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六十六話「翔吾、異世界人と身近に接す」


 帰宅すると、エリアーデとアレクサンデルが律儀にも玄関に立って待っていた。

 まるで家を、屈強な空巣二人組が奪取のっとった圧力に満ちていた。

 言葉を失う僕。

 エリアーデが叱責。

「何か言いなさい、アレク!」

 すると、アレクサンデルがまるで意見を具申する時の硬い顔、

「どうもこの街にもう一人魔術師が忍びこんでるらしいっす」

 次にしわを寄せる。僕はその切迫した感情で、直前以上に緊張しだす。

「何でも、高い位にある魔術師に違いないっす。自分たちの存在も知ってるはずっす!」

「もう一人の魔術師?」

「王国政府によってこの世界に渡ることはずっと難しくなっているはずなのに、勝手に渡っちゃう不届者がいるらしいの」

 ロデリックみたいな輩が、また現れたというのか。

「恐らく、その魔術師は相当な身分の人間で間違いないっす!」

 いまだ理解の追いつかない僕に、力説。

「この世界の存在を知っている人間はわずかしかいないし、知ってるとしてもその技術を使ってこの世界に行ける奴は限られてるっす。ただの一般人とは思えないっす」

「ええと、まさかそいつも敵とか?」

 おびえる僕。

「まあ、最後まで聴きなさい。実際、本国にどうも数ヶ月前に失踪した魔術師がいるの。魔法学会に所属してる人でね、名前は忘れちゃったんだけど、確かマギア・ユスティシアとも面識があったわよね?」

「あったっす。世界融合の技術を知る魔王を探して、見つけ出すはずっす」

 くそ……。クラス中の空気も張りつめてるってのに、ますます状況が悪くなる一方じゃないか。

「しかし、あんたにもそれなりの事情があるみたいね。何でも祭が学校の方で行われるんでしょ?」

 文化祭について一から話すのは面倒くさいな……。


「ま、魔王のことなんですけど」

 するとエリアーデが脊髄反射的に僕の肩をつかんで脅すように揺らす。

「何!? まさかマギア・ユスティシアが本性を顕したの!?」

 そうなると再び意識を失うのは必定。

「ちょ、エリアーデやめろっす!」

 アレクサンデルが女の片手をつかんで引きはがす。僕はその衝動で後につんのめりそうになり、柱によりかかって息も絶々、

「違うんです……マギアが、衆前おおやけに姿をさらすことになる時間があるんです!!」

「はあ?」

 本気で困惑するエリアーデ。


 文化祭は昼から晩まで続くことになっていた。何でも魔王が歌うのは日が沈んで相当してからだそうな。

「何ですって……! どうして早く言ってくれなかったの!」

 激しい昂奮いきどおりの口調。

 こういう事に敏感なのは分かってたが、持前の臆病さが祟ってしまった。

「その時こそ、ロデリック卿が現れる絶好の機会じゃない!」

 あの男と三回目の遭遇を遂げるというのか。ただでさえこんな奴らと過ごす日々が不本意だってのに。

 いよいよ、僕は言葉に窮する。

 エリアーデは依然としてわしづかみにして、まだ離そうとしない。

「け、けどですよ!」

 とにかく、その手をどうにかしてくれ。僕はさっさと夕食の準備をしたいのに。

「エリアーデ、自重しろっす……」

 アレクサンデルが横で苦い顔。

 そのまま僕は勢いで思いついた言葉を吐く。


「その時こそ、本物の勇者が現れるときかもしれない……」

 ぴくりと、エリアーデの眉毛がすぼむ。

「勇者様、が?」

「た、多分ですけど……」

 僕は発言に後悔していた。けど、もう遅い。ならこのまましゃべり続けるしかないじゃないか。

「勇者様はきっと魔王に近づくチャンスをうかがってるに違いなんです……それを皆さんには伝えないだけで……でも、」

 僕の無責任な推測に、不愉快な顔で見下してくる。

「……勇者様をちっとも知らないくせに。あんたの予測なんて当たりっこない」

 これだから嫌なんだ。

 勇者様がどうした……僕は魔王のことで頭が一杯なんだ。

「だが、案外信じる価値はあるっすね」

 アレクサンデルはエリアーデを向いて。

「何しろマギア・ユスティシアに目をつけられてるほどの人間っすからね。自分としてはむしろ翔吾どのの判断を信じたいっすよ」

 エリアーデが一気に手から力を解いたので、僕は尻もちをつきそうになり――すんでの所で持ちこたえた。

 僕はまるで捨てぜりふで逃げる悪役みたいな姿勢で、懇願するみたいに告げる。

「とりあえず、食事にしませんか? もうこっちはお腹ぺこぺこなんですから」

 エリアーデは依然として浮かない顔、

「……今日の献立は?」

 二人は僕とは別の家に住んでいて――空家に勝手に住んでいるという、法的にはまずい状況なのだが――、一応食事は僕と共に取っている。

 とはいえ、別に何か雑談に打解けるわけじゃない。元々が魔王と関係のある人間として監視対象にされてるという実にありがたくない事情が背景。まして暮らす世界が全く違うだけに話が合わない。学校の話をしても、エリアーデやアレクサンデルには何が何だかわからない。

 運動会とか生徒会といった言葉を説明するだけでも苦労の連続。

 だから妙に堅苦しいもので、はっきり言えば脱出してしまいたくなる。そういう感じだったから食事中は終始無言だった。


 僕らは台所に上がった。

 エリアーデのつぶやき。

「こっちの食事は味はいいけどあまり健康にはよくなさそうな物が多いわ」


 多分アルカディアの食事はずっと質素なものなのだろう。彼らの言葉によれば、アルカディアではそこまで食事にさして気を遣わない。王侯貴族はともかく、一般庶民には食を楽しむ程の余裕がなく、そもそも一日に三回も食事することが珍しいそうだ。

「カレーとか、食べます?」

「ああ、確か黄色くて熱を出してるものね? そして米がやけに多いやつ!」

 アルカディア人は基本パンを食べる。


 アレクサンデルは何やら所笑顔。

「アルカディアの料理は冷えていてうまくないっすから。」

「何言ってるの。アルカディアの冷えていて恵まれない環境が、剛毅にして尚武の気質を育て上げたのよ。こっちは物質的にも裕福で誰もが飢える必要がない……だから軟弱になる……」

 若干肩の荷が下りた気がした。久しぶりに、目の前の問題とは関係のない、ゆるい話題を聞くことができたから。

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