六十五話「魔王の過去のうわさ」
「我輩! みんなから練習の約束もらったぞ!」
片目をつむって、笑顔の歯を。
そのまま、
「見るがよい、勇者! これがその証拠じゃ!」
片手につかんだ手紙を突出して誇る。確かに、竜造寺先輩の名において、魔王の練習の予定が書き記されている。その最後に文化祭の時刻。
魔王の声は性こりもなく明るくて、どんな対応をすればよいかほとほと困ってしまう。
そしてどんなに僕らが暗い顔を見せていたとしても、表には決して反応を明らかにしない。
僕が黙っているのに対して、魔王はすっかり眉をしかめ、
「何じゃ、そんな暗い顔は? 我輩がせっかく朗報を伝えて来ておるというのに」
「おい、みんなの空気が暗いってわかってるだろ?」
僕は有頂天な魔王を戒めるように言う。
「最近は本当に異常なこと続きだよ……咲の一件だって、合宿の悶着もね」
僕にとってはそれどころではないのだが。
何より魔王が現れた時からそもそも異常事態。
「お前の精神が強靭すぎるんだよ。一体どんな教育を受けたらそんな強い心が育つんだよ」
マギアは無邪気に唇を曲げて、心底不思議がっている。
「なあ、我輩がそこまで鈍感な人間かのう?」
専門的なことはともかく、魔王が確かに異常な人間であることが分かるだろう?
「とりあえず、文化祭の時のチケットを配るのは吉田、お主がやれ!」
「俺が、か?」
「うむ」
僕の勝手な推測を横に流して、魔王は当面の仕事と人事にとりかかって。
「宣伝は三茅に任せる……」
みんなが自分の使命を下賜される中、咲は満たされない感じだった。
変わり行く全ての物に、ついていけなさそうに。嫉妬でもなくただ空虚な目だ。
マギアはさすがにそんな咲を見かね、眉毛を垂らしながら、
「おー……咲! お主を無視しているわけではないぞ? もしお主が望むなら……」
僕は、そんなマギアを眺めながら、ずっと疑念を向こうに隠していた。
思い出せよ。魔王はこんな可憐な少女じゃないはずだ。エリアーデが言った通、異世界で大罪を着せられた『悪女』なのだ。
魔王が咲に語りかける間、僕はひっそり吉田に切り出した。
「吉田、お前、変だと思わないか?」
「以前、米倉清助の家で起きたことを思い出せよ。あいつが俺たちにやったこと!」
今考えると、それが僕の初めて目にした魔術。
一瞬だが奴の持っていた指輪が光をはなった時、咲も吉田も正気を失ったかのように僕に襲いかかったのだ。あれも魔法の杖と同じような一つの道具だったのだ。
「お前はあれに操られて一時的に気を失った。そしてあの野郎の言いなりになった……分かるか?」
ぎょっとした目の吉田。事件を思い出して強烈な感情に襲われたらしい。
以前、米倉の家で起きた時のことをすっかり忘れていたのだろう。
「嫌な記憶だよ。考えてたくないね」
そっぽ向く吉田。けど、僕は吉田に無理にでも近づき、耳打する。
「僕が咲を倒した力も、あれと同じなんだ……」
「ふざけんなよ」
吉田はつい大声になるのを抑えつつ、
「あれは理性じゃ説明のつかないことだった。だからってそれが想像以上の秘密を持ってるだなんて思わないさ」
吉田の声に魔王が気づいたらしい。
「やれやれ、どうやらまたもや教室の統一が乱れておるらしいな?。 お主らに、我輩を信じてついてこいって言ったはずであろうに」
主君としての叱責。
朱音は歯ぎしりしながら横目でにらみつける。
「今、翔吾が何か言いおったな? 秩序を乱す行為は容赦せぬぞ」
「してねえよ……」
こんな茶番にはもううんざりだ……。僕の危惧はもっと別のことに向けられているのに。
全く人に知れ渡ってはいないことでおびえていた。ロデリックがまたもや襲いかかるかもしれない。
自分でも情けないくらい、ひずんだ笑みになってしまう。
「なあマギア、お前のそういう口調って変えられないのか? 恥ずかしくなったりしない?」
すると、魔王はしかめっ面を取りだして、ぎすぎすした声で責める。
「いかにも、我輩の権威に勇者らしいな」
マギアは何回か、いつもの態度ではない大人びた口調に変わったことが何回かある。明らかにそれは演技なんかじゃなくて、別の誰かが乗移ったような
それが彼女の素の姿ではないとしても、正体に関係しているのかもしれない。
僕は言おうとして、しかし言葉を失ってしまう。
魔王はため息をつきながら、僕をすっかり憐憫すらこめた目つきで凝視するのだ。
◇
廊下を歩いていると、急に横から肩を叩かれた。
「どうだ後輩くん、大した喜びようだったろう?」
張先輩が僕に尋ねる。
「あ、はい……」
「彼女はあのまま頑張り続けると思うよ。案外あれでも僕らの当面の予定にもちゃんと気を遣ってくれたし、見かけからするほど自己中心的な奴でもない。ただ……」
その後に来る質問が何であれ、僕は魔王という人物に畏怖を抱き始めていた。
みんなが魔王を単なる変者だと思えば思うほど、僕は次第に魔王に対する恐怖を募らせていく。
彼女の正体についての話が流布する一方で、彼女はますます普通の女の子らしさを保っていくし、どちらが真実なのかさっぱりわからなくなるのだ。
「コスプレなのか、あれは?」
そういう月並な言葉が飛んでくるとは予測していた。けど、そこにひそむ無関心が問題なのだ。
「だといいですけどね」
「でも彼女、あの銀髪は地毛だと言ってたし、そもそもなんで魔王と名乗出したのか、訊きだそうとするとすねり出すんからな。何よりそれを怖がってた」
ここで指人指と親指の間を載せ、思索の表情、
「もしかしたら彼女は本物の異世界人なのかな……ってことを北野や竜造寺に話したよ。信じてはもらえなかったが……」
「……すごい、想像力です」
僕は感心を越えて、恐怖を覚えていた。
恐らく、真実に到達いている。
「まあ、僕がこんなこと言い出したところであいつにはさして影響がないだろうが……」




