第三十四話「不穏な空気だけど、彼らは楽しげです。」
魔王はゲームとかアニメについて色々よもやま話を持ちかけ、僕は嫌々ながら会話に応じる。三茅や咲は大体それを楽しく聴いていたらしい。
けど、ただ不安でならなかった。朱音のような不穏分子を残したまま、合宿なんかに行ってよいのか?
数時間ほど経った後、僕らは塩谷キャンプ場の入口に到着いていた。駐車場の周りを先行の見えない森林、『おいでよ! 塩谷の小宇宙』という標語を叫び、地図や建設由来について記した看板が屹立つ。
このキャンプ場、森に隠れて見えないが、どうやらかなり奥まで続いているらしい。
「塩谷よ、私は還ってきた!」 胸を張って叫ぶ魔王。
「お前も一回来たことがあるのか?」 いぶかしみ問う僕。
「いや、初めてじゃ。しかし、大自然というのは我々を原初の姿に復してくれるからの! なあお主ら!」
魔王は他の生徒たちに自分の意見をけしかける。しかし、僕の不安はそれでまぎれるものじゃない。
何より、ほとんどの奴らは楽しそうにしている、ということが余計に焦燥をかきたてるのだ。僕の危惧をよそのしやがって。
「マギア、あなたはこういう所が好きなのね」
朱音が近づき、何かを含んだ声。
「無論じゃ。ビルだのアパートだのが立並ぶ都市などというのは我輩にとって実に忌まわしい!」
魔王は意外と自然派らしい。
「のう勇者、貴様はこういう所には飽きておるのじゃろう」
「はあ?」
今の僕は先ほどの会話でもう疲れていた。何しろ魔王は意外と博識だから、いちいち答えるのに手間どってしまう。僕はできることならそういう話題でもう魔王と語りたくない。
「何より勇者ほどの人物ならば色々な所に行っておるはずじゃからな、もう日常茶飯事ではないかとの」
「僕は基本的に街以外の処って行かないからなあ……」
朱音の決して離れない視線。
「だが――我輩が真に楽しんでおるのは」
僕の両肩をつかみ、一気に顔を近づけ、
「貴様と一夜を共にすることじゃ」
嫌なくらいにやけた莞爾顔。
「……それ、変な意味で言ってないよね?」
「夜這じゃ!」 いよいよ不穏な話を。
「ああん!?」
カヌーで公部川上流を遡行する、というのは実際合宿の日程に組み込まれている。だが、これを実際にするのは一部のクラスだけで、僕らのクラスでは少なくともやることではなかった。あまり体力的に優れた生徒がいない、という理由で。
そもそも、きゃしゃな魔王と微弱な僕がそんな力仕事に向いているはずもない。なのに、こいつと来たら!
いずれにしろ僕らはキャンプ場に入ってすぐ目にする大きな案内センターに入り、合宿の要旨について聴くことになった。すなわち、緑豊かな世界に触れ、仲間たちとの交流の間で自分を成長させる、と。
言葉だけは立派だ。僕はもう、こういう類の話を信じていないし、そもそも信じられるわけもないのだが。僕らはその後、同じホールに設けられた席に座り、昼食をとることになった。
机には、地元でとれた特産品を用いたサラダとか、湖でとれたさんまの塩焼などが所せましと並んでいる。これだけの量を用意できること自体、この塩谷の大きさが並外れていることを意味してはいないか。
「さあ、食べるがよいぞ貴様ら。我々はさして幸運に恵まれたのじゃからな」
随分満足した表情でしゃべる魔王に、
「お前なあ、ちょっとえらすぎないか?」
吉田が放つ苦々しい声。
「お前が用意しているわけじゃないんだからよ……」
やけに彼がきりきりしているのには理由がある。
同情を禁じ得ない。なにしろ、朱音との関係が悪くなったこともある。
魔王と朱音の板挟で、さぞ苦しい思いをしているだろう、とひそかに哀れむ。
「我輩に文句を言うのか? 生徒会に言うことじゃな」
「当然だけどよ」
三茅が立上がって、さらに吉田につきさすのだ。
「そうだよ、吉田。私たちはいまだにこの学校全体を征服したわけじゃないんだから!」
僕は介入る。
「まあ閑情けよ二人とも。特別な日なんだから!」
僕はとにかく、怖れているのだ。この日が、何の事件も起こらずに過ぎるはずはない――なぜか、確信していた。
「しかしこの魚硬いな……! 味はしみ通ってるけどさ」
ほとんど骨だけになったムニエルをつつきつつ、雰囲気を変えようと僕は関係なさげなことを言う。
吉田は沈んだ表情を保ちつつ、うんちく。
「なんでも外来種らしいぞ。本来の生態系を守るためにできるだけ獲ってるそうな」
「へえ。でも、何だか人間のエゴを感じるよな。こいつらだって、好きでここに棲みついたわけじゃないんだろ?」
マギアはそれほど関心はなさげだった。
吉田の顔は見やりながら、魚の切身にしゃぶりつきつつ、
「うん、うまい」
とだけ。
それからはクラスごとに分かれて、キャンプ場各地の名所を巡回ることになった。僕のクラスはホールからさほど遠くない斜面を上がった先にある丘の上に登った。
「わあ、すごい……!」
切り立った崖の下、どこまでも緑の海が続いている。
魔王がすれすれまで立ち、僕はびくびくしつつその横に。
魔王は高所恐怖症ではないのだろうか、堂々と手を腰、後ろのみんなに告げる。
「この下に公部川が流れているらしい。そしてさかのぼったどこかに源流があるらしいの」
三茅の賞賛。
「おお、魔王様は博識であらせられる!」 いや、普通にネットで調べたのだろうが。
「落ちたら一たまりもないな」
僕は月並なことを言う。
しかし、魔王の蛮勇ときたらなかった。
「なら、我輩が下降りてやる。貴様を道連にしてな?」
何を言っているのか、にわかに理解しがたい。
「『清水の舞台から飛び降りる』じゃねえんだぞ……」
僕はひやひやしながら、魔王が実際に行動に遷りはしないかとにらむ。
すると朱音が、静かにささやいた。
「……危なっかしい奴ね、ほんと」
三茅は鋭い声で応える。
「あれが魔王様だから。私たちには分からない意図があるの」
それはどういう意味だ? とかんぐりたくもなるが、今すべきはまた別のことだ。
魔王の手をつかみ、当面の予定を確かめる。
「とりあえず、僕らのコテージに行こうよ。持物置いてきて、それからまた集合しなくちゃいけないし」
「うむ! それから公部川の様子を観るとしようではないか」
平然と確定したこととしてしゃべる。
「おいおい、それはやらない予定だろ?」
どれだけ魔王は探検という行為が好きなのだろう、とあきれてしまう。
しかし、魔王はどうしてもせずにはいられないという顔で、
「我輩直々の命令じゃ!」
「命令なのかよ!?」
朱音が鼻で笑っていた。




