七十話「魔王の正体」
「さっきからうるせえな……マギアさんが何だかんだと……」
魔王の声にもう健気さは残っていない。
あれほど教室を振回す陽気な美少女の姿は見いだせない。
「偽物……どういうことなのですか?」
エリアーデは戸惑っていた。アレクサンデルにしても、黙って勇者の顔を向いたまま硬直している。
「しかし、この女はマギア・ユスティシアの特徴をはっきり示しています! 一体何が違うのですか?」
「どう見ても小柄なこの娘を、あの魔王だと思えるか?」
激しく同意。僕はずっとこの疑いを捨てずにいた。どう察ても年少の、年端いかない女の子じゃないか。
でなくても、あれほどの苦難に巻きこまれた人間が、こんな陽気で、破天荒で、闇を知らない人間でいられるはずはないだろうに。
マギアの顔は見たくない。とても、人に見せられない顔だったはずだ。
「こいつはこの問題の哀れな被害者だ……本当ならこんな所で我々と対面してる存在じゃない」
コンスタンティンの憐憫は、魔王に向けられていた。
しかし、どう考えてもここで打ちしおれているマギアに対してのではない。
「本物のマギア・ユスティシアはすでに死んでいる。数か月前にこの世界の人間によってな」
「この世界の人間? 一体誰に!?」
エリアーデの詰問を、手でしりぞける勇者。
「奴はこの街を忍び歩いている時、鋼鉄の馬車にひかれた。この世界ではありふれてる乗物らしいが、かなりの重傷だったらしい」
コンスタンティンは、ごく低い声で話し続ける。
「そこに一人の、この世界の少女が居合わせていたんだ。面識があるかどうか分からないが、マギアはそいつに自分の体の構造を移植しようとしたらしい、が――失敗に終わった」
体の構造を、移植する?
それはもしかして咲が化物
「あの魔王のことだ、本来ならそいつの体を乗取って、精神の方も同期できたはずだ。だがあまりに突然のことだったし、魔王が負った傷はあまりに深かったらしい。だから奴はその少女の肉体を奪えなかった。ごく不完全な体格と記憶の一部が少女の体に刻みこまれただけ。出来上がったのが、そこにいる小娘だ」
僕は、勇者の話の半分も理解できていないだろう。本物の魔王が別にいるのは、わかる。
そしてこの女の子は偽物の魔王になる……はずだ。
しかし、演じているとか自称とかでは、ない。この子には
「魔王の記憶を半分も再現してないようだしな……最期にとんだ失敗作を遺してくれたものだ。全く途方にくれる……」
頭の中で、どこかの神経がはち切れた。もう、こんな奴の戯言に数秒でも耳を貸していたくない。
魔王ではなく、この子が今までに僕たちにしでかしてくれたことは全部、うそだったのか?
僕を勇者と呼んだのも、教室の奴らをうそだったのか?
こんなどうしようもない茶番を展開させやがったのも、魔王とやらいう奴が仕向けたことなのか?
すさまじい不条理だ。僕は憤慨のあまり死にたくなった。こんな、こんなひどい冗談が?
もし、目の前に勇者の言う本物の魔王がいるとするなら、僕はそいつに、今までにあった事件を全てなかったことにしてほしかった。
だが、当の魔王がもう死んでいる。
「言ってることが意味不明なんだよ!」
僕は、この勇者様に八当するしかなかった。
「僕は勇者なんて知らない! ただあいつの魔王ごっこに付合ってやってただけだ! 魔王とか、世界の危機とか、そんなもんどうでもいい! 僕はただあの日常が送りたかっただけなんだ! 何でお前らは、それを……否定する? 破壊する?」
けど、勇者相手にこんな告白は何の役にも。
「僕はこんな結末なんて予想してなかった……ただ魔王の活躍を傍目で見物してればよかったんだ……」
ごく女々しい声で、弱音。
それから先に備える言葉など、なくて。
コンスタンティンは、反論すらしなかった。
「お前は知っていたはずだ。この子が魔王マギア・ユスティシアではない事実など、今までの出来事を想い返せば簡単に分かる……」
ふざけんな。僕はこれまでにあった言葉と感情、全速力でさかのぼって――電流が走った。
まさか。
◇
「そうそう、これは気になったことなんだが。あの魔王の家ちかくで交通事故が一件起きてる」
急に物騒な話題、動転した。
「事故……?」
「ああ。どうやら若い女の人がひかれたそうな。けど、どうも変なんだよな」
瞳が虚空を誘導けられている。
「……何が?」
――
まだ魔王と会ったばかりの時、吉田と交わした一つの会話。
その時はただ、重要だとも何とも思わないまま、記憶の片隅に残して置いただけだったのだが。
勇者の言葉が、もし、真実なら。
「なんで、今まで、黙ってたんだ?」
僕が尋ねたのは、全く知らない一人の人間。
もう魔王マギア・ユスティシアは完全に消滅したのだ。
全ての権威と威厳が少女からははぎ取られていた。と言うより彼女は一度だってマギア・ユスティシアであったことなどなかったのだ。嘘をつき続けることで実在するかのように見せかけていたにすぎない。
それが分かった今、彼女は自分をみずから否定するしかない。
「私は……魔王マギア・ユスティシアなんかじゃない」
少女は叫んだ。
「ただの弱虫の女の子だ!!」
そのまま両腕をふり乱して走りだし、校庭の砂を踏みしめ、遠くへと遠くへと。僕は止められなかった。コンスタンティンも止めなかった。
彼女は世界の危機に関する人間ではなく、気づきすらしない単なるモブキャラでしかなかったのだから。
突如として原先輩が叫ぶ。
「魔王が逃げ出した! 逐えー!」
「ええ、私も追いかける~」
北野春風。
学校からは、これでもう誰もいなくなったようだ。




