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贈り物  作者: marron
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 祖母が老人ホームへ入所したと聞いたのは、のり子が小学6年生の時でした。

「認知症って?」

 祖母は認知症が進んできたため、自宅で介護が難しくなりホームへ行ったとのことです。

「簡単に言えば、ボケてしまうことよ。最近体も弱ってきて歩かなくなってきたから」

 のり子の母が教えてくれました。

 いつも背筋の伸びた、大好きな祖母がボケてしまう。それはのり子にとって衝撃でした。

 人間はどうしてボケるのだろう。多くの高齢者は認知症などによって記憶が曖昧になっていく。それはなんとなく理解できます。でも、それにはきっと何か意味があるのではないか、のり子は聡い子ですから、そう考えました。

 母の話では、昨日のことも思い出せないことがあるそうです。

「じゃあもう、私のこと忘れちゃったかしら」

「そうねえ、のりちゃん最近背ものびたし、どうかしら」

 恐れのような焦りのような何かが心に広がりました。

 のり子はまだ、死を知りません。

 人間が生きるということは、死へ向かうということは何だろうと、その時初めて一生懸命考えました。


 次の日、のり子は祖母のいるホームへお見舞いに行きました。

「あら、のりちゃん」

 部屋で寝ていた祖母は、すぐに気づき起き上がりました。

 それを見たのり子はホッとしました。全然ボケたようには見えません。まだ祖母は生きられる、そう思いました。

 でもそうではありませんでした。

 祖母はしっかりと話をしているのに、手先が小刻みに揺れていました。体を起こしているのもおぼつかないようです。のり子が来たから無理をしているのかもしれません。

「おばあちゃま、疲れたでしょう?」

「大丈夫よ。のりちゃんが来てくれたから嬉しくてね」

 初孫ののり子に厳しかったあの祖母は、すっかり丸くなってしまい、まるで普通のおばあさんのようでした。

「おばあちゃま、ちゃんと食べてる?食べたいものとかない?」

 痩せた手をさすりながらのり子が聞くと、祖母は首を振りました。

「もうこの年になると、食べなくなるのよ」

「食べなくなるの?でも」

「そういうものなの」

 だからと言って、生きているのに食べないわけにはいかないでしょう。のり子にはよくわかりませんでした。


 それで家に帰ってから、祖母はどうして“食べない”のかを考えました。

 記憶が難しくなった祖母。昨日のことも忘れてしまうようになったり、新しいことは覚えられなくなったりするのです。

 食べなくなって、手足が細くなった祖母。

 欲もなく、ただのり子が顔を見せることだけを喜びました。

 のり子は気づきました。それが人生の終わりなのだと。

 人は何も持たずに生まれてきて、何も持たずに生を終えるのだと。そんなことが漠然と分かった時、のり子は決心しました。

 小学校入学をお祝いしてくれた祖母に倣い、人生を終える祖母に贈り物をするのです。


 のり子は準備をすると、祖母のホームへ行きました。

「おばあちゃま、今日は私からおばあちゃまに贈り物があるの」

 のり子は部屋に入ると早速祖母に話しかけました。

 祖母はその日も、のり子の姿を見るととても喜びました。

「贈り物?」

「そうなの。私、おばあちゃまのお家に行ってこの籠を借りてきたの」

 そう言いながら、のり子はベッドテーブルにあの六つ目籠を置きました。

「あらまあ」

 それからのり子はあの日の祖母のように、中くらいの籠に花を飾りました。折り紙や包装紙で作った花でした。

「まあ、綺麗ねえ」

「中くらいの籠は心の贈り物です」

「そうね、よく覚えていたわね」


 のり子は次に、大きな籠に果物を入れその真ん中に小さな器を置きました。

「果物はね、食べたいときに食べてね。でもこれは今、食べてほしいなあ」

「これ?プリンね?」

「うん。のり子が作ったのよ」

「まあ、のりちゃんが?それは食べなきゃね」

 祖母はそう言うと、スプーンを持ってのり子の作ったプリンを食べました。

「とっても美味しいわ」

「大きな籠は身体のための贈り物です」

「そうね。美味しい物は身体に良いのよ。ありがとうね」


 それからのり子は、小さな籠に空の器を入れました。そしてその周囲に、のり子の家族の写真を置きました。

 器は空っぽです。

「小さな籠はおばあちゃまにとって大切な贈り物です」

 空っぽの器を見て、祖母は微笑みました。

 それは、あの日の凛とした祖母の顔でした。

「素敵な贈り物をありがとうございます」

 そう言って、祖母は深々と頭を下げました。


 祖母はのり子の贈り物の意味がわかっていました。

 この世の歩みを終えるまで、祖母は少しずつ大切なものを手放していくでしょう。その大切な物を、祖母はその空の器に入れていくのです。

 すべての物を手放したとき、祖母は生を終えるでしょう。


それまでのり子は毎日祖母の元を訪れては、懐かしい思い出話をして過ごしました。それが、祖母にとっては何よりの贈り物でした。



お読みいただきましてありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「ひだまり童話館」の企画から拝読させていただきました。 最後にのり子が祖母へ贈ったもの、それはかつて祖母がのり子に贈ったもの、その本当の意味が分かっていますよというメッセージのように感じたの…
[良い点] 贈り物 拝読させていただきました。 おばあさちゃんから孫へ、命のサイクルを感じる童話でした。認知症やホーム、それまで立派だった祖母がボケていくということに衝撃を受ける主人公など、現代的で…
[良い点] このお話、深く胸に沁みました。95歳で祖母が亡くなって二年目になりましたが、折に触れて色んなことを今でも思い出します。 このお話のお祖母ちゃんのように、祖母は教員をしていたためか子供の頃…
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