第三十五話「岩井と小坂の神隠し、勇者動員さる」
「朱音の様子が変だと意わないのか?」
雑木林に囲まれた木製の一軒家は、どこか僕の家とも雰囲気が似ている。色彩、壁と天井の組合。多分、ここから影響を与えたのかもしれない。あの頃はまだ自分の家なんてなかったから。
「ほう」
マギアはそっけない。興味がないのか。
「吉田もかなりめいってる。お前らが教室を出てってる間、朱音とあいつの間で――」
かばんを机の上に載せ、そこからジュースを取りだす魔王。
「そうかそうか、しかし我らにはやるべきことがある」
「魔王様の言う通りだよ、勇者」
三茅は鏡をながめ、そっぽ向きつつ化粧。咲だけが僕を正面から察て、きちんと返事してくれる。
「でも、確かにさっきの吉田くんは結構とがってたな。まるで嫌なことがあったみたいだった」
「だから、朱音とけんかがあったんだよ。かなり昔のことを再掘されたりしてさ。聴いてて困しかったよ」
つまらない名誉のせいで、僕はそれが自分自身にも関わってくる問題などとは話せなかった。朱音は、僕に対しても悪意を向けた。それが、僕にさらなる重荷を増加えたのだ。
「これは、一回吉田から聴きだした方がいいかもね。知らないままじゃいけない」
咲の深刻そうな口調に、三茅は嫌そうに唇を曲げる。
「私たちは今日合宿なんだよ? 特別な気分が薄れちゃうじゃない」
「合宿だろうとなかろうと、私たちは困っている人をそのままにしておけないんだよ」
魔王の前で、この分裂。僕は黙りこんでしまう。
話がどうしても進まない中、マギアは手をあご、僕に決断をゆだねる。
目を細め、真意のはかりかねる顔。
「勇者、貴様はどうしたい?」
なんでこんな時に僕が返事しなくちゃいけないのか。
ただでさえ僕も朱音の標的になり、ほとほとくたびれてるってのに。
「そりゃ、どうかしなきゃお前の名誉に拘わるだろうな……」
持ってきた野菜ジュースぐびぐび飲みつつ、魔王は痛い所を突いてくる。
「吉田はお主の貴重な友達じゃろ? なぜ我輩に和解を頼まねばならぬ?」
僕は勇者だから、頼みなんて負いてやらないぞ――って魂胆か。
たとえ僕に問題があるとしても、そう解釈したくなってくるじゃないか。
「僕一人じゃ、解決できないんだ……この問題は」
「勇者のくせに、不甲斐ない!」 三茅が無慈悲の僕の忍耐をえぐりとっていく。
「……お前も、朱音のことって苦手だろ?」
僕は苦しまぎれに言放つ。
魔王はさしてそんな状況を気にやんでもいなかった。それは丸きり僕の責任であるとでも答えるみたいに、
「何をそうやってマウントをとろうとする。貴様が一番行動できていないからであろうに」
三茅がむすっとしている。これ以上たてつくとまずいことになりかねない。魔王の一番の側近なだけはある。
咲はそれに討べるとより良心的だ。僕の苦労をちゃんと知ってくれている。
「ねえ魔王、翔吾のことをわかってあげて。彼も一人の人間なんだから」
魔王はジュースを飲終えると、複雑な顔で静かに語る。
「我輩が一ヶ月が経つが、いまだに教室全体を手中に収めていないことが遺憾でならない」
魔王の声は低く、どこか失望しているようでもある。
「我輩は決して誰をえこひいきなどしておらぬはずじゃ……嫌ったりなどしておらぬ。それなのに、なぜあやつは?」
魔王は本気で腑に落ちていない。そりゃ、こんな性格なわけだから納得できないのもわかる。
けれど、一体厭われない人間などというのが世中に存在するか? 努力した所で、これだけはどうにもならない。
魔王というキャラづけに第一問題がある。
「お前が夢を見すぎてるんだよ」
「どういう夢じゃ」 そんな問題じゃない。
僕は、魔王の無知さ加減を矯正するつもりには到底なれなかった。
「何より、朱音だけじゃないんだ。他にも数人、あいつの同類がいるよ」
三茅もいよいよ懲りて、きりきりした声を挙げる。
「そうやって魔王様心配させて、何がしたい?」
「僕だって好きでこんなこと言ってるわけじゃないよ!」
あきらめきれない叫びで、無理に黙らせる。
「なあ魔王、いつものお前らしくないぞ――」
僕は解決策を見いだせないまま、彼女にぼやこうとして、
「私、あの人に見せてやりたかったのにな」
窓をのぞきつつ、魔王がつぶやく。
「……は?」
その消入りそうな声からして、魔王の声とは判じがたかった。
次の瞬間、魔王は僕の顔に穴があきそうな勢で、凝視してきた。
「ぬっ! 貴様、我輩の合宿気分をどうしてくれる? せっかく学校以外の場所でみんなと交際えるというに!」
いきなり立上がり僕の目の前まで歩いてきた。
「我輩の今の気分をそこまで毀傷したいか」
何がそこまで、魔王をためらわせるのだろうか。
「それを解決すりゃ、もっと楽しい合宿が待ってるに違いないんだよ」
「だがな、誰もそれをやろうとする気分ではないぞ。三茅も先咲も!」
俄然三茅がいきり立つ。
「なんですって、私は――」
「我輩は今、翔吾と語らっておるのじゃ!」
しかし次に叫ぶのは、駿足の咲だった。
「ちょっと静かにしてよ、二人とも!」
「翔吾!」
扉を開け、急に吉田が入ってくる。
「吉田!? いかがした」
僕と魔王はすぐ切替え、入口の方に走寄る。
「岩井と小坂がいない」
一瞬で、まずいぞと直感。
朱音がついに、何かをし出した。
「いない……!?」
「俺たちがコテージの中でくつろいでる時にあの二人は急に出て行ったんだ……それから、何十分も回ってこない……!」
「ちっ、こんな特別な時に面倒にまきこまれるとはの」
魔王はぼやいた。だが、その瞳は驚くほど力にあふれみなぎっている。
「だが、難儀な時にこそ人間の真価が発揮される――三茅、咲、一緒に行くぞ!」
もはや先ほどの鬱屈とした様子は、二人にはない。身長は違っていても、ひとしく頼もしげ。
「了解」
僕らが解散場所だった森の中の広場に集まると、すでにクラス全員の姿と話声とざわめき立っている。
「ちぇっ! 折角の合宿気分だったってのによ……!」
どこからか、不平の声。ああ、確かにそうなのだろう。みんながみんな、クラス全体のことを心配してくれてるわけじゃない。一人か二人、どうでもいい奴が出てくるのがむしろ普通なわけだ。
けれど、マギアはそうではない。
「お主、今は緊急事態じゃろう! 口を慎め!」
見逃さず、その子を注意する。だが朱音が腕をくみ、マギアに歩いていく。
「ねえ、魔王」 詮索するような口調、あからさまに挑発的。
「もしかしたら、これはクラスの雰囲気に従順けなくなったからじゃないの?」
虚偽ではないはずだ。事実、あの二人は魔王たちの豪快な所業に音をあげていた。
そして朱音自身も、間違いなく近い立場にいる。
「……どうしてくれるの? あなたのせいで私たちの合宿が……!」
さらに煽る朱音。
マギアはがっと口を開いて怒鳴りそうに。開けた途端、けれど静かに閉じて、今度はごく低い声、
「こんなざまになったのは我輩のせいじゃ。我輩が責任を取らねばならぬ」
マギアはそう言いつつも、表情は全く怖気づいていない。まるでこの事態を期待していたかのような様子に、さしもの朱音も苦い顔で絶言んだ。
それからみんなに向かって張上げた言葉、途中まで話していた先生の声をかき消した。
「諸君、よく聴け! 今こそ我らが魔王国の力を存分に示してやる時である! 我々の面目がこたびの苦境にかかっておるのじゃ!!」
すると、騒ぎ立てる四筵は一瞬で静寂かえった。
次に大音声でわめきたてるのは、珍しくも吉田。
「おい、魔王が言ってるんだぞ? お前らが協力してやらなくてどうする!?」
きっと、吉田は居場所を求めているのだ。自分にふさわしい居場所を。
朱音は不服そうにそっぽを向き、しかし班の人を集めるために声をかける。
魔王も容赦なく、僕を手をがっしりと、
「お主ら、手分けして探すぞ! ほら勇者、貴様も来い」
困惑して、指を鼻に
「お、俺が!?」




