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六十話「魔王、ついに激おこす」

「勇者、魔王様はどうなった?」

 三茅が僕に詰寄る。

「途中まではいい雰囲気だったんだがね、北野先輩が魔王の髪を舐始めて、それで……」

 こんなこと、うぶな女の子相手に語れるわけない。

 朱音が僕の様子を察して、続ける。

「北野先輩はね、たまにああハメを外すことがあるのよね。私は慣れてるよ」

「とんでもないハメだよ……」

「でもあれで懲りたわよね。今まで私たちを困らせてきただけに」

 朱音の笑顔には相当げすい印象がぬぐえなかったが、以前ほどの毒気は抜けているように見える。

「よう、後輩くん! さっきは面倒かけちまったな」

「え! ……はあ」

 あれほど変態的に見えた原先輩が、今ではすっかり理性のある好青年としか。

「いや、常識人になってるなって」

「世の中不条理なことばかりだろ? いつも狂ってなきゃ元気なんて出せるわけねえって」

「……全部、芝居なんですか?」

 と尋ねると、

「ああ?」

 何やら逆鱗に触れそうな気がしたので、すぐ口を閉じる。

 叫ぶ魔王。

「とんだ! とんだ災難じゃ!」

 魔王を味わった北野春風は、あの後かけつけた竜造寺先輩と張先輩によって柱に縄でくくりつけられたらしい。目覚めるといけないように眠薬を投与されたうえでだ。

 何でも目隠しされながらこうつぶやいてたらしい。

「本当にいい髪をしてるのよね。私、すごく気に入っちゃった……」

 結局、学校が閉じるまでそのままにして放っておかれる予定らしい。

 張先輩は原先輩の覚醒ぶりを見ても眉毛は毫も動かさず、

「マギア、明日部室に来てくれ。もう一度俺と二人きりで練習をやろう。誰にも邪魔されずに済む」

「……分かった」

 もはや原先輩は先ほどの冷静さを失ってまた妄想の世界に入浸っている。

「わあーっ、すっげええ~! 張くんとこんな美少女が二人きりだと!?興奮するぜえ」

 そう言われたって、さして僕も魔王もうれしくはなかった。



 岩井が傷心の魔王をなぐさめようと、肩をつかむ。

「な、なあ、悪い人でもないみたいだし、いい結果ってことにしないか?」

「何がいい結果じゃ! 我輩にとっては地獄のような一時ぞい! 竜造寺先輩はかような輩を囲っておるのか!?」

 魔王は北野のつばで汚れた髪を必死でハンカチでふいている。

「そもそもだな、我輩は自分で歌が歌いたいのじゃ! 誰かから指図されたくはない!」

「まあ落ち着いてよ、魔王様!」

 三茅が横から割って入る。

「そ、そんなの咲が戻ってきたら笑われちゃいますよ! こういう時こそ敢えて恥を受けるべきではなでしょうか!?」

 朱音は、魔王が意地を張らなくてはいけない状況に追いこまれたことで心底満足そうだった。

 それを知りつつも、いや知っているからこそ、魔王は嫌でも奮闘せざるを得ない。

「うむ……そうだな、折角このような逆境に我輩は置かれておるのだ。ここで弱みを見せるようでは母地(おくに)が知れるからの! 」

「おーっ!!」

 岩井と三茅がしいて鬨声(ときのこえ)。


 吉田が教室の出入口で、小坂に話しかける。

「俺だったらあいつらから魔王を引離すよ……とてもじゃないが」

 場の雰囲気に気おされ、ほとんど小声の小坂。

「よくも悪くも本気なんですね……」

「魔王はああいう奴さ。自分から苦しい状況に入って、成長せざるを得ない」

 二人の目の前に、僕は進む。

「魔王が自分に自信がないからだろうな」

「自信が……ない?」

「自分の存在がおびやかされないように、もっと巧みに演出してるだけのことさ」

「そりゃどういうことだよ?」

 吉田は不審に。すると、急に僕も魔王みたいな心情。

 まだ、お前らに言うには早いことではないだろうか。

「僕は時折あいつが恐くなるよ。あまりに裏がなさすぎて?」

 異世界人が言うように、魔王があんな過去を持つ人間だとは到底思えない。

 記憶を失っているから? それとも全部演じてるのだとしたら?

 けど、魔王にそんな説明でらちがあくとは思えない。


「翔吾、お前は何もかも考過ぎなんだよ」

 無論、全ては吉田のあずかり知らない事実。

 衝撃を受けるほど、にやっとした顔でいる。

「魔王が何か秘密のある人間だと思うか? あれはただの構ってちゃんであってだな。やってることがすごいだけで」


 何の紆余曲折があったのだろう、原先輩が魔王を抱きかかえて天井近くにまで持ちあげる。

「それでこそ魔王だあっ! 高ーいたかーい!!」

「やめい、原どの! くすぐったい!!」

 ……ああ、魔王って身長低いし体も小さいからああいう芸当もできるわけだ……。


「俺はあいつの遊びにつきあってやってるだけだ。心の底から慕ってるわけじゃない」

 ネットの玩具(おもちゃ)を批評する時と同じ口調で言い切る。

「なあ、あんなのが社会に出たら間違いなく拒否されて当然だろ? まあせいぜいがんばるってこった」

「それでいいよ。僕だって……」

 言葉に迷う。

 僕にとって大切なのは、魔王よりはむしろ恵の方なのだ。魔王は他の奴らにはかわいがってもらって――それが単に見世物みたいな扱いだとしても――いるが、恵は天涯孤独な存在なのだから。

 魔王はそのままでも当分は生きていけるだろう。けど恵は、誰かの助がなければ今にも絶え入りそうなのだから。

「僕もあいつが、好きなわけじゃないもんな」

「だろうと思ったよ。俺はあいつに見返として尽くしてやってるだけだ。好きだよ、こういう奴」

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