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五十九話「準備なき魔王の音楽面接!」

 灰色の絨緞が敷かれた部屋の隅にピアノが置かれ、棚の中には窓を隔てて笛やギターなど楽器の数々が並べられている。

 放課後になるといつもここから演奏の音が聞こえるのが常。

 

 魔王は朱音の『つて』があったくせに、やけに上機嫌だった。まるで自分の功績とでも意ってるみたいだ。

 僕は魔王に取立ててつっこもうとはしなかった。魔王のプライドを傷つけると厄介になりそうだから。

 例の端正な顔、女の先輩が、腰を下げてマギアにあいさつ。

「私はここの北野春風っていうの。でこいつはボーカルのちょう時茂ときしげ

 張はつり目気味の、どこか大人しそうでけれど何を隠していそうな、薄暗い感じの男だ。魔王の顔を見てもさして心動かされる気配がない。それに対して魔王にじろじろ眼光を刻みつけ、自分好みに合わせようとする態度を示すのが、

「ギターのはら繁人しげと。性格はあれだけど、筋力とか人より卓越ずばぬけてるのよね」

 原はややふけた感じの顔で、背も高くかなり歳を食ってる印象。

「すげえ美少女……かわいい……もっと鼻が高かったらいいのに……」

 もはや周囲を忘れ、自分の世界に入浸っている。

 魔王は緊張のためか、言葉に迷いつつ北野や張の顔を見まわしている。

「ええと。我輩はお主らにどういう言葉を使えばよいのかな?」

 原とは別の意味で、自分の世界観を固守する魔王。

「そうだな、臣下、という同盟……か?」

 側にいた朱音が肘で小突く。

「あのね。どれだけ私たちに迷惑をかけてるか少しは考えなさいよ」

「うむ。我輩とてどれほど神、いや邪神の恩寵がこれまで降ってきたか分からぬからな」

 

「そういう所よ……」

「変わった子ね」

 北野はさして迷惑でもなさそうにつぶやく。

「お主たちにも出物の予定があるのだな? それはお主らだけでやり通すのじゃろ?」

「そう。まさかさすがにあなたを出すわけにもいかないから。飽くまで鍛えてあげるだけよ?」

「我輩も心得ておる。我輩の仲間は我輩の力でかき集める所存じゃ」

 堂々と自分を大きく見せようとするのだから、僕は全く迷ってしまう。

 できるだけでも多くの分前に預かろうとする態度を、批判するべきか、評価するべきか。

「もう日数も少ないってのに、何かっこ付けてるわけ?」

 朱音が刺々しい声で。さとす北野。

「こら、朱音。そんな声でちくるんじゃない」

 朱音は懲りた様子も見せず、自分の態度を固守するのだ。

「何を。いつもこんな感じなんですから」


 その後で無口そうな張がついに声を出す。

「じゃあ、練習と行こうか」

 魔王は僕の顔を一瞬、不安げな顔で見やったがすぐに張に連れられ真ん中の椅子に座り、何やら面接めいたことに至る。

「君の声はやけに高くてまるで誰かを演じてるみたいだな。それが地声か?」

 原はいまだにうわ言めいた口調でぶつぶつ言続ける。

「魔王ちゃんかわいい……銀髪なめたい……」

 もはやこんな不毛なつぶやきに耳を貸す必要なんて。

「わかる……」 隣で、北野先輩がつぶやく。

「うむ。以前はもう少し低くて普通の声だったのだがな」

「じゃあ歌うことは得意だったりする?」

「最近カラオケに通うことになってだな。段々うまくなってる自覚は……」


 そのまま張と魔王の会話が続く途中、北野先輩は教室の端で見物する僕に問うた。

「翔吾くんはこのまま観てるつもり?」

「まあ……ああいう奴なんでどうしても顛末が気になって」

「確か、数ヶ月前に転校してきたんだよね。最初はどんな風に受止められたの?」

「そりゃ迷惑がられましたよね……僕なんて今も迷惑なんですけども!」

「彼女は髪を……染めてるの? すごく艶があるよね」

「染めてるんですかね。多分あれが地毛ってわけじゃないとも思いますが」

 しかし見れば見るほど彼女の容貌は現実にはありえないはずのものだ。この髪の色にしたって。

 それに数々の不思議な能力。彼女が本当に『魔王』ほどの過去を持つ人間だとしてもおかしくはない。


「あ」

 張先輩との会話は、すでに発音の点検に移っていた。

「あー……」

 魔王の声は、よく聞いてみると、なんだか奥深い。まるで、複数の人間が裏で合唱しているような……そんな錯覚を覚える。

 原先輩はやはり魔王の顔しか頭の中にないらしい。ほとんど自分にしか聞こえない言葉を口の動きだけで伝えている。



 一通発音の確認が終わると、張先輩はここで魔王に問うた。

「君の声は確かにハリはあるけど、実際どういう種類の歌に向いているかどうか考えたことは? マギア、君はどういう歌なら歌える?」

 どんどん文化祭のネタについて具体的に検討する段階に来たみたい。

 けれど、沈思黙考の内、魔王はすっかり首をかしげながら、

「……何を歌えるか、か……自分が歌うことばかり考えておったな……」

 魔王の口調は若干申し訳なさそうにも見える。きっとカラオケでは自分が歌いたいようにばかり歌っていたのだと思う。

 と、突然ここで顔をあらぬ方向に、

「翔吾! 貴様の嫌いな歌の種類を教えよ!」

「いや、こんな所で僕に頼るなよ……」

 こいつは本当に鍛えてもらう度胸があるのかどうか、観てるこっちが不安へと。

 朱音がよりあきれ返った声で。

「あら、また勇者の力を借りるっての?」

「違う。歌で勇者の弱点を衝こうと思うたのじゃ」


 魔王の回答、沈黙の一同。北野先輩が心配する表情。


「私たちはまだあなたのことを少しも知らないけれど、とても我の強い人間なんだなってことは分かるわ」

「我輩はだな、誰かの指図はほどほどに受けたい。しかし人に影響されすぎて個性を失うことは避けたい」

「そういうとこだぞ、魔王」

 僕は苦言を呈した。

「こういう所では朱音に同情するよ。何せ自分の世界観で周囲まわりを観てるんだからな……五回なんてきっとも気にしない」

「私があなたなんかの同調を望むわけ……」

 かっとなった顔でにらむ朱音。

 そんな彼らの間に壁を作るようにして、魔王の前に張先輩。

「君はどうにも御しがたい人間だ。長い目で観れば大きな器となれるだろうが、この短い期間では決して才能を磨上げるには足りない……」


「北野どの、張どの、我輩は確かに身勝手であるかもしれぬが、それでも

「頼む……良いか?」

 すると、北野先輩が謎の舌なめずりを始める。

 急に張がぴくっと動き出して北野の方を向き、警告。

「やめろ、北野……」

「ああっ……ああっ……」

 気づくと、北野先輩が魔王の髪を握りしめて舌で舐めまわしている。

 それがまるで甘い味のする綿菓子であるかのように、大衆の前で

「ちょっと、北野さん!?」

 北野先輩の顔がどんどん赤くなり始め、目がどんどん充血。

 すると、それまで妄想に没頭していたはずの原が突然我に返り、

「何やってんだ! おい!!」

 ぐいぐいと伸ばす腕、魔王と北野を分離ひきはなそうとするが、時すでに遅し。

「もっとほちい……! もっと……!」

 完全に北野の眼はひっくり返って、両腕で魔王の細い脇を抱いている。


「助けよっ……勇者……!!」

 マギアの動転する声が響渡る。

 僕と朱音はこの騒ぎに乗じて、部屋を抜け出した。

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