因である敵軍の部隊である不凋花アスポデロス

 正確には王国はその前身となる部隊の様だが、今や人類の恐怖と死、そして滅亡の象徴となりつつあるその最強の部隊は戦線の各地で猛威を振るい、帝国軍の後退を余儀なくされている。

 何よりもその動きだ。

 こちらの不意を突き、裏をかき、まるでこちらの動きなど筒抜けだと、嘲るかの様な動きをするのだ。


 噂には聞いていた。

 魔王軍には大幹部以外にも将軍として危惧せねばならぬ個体が居る事は。

 名軍師と言わざるを得ない采配、全てを見透かす様な参謀本部の手腕。

 だが、これは……!


「ああ、明らかに魔王軍は俺達の動きを分かっている。元々魔王軍の諜報部隊を舐めちゃいなかったが、予想以上だ……。そしてこの中に内通者が居るだろう」


 少し冷静になれた俺は、そう厳かに言って睥睨した。

 周囲の者に動揺が走る。

 顔を見合わせ、自分が疑われているのではと汗をかく。


「レル。今はそんな暇ないわよ」


「分かってる。それに、俺は……」


 最早嫌という程、身辺整理も身辺調査も行った。

 ここに居るのは全員が限りない白。

 その上で味方を疑っている余裕は俺達には無い。

 それにだ。俺は……。俺は!


「信じているんだ! 俺は、お前たちを……っ」


 卓に手を突き、顔を俯かせて俺は言った。

 それはあまりに君主らしくない、希望的観測の下の発言。

 それに周囲の騎士たちは己の不甲斐なさ、居ると思われる裏切り者への怒りで拳をきつく握った。

 この絶望的な状況。守るべき祖国は疾うに滅んだに等しく、皆が必死に戦った。


 それを間近で見ていたレルは思う。

 この中に裏切り者が居るなど信じられぬと。

 先の作戦の成功と共に、レル直轄の近衛騎士に裏切り者が居る可能性は限りなく低くなった。

 そしてそれは、それ以外に居る可能性を色濃くした。

 だがそれでも、レルは仲間を信じたかったし、信じていたのだ。


 ――そしてその時、レルにある可能性が過った……


「ま……さか」


 い、いいや! 幾ら何でもそれはない!

 ありえない!

 そんな事は!

 まさかあの人物が、魔王軍に付いているなどと……!


 直ぐにでも辞めたい筈の思考が、否応なく辻褄を合わせていく。

 頭を抱えてその思考を咎め続ける事空しく、その結論が頭にこびり付いて仕方なかった。


「うっ、ぁあ、あ! あ」


 自分の頭が穢れた物に思えて仕方が無く、レルは力一杯に髪の毛を掴む。


「う、ぶッ。おぅえぇっ!」


「レル!? どうしたの!?」


 思わず嘔吐した俺へリタが駆けつけて来る。


「まさか、まさか……ありえない。……幾ら何でも、そんな事はっ」


「ど、どうしたって言うの!? まさか分かったの!? 裏切った者が! 一体誰なの!?」


「い、言えない゛! たっ、耐えられない! これは……」


 全幅の信頼を置くリタが相手だろうと、俺は首を横に振る。

 ある意味ではリタの為でもあった。

 こんな事を考えてしまっては、最早魔王軍と戦う意味を失ってしまう。


「この中に裏切り者は居ない……。疑ってすまなかった」


 だが俺は今や帝国の命運を預かる身として、膝を突くなど許されない。

 俺は立ち上がり自身の動揺を飲み込み、押し殺すと言った。


「ヘルンを……勇者一行を呼んでくれ!」


「え。し、しかし、勇者様御一行の向かった場所は念入りな計画の下選ばれた場所で」


「そんな事は分かっている。だが呼んでくれ。……それに、恐らくそこも読まれている」


 バカな!

 そんな言葉が聞こえて来そうな程空気が変わった。

 たった今この場に裏切り者は居ないと言ったばかりではないか、と。

 この場に情報を漏らす者が居ないのなら、最早勇者の動き読むなど不可能。

 しかしそんな不可能的な読みを相手は幾度となくしてきたのは紛れもない事実。

 誰もそんな事はないと否定をできないのだ。


「よ、予知能力でもあると言うのか……魔王軍は」


 勇者を呼ぶべく、騎士の一人が天幕から出た後、誰かがぽつりとそう零した。

 予知、か……前時代では占い師による軍事行為の決定などもしていた様だが、当然その対策もしている。

 そして未来を知る魔法はこの世に存在しない。唯一『運命さだめの祝福』の効果がそうだろうが、あれは逐一最新の戦況が読める程使い勝手の良い物ではない。


(使い勝手の良い悪いなんて、主のお力を俺は何だと思っているのやら……。いや、今はそんな事どうだっていい)


 そもそも祝福や加護は人間にしか掛からないしな、と言う思考も今は首を振って忘れ、レルは勇者が戻るその時を待つ事とした。









「たっく、帝国のお坊ちゃんも人使いが荒いぜ」


「そんな事言っている場合か。と言うか、今やレルは皇帝陛下だ」


「ハッ、それもいつまで続くかな」


 勇者一行は現皇帝レルの指示により、戦場とは大きく離れた場所を歩いていた。

 草原と山々の風景が広がり、まさに今帝国の存亡を掛けた戦いがあるなどとはとても思えない長閑な風景だ。

 新たに加わった仲間である戦士のアレンは文句を言いつつも指示に従っている。

 今は一刻も争う様な時期なのにこんな事をするのは、とヘルンも思いつつも、軍事行為に対しる知識などない自分たちは皇帝や帝国軍将軍の指示に従おう、という賢明な判断である。


 その指示、とは戦線の要所を大きく迂回して後ろから将を討ち取れ、と言う簡潔であり、そして自力が試される指示であった。

 一度戦線を離れるとは言え、敵の懐に入り込む非常に危険な役回りだ。


「ま、あの目は気に入ったがな。国が滅んでも、ダチとして面倒見てやろうぜ」


 と、そう言うアレンにヘルンも思い出す。

『こんな役を他国どころか平民の者に背負わせてしまうのは心苦しい……滅亡に導いた愚皇だと罵ってくれて構わない……。だがどうか、友として手を貸してくれ!』

 そう言って頭を下げたレルの姿。

 皇帝の指示と言うよりは、友の願いを聞き入れた形なのだ。


「で、ヘルン。通算でお前何体斬った?」


「んなの覚えてねぇって」


「おい! 数えとけって言ったろ!」


「んな余裕ねぇわ! そういうお前は?」


「数えてない!」


「何なんだお前……」


 アレンに呆れた目を向けるヘルン。


「ただでさえ悪魔の時の決着付いてねぇってのによ」


「いやあれは俺の勝ちだろ。敵の将を討った訳だし」


「だからあれは数だろ? 俺の方が斬ってる」


「いやいや、焼け死んでたのも俺のカウントだろ。それだけ凶悪な個体と戦ってたって意味だし」


「んな事言い出したら幹部っぽい奴は全員こっちに来てたぞ?」


「はぁ? 一体取り逃がしてたろうが! それもラミリア姫の個体を!」


「だからお前を助けるのを優先したんだよ! もうちょっと恩に着れ!」


「頼んでねぇわ! 必要なかったわ!」


「瀕死だったろうがおぇー!」


「言っとくけど瀕死はお前もだったからな!?」


「何おう!?」


 そう言い争いの始まるアレンとヘルン。


「また始まった」


「あはは……」


 それに呆れるハルと困った様に笑うミティアであった。

 ――そんな折である……

 彼が来たのは。


 何故疑問に思わなかった。ヒントは色々あった筈なのに、その人物が目の前に来るまで何も思わなかった。

 綺麗な金髪。深い碧眼。中年の男だが、姿勢も良く鍛えられた肉体である事が分かる。騎士風の男。

 その男が向かい側から堂々と歩いて来るのを誰一人として疑問に思わなかった。

 戦場から離れているとは言え、戦線自体は近い。

 何より男は()()()()から来た。難民としては身なりが良く、騎士としてはあまりに不自然。


「ん? 何だ、あの男……」


 本来なら疑問に思う筈の存在が、ヘルンは男が目の前来て漸く気になった。

 その距離約5メートル。

 凄まじい練度に達した気配の操作。存在が完全に支配下に置かれている。


 そして何より、あいつもこんな登場だった。


「よう、兄弟。会うのは初めてだな」


 そう、その男は言った。



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