五十五話「魔王の称号が今、あかされる」
そもそも、なぜ魔王と呼ばれているんだ?
マギアによれば、僕は前世では勇者であり、戦ったことがあるそうな。しかしエリアーデたち異世界人の証言ではマギアは特別な存在。
だから、エリアーデは魔王を初めて見た時相当驚いていた。どうやらこんな所にいるとは考えていなかったらしい。どこか隠れた場所に住みついているはずとばかり。
彼女もまた「世界の危機」に関係のある人物だ。それ故に、否応なく命を狙われるのである……。
この世界の人間でも魔法を使うことはできるらしい。というのは、魔法とはあくまで道具を使って発動する体系であって別に人間の素質と言ったものに由来するものではないからだ。
魔法を人為的に操ることで一つの『技』の形におさめたものが、魔術。
僕は魔法詠唱のための特訓から昼休み入ると、すぐエリアーデに尋ねた。
「マギア・ユスティシアとは、どういう人物なんですか?」
エリアーデは最初ためらいがちに口ごもるが、やがて話始める。
「ロデリック卿ともども、元々は王国に仕える魔法使だった。幼い頃から魔法には天才的な技巧があって……」
あの僕を殺そうとした奴と同僚……か。
「じゃあ、人間なんですね?」
「魔物だったら人間じゃない」
エリアーデは渋々という感じの口調。後ろめたい所があるみたい。
魔王という言葉だけあって、中身は人間ではないのかと疑っていたのだ。
魔物? 例えば……公部川の奥で僕らを殺そうとした、あのくもみたいな……?
「彼女はあまり口数も少ないし、魔法の研究以外の話題について他の人に話すこともなかった。だからどういう出自なのか、政府の方でもよく分かってないのよね」
口数が少なくて、秘密が多い……僕が知ってる魔王とはまるで大違だ。
「でも研究者としての腕は本物だった。今私の世界で使われてる魔法の技術でよく使われているのは、彼女が発明した物に由る所が大きい」
「この世界にとってのエジソンみたいな人なんですね」
地球人なみの感想。
「何でも、この世界では私たちの世界とは違う原理で全てが発達してるらしいわね……」
エリアーデも地球のことに関して何の知識も持ってるわけではなさそうだ。
もっとも、僕らの常識にまで追いつくとは思えないが。
「ただ、ある時魔王が造り上げたの。『違う世界とつながる』ための動力炉、って奴をね」
「『違う世界とつながる』……」
「今、現に起きている現象を引き起こす装置を魔王が開発したのよ。それもかなり精度が高い奴をね。今までに違う世界が存在する可能性は指摘されてきたけど、本当に違う世界に移動できるなんて誰も思ってなかった。それを魔王がまたしても実現してくれたわけ」
僕の体が凍てついた。
現に起きている事態じゃないか。
「まさかそれって……」
「ええ。この技術を使えば、他の世界とつながって、往来することが可能になる。でも、下手に使えば世界の境界同士が干渉して大惨事になりかねない……十分危険な技術だと魔王自身が知っていた。だから最初、それはアルカディアの為政者しか知らないような極秘事項だった」
そして、魔王が世界の融合という技術を創りだして――危機に陥れたのか?
しかし僕がさらに話を進めようとする前に、エリアーデの目つきが急に鋭くなる。
もう、ずっと前から続いている問題なのだ。僕が魔王と出会うずっと前から、今に至る全てが静かに、けど、破滅的に進行していた。
「けど、この計画を公に漏らした誰かがいたらしいのよ。きっとこの技術が広がると困る誰かが……ね。今となってはもう特定の使用がないけど、もはや一度漏れた情報は隠しようがなかった」
他の世界につながる技術を恐れる人……か。いや、人ではなさそうだ。
人を越えた存在だとしてもおかしくない。
「だから王国は魔王を捕まえることにした。こんな危険な力を手にした魔王をするわけにはいかない。魔王は世界の融合で世界を滅ぼそうとする極悪人だという冤罪を着せることで!」
「エリアーデさんはそれでいいんですか?」
納得がいかない。いくら王国が焦っていたからってこの処置は過酷すぎる。
「魔王に勝手にそんな罪かぶせて……ひどいと思わないんですか?」
僕はエリアーデに共感してほしくて語気を強めたのだったが期待はつき返される。
「私は上の命令に従うだけだから。そりゃ魔王には気の毒だと思うよ……」
さらに反論しようとしたがやけに冷たい目線を向けられ、言葉をなくす。
この時ばかりは、僕をまるでしめ殺しかねないような、異様に敵意のこもった眼光だった。
……この人、確か軍人らしいんだよな……そりゃ僕みたいな一般人とは心の構造が違うわけだ……。
「魔王は結局、軍の追跡を逃れて魔物たちの巣くう北の森に逃げた。のよね。それから五年くらい王国に歯向かい続けて討伐軍も送られたけど結局撃退された。それからマギアがその『魔王』という名前で呼ばれるようになったわけ」
あのマギアがノリノリで名乗っているが、それは本来の魔王の姿ではないわけだ。
「そう。魔王なんてのはね、汚名みたいなものよ」
マギア・ユスティシアは決して強大な存在なんかじゃなかった。むしろ、うっかり秘密を手にしてしまったせいで、迫害されたのだ。それも秘密がばらされたという事件、そして権力者の意向で!
なんだか、魔王が可哀想になってくる。
逆にエリアーデの音色はますます精力的に。
「我々の勇者様がそこで立ち上がった。一度は魔王のすぐそばまで迫って命を奪る寸前だったのよね……けど魔王の魔力が強かったために、失敗に終わった。あの時のことは今でも鮮明に想起せる」
心なしか目が輝いているように見える。
そうだ、この女も結局権力者側についている存在なんだから。
「その遠征に参加したんですか」
もう延々と武勇伝を自慢し続ける人間の形相に。
「あのアレクとね。まあ私もあの戦争は初陣だったから最初は怖くて呪文唱えつつ失禁してたんだけど――」
「やっぱ、本題に入りましょうよ!」
嫌な予感をひしひしと。
もしかしてこの女は他の戦争にも参加してたりするのか。となると向こうの世界もこっちと同じで平和なんかじゃない……?
やめよう。今はこの魔王との一件だけに注目する。
「ともかくね、魔王と王国はずっと不干渉を貫くことで平和を保ってきた。でもある時異変が起こった。それが……」
「世界融合……ですか?」
まだ慣れないこの言葉を口に出す。
「ええ。ずっと世界融合の技術は魔王側が持ってたからこれは魔王のしわざに違いないってことでまた勇者様が出陣した。所が向こうから使者が送られてきてね、予想外の事件なんだって。けど、そこから先がどうにもよくわからない」
肩をすくめ、首をかしげ。
「勇者様とひそかに約束を交わしたらしいのよ。二つの世界の危機を救うためには手を組むほかはないって。その詳しい内容については訊かなかったわ。誰にも教えなかったみたい。世界融合の原因を調べるために二人はこの世界に移って……」
ついに今に至る。真の勇者がいまだに姿を現さない現状。
「で、行方不明になったわけですね」
「そう。二人ともこちらの世界に行ったという報告があってから、私たちも二人を探すために血のにじむような努力をした。この世界もかなり広いから一体どこにいるか分からなくて、魔力を探知するための魔術を使い倒して何ヶ月も調べたの。でもやっぱり途方も暮れてた頃……あの学校にいたわけよ! 分かるこの不条理!?」
僕の胸に衝撃が走る。
前触もなく両肩つかんでてきてぐんぐん揺らす。完全な八当。
「一体どれほどの苦労かけたと思ってんのよ! あの女狐め……!!」
エリアーデはほとんど僕を何かの砂袋みたいに揺さぶってるみたいだ。息ができない。意識が薄れて行く。ああ、だめだ、何とか情報を聞出さなきゃ。
まだ、何も知らないから。
「ゆ、勇者様の名前は……?」
聞こえてるかどうかさえ、確信が持てない中。
エリアーデはその時ばかりは体を止め、ごく事務的な口調で呼ぶ。
「コンスタンティン」
そしてまた僕のきゃしゃな体をいびり続けた。




